前へ次へ
98/113

98 合流

やや長めです



 土産用の星酒をいくつか確保し、この街の「竜神様」に対する参勤交代に同行する交渉をしておき、死にながらレベル上げをして待つこと数日。

 ようやく他のメンツが揃った。


「よし、行くか」


「待て待て待て。俺たちにとっては久々の街……村だけど、人里なんだぞ! ちょっとは休ませろや」


「ははは、冗談だ」


「どちらにