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99 自分ができることは、思いのほか少ない



 サカイ君の交渉の結果、私たちはトゥザッティに向かうサメクの小隊に同行することになった。


「やはりプレイヤーの時間停止機能の付いたストレージはこちらの人にとっても魅力的なようですね。温かい食事の提供、この条件で二つ返事をもらうことができました」


 今はクーゼさんといちゃついている。滅びろ。


 ともかく、荷物の運搬にも一つ例外がある。星酒などの竜への供物だけは、彼らが運んでいる。犬ぞりに載せているが。

 犬ぞりといっても、犬じゃなくて狼型のテイムされたモンスターがそりをひいている。犬ぞりは意外と早く、徒歩だと置いていかれるので、私たち(プレイヤー)は発明家ジョブの人が作ったという原始的な仕組みの大型スノーモービルで移動中だ。

 もちろんスノーモービルはサカイ君がどこからか買い付けてきた。猫型ロボットのような働きぶりである。


 そりに載せられた星酒はやたらとモンスターをおびき寄せ、私たちは図らずも護衛役もしている。

 遠距離職が大活躍だ。カローナさんの魔法の冴えよ。雷光がモンスターを貫いていく。少年少女の一人(名前を思い出せない)も、即死系の魔法を放っているようだ。

 やはり、腕のいい、杖を十全に扱ってくれる人に自分の作ったものが使われているというのは、なかなかクるものがある。

 このレイドに参加して良かった。


「あれ? グレンさんがいない?」


 ふと自分の近くへ意識を戻すと、隣に乗り込んでいたはずのグレンさんがいない。


「あ、グレンにご用っすか?」


「違うが……、ログアウトしたらアバターはここに残るよな?」


 見回していると、近くで精霊獣と一緒に魔法を撃っていた男が声をかけてきた。

 どこにでもいそうな、なんというかざ・日本人な造形のプレイヤーだ。


「ちょっと遊びに行ってまして。あー、召喚可能距離がピンチっすね、声かけてくれてサンキューっす、今呼ぶんで。……【迷子の呼び出し】。これ、グレンが戦いにのめりこんだときに強制的に呼び出すのに使えるんですよ」


 【迷子の呼び出し】!?

 詳しくきくと、パーティーを組んだ状態なら、そのメンバーを目の前に召喚できるというスキルらしい。

 便利そうだが、一定距離を離れるとシステムで強制的にパーティーから抜けてしまうため、使いどころがちょっと難しいのだとか。


 というわけで、彼の目の前になんの前触れもなく血塗れのグレンさんが現れた。愛用している大剣を振りかぶった状態で。

 あぶないな!?


「ぉおおお!! って、ジャンかよ、あぶねえな、わりぃ。……アキオ、召喚早くないか?」


「おかえりっす。いや、魔法を組みこんでいるせいか、このスノーモービルの移動はけっこう速くて。こんなもんすよ」


 血糊を拭うグレンさんに、私はパッセルをモフるかたわら、洗浄をかけてやった。意外とこの魔法を使えるひといないのか?


「おお、便利だな。ありがとう」


「私は戦ってないからなー。グレンさんまさかのバトルジャンキー?」


「戦うのは好きだが、そこまででもないと思うぞ。リアルだと道場に通ってはいるが、喧嘩とかはしないぞ。でも、やっぱり敵が強いと楽しいだろ?」


 グレンさんはどかっと席に腰を下ろし、取り出したMP回復薬をがばがばと飲んだ。豪快である。

 MPを消費するスキルが多いのだろう。私にはあまり縁がないが。


「敵わない敵にぶつかってギリギリで勝つのも、一度……もしかしたら何度も負けて、それにリベンジするのも爽快だろ? 思い通りにいかないところがあって、それでもなんとかするのが、最ッ高だと思うんだよ」


 そして彼は顔を陶然とさせながら、過ぎ去る雪の中に目を走らせる。


「正直、仲間たちがいなけりゃここに来られていないが。竜とは一対一で戦って勝ちたいよな!」


「すまんちょっとよくわかんないわ」


「そうか」


 ニカッと笑う子どものような顔は、私のわからん発言で大人の苦笑に変わった。

 戦いの楽しさは正直、よくわからないが――。


「まあでも……。私も生産で、失敗したり、変なものができたり、試行錯誤できるこの世界(ゲーム)は好きだぞ」


「だよな!」


 同意を得られてスッキリしたのか、最初から関係ないのか、グレンさんは再び巨大な白熊や狼を見つけて、上機嫌で大剣をかついで突撃していった。もうちょっと休めばいいのに。

 すぐに剣戟の音とモンスターの苦悶が耳に届くあたり、やっぱり強い。




 夜。雪が月の光を反射してさほど暗いとは感じないが、野営となる。

 私はサメクの小隊のおっちゃんたちに食事を配膳がてら、いっしょに食べることにした。

 本日はキャベツと霰猪(ヘイヨーボア)を薄く切った肉を交互に敷き詰めた鍋である。お供は米です。鍋さんが監修したそうだ。

 キャベツが甘い……ッ!


「自分たちで供物を運ぶ意味があるのか?」


 同じ鍋から具をとりわけ、はふはふと頬張り、おっちゃんたちに尋ねる。

 かまくらの中で食べる温かいものってなんでこんなに美味しく感じるんだろう。


「今までもこうしてきたし、お前たちが毎年いるわけでもないだろう。一度楽を覚えたら、ただでさえ厳しい道のりがもっと厳しくなる。今回は食事などは世話になるがな」


 にやっと悪ぶる感じだが、私たちに気を遣ってくれたのだろう。いいおっちゃんだ。


「竜のいるところって、どんなところなんだ? やっぱり厳しいのか?」


「竜神さまのまします大地はひどく冷える。なにせ竜神さまは夜の星を愛していらっしゃるから、太陽がいつも留守なのだ。行きも帰りも、モンスターはもちろん寒さとの勝負になる」


 腹がある程度膨らむと、スライムのジャーキーと星酒で酒盛りがはじまった。パッセルも欲しがるのでくれてやる。

 このスズメ呑兵衛だな、誰に似たんだろう。


「でも、苦労してつく北の果てでは、柄杓座の真下には竜神さまがうっそりと佇んでいて、我らに鱗をくださる」


「そんな簡単にもらえるのか?」


「古の契約はいまだに生きている。我らは竜神さまの愛する酒を献上し、竜神さまは自然と抜けた鱗の一枚をくださる。鱗は村の結界をつくるのに必要なのだ。お前たちは戦って鱗を得たいと思っているようだが、まずは会話を試みてほしい」


「伝えておくが……、私たちはある意味で不死だからな。竜と戦いたがるものもいる」


 赤ら顔で忠告を受け取るが、私たちはゲームをしに来ているのだ、基本的には。ドラゴンと闘うといういかにもなイベントを見逃すだろうか。

 グレンさんとかグレンさんとかグレンさんとかグレンさんとか。


「あとどれくらいで着くんだ?」


「問題がなければ、明後日くらいには着く……が、今年はすこしおかしい」


「何がおかしいんだ?」


「暖かすぎるのだ。例年より、雪が薄い。海を渡れぬかもしれぬ」


「魔法で凍らせればいいだろ? 幸い、こちらには魔法使いが多くいるし、船を持っている者もいるかもしれない。あまり心配する必要はないと思うが」


「……うむ、そうだな」


 おっちゃんたちは熱を扱う魔法はやたらと得意だが、凍らすような魔法は苦手だ。こんな極寒の育ちでは使う必要がないのは当然なのだろうが。


 そして翌日、最大の関門に辿りついた。

 案の定、渡るべき海は氷河と化しており、犬ぞりで先に進むのは難しそうであった。

 まあ魔法でどうにかしますけどね! ……魔法使いジョブの人たちが。


『******』

『******』

『******』


 詠唱とともに空中の魔力は美しく秩序だち、世界にその効果を発揮する。

 水の柱が吹きあがり、横に広がり、パキパキとすさまじい音を立てながら氷の橋ができあがった。

 他の人が大規模な魔法を使うのをみるのは何とも楽しい。魔法陣が見える分、よけいにそう感じるのかもしれない。


「あまり長くは持たないから、さっさと進もう」


「恩に着る、旅人たち」


 まずはプレイヤー側のスノーモービルが進み、その後犬ぞり、最後に私たちが乗るスノーモービルが行く。

 橋の半ばまで来たところで、魚型のモンスターの群れの影が水面に見える。明らかに酒を狙っている。

 ざぱん、と顔を出したのはシャチ、シャチ、シャチ。

 重力を無視した軌道で、一直線に迫ってくる。あろうことか、後方から動かないシャチは氷と水の魔法を放ってきた。


「チッ! アキオ、【迷子センター】のリキャストタイムは平気か!? アミリア、ヨハネ、バフをよこせ、オレが行く! 飛行できる精霊獣もちは戦えそうなら出ろ! ジェダの姉御、オレがいない間の指揮は任せた!」


「大丈夫っす、いつでも召喚できるっすよ!」


「わかったよ、任せときな」


 グレンさんは舌打ちしつつも楽しそうだが、他の面々は悲壮な覚悟を決めた顔だ。

 私も多少は魔法を放つかな、と身を乗り出すと、スライムのジャーキーをくわえたパッセルが頭に陣取った。


「パッセル?」


「ぴ」


 パッセルが鳴いた拍子にくわえていたジャーキーが目の前を落ちていくのと、幾条もの雷が視界にあるすべてのモンスターに降りそそぐのは同時だった。


「パッセル、ジャーキー落ちたぞ。……落ちたのはいらない?」


 拾いあげた食いかけのジャーキーをパッセルの顔に寄せると、ぷいとそっぽを向かれてしまった。グルメなヤツ。

 どうしようこれ。棄てようか。私は全力で目の前の海に投げた。きっと小魚が食べると思う。


「「「ちょっと待てえええええ!?」」」


「お前の精霊獣強すぎだろ!?」


「ゲームバランスおかしすぎる!」


「っていうか精霊獣って命令しなくても攻撃するの!?」


 むしろ、精霊獣が言うこと聞くのか?

 パッセルが私の頼みを聞いてくれたことなんてあったっけ?


 周りが騒がしいなか、スノーモービルはするすると氷の橋を渡りきった。

 竜の棲み処はもうすぐ、のはずだ。




名前(ネーム):ジャン・スミスLv.58

種族:人間 性別:男性

職業:【気分屋】

HP:171

MP:559

STR:42

VIT:32

INT:97

MID:104

AGI:165

DEX:178

LUC:112


称号

【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】【探検家】【妖樹の友】【界渡り(魔)1/1】【悪戯小僧】【変異種】【補佐官】【野菜泥棒】【逆走の探索者】【養蜂家】【幻想の冒涜者】【ゲテモノハンター】【探究者】【信心深き者】


スキル

戦闘

【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性(一)】【夜目】【撤退】【肉体言語(一)】【狂戦士】


魔法

【魔法陣(巨)】【生活魔法】【詠唱】【魔法連射】


生産

【細工(玄)】【採取】【料理(初)】【木工(玄)】【解体】【伐採】【書画(初)】【調合】【スキル付与】


その他

【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【木登り】【地図】【効果】【魔道具】【妖精化(玄)】【指導】【分解】


特殊

【混沌】【手抜き】【六文銭】


世間は春なのに作品の中は冬なので飯テロがしづらい……。


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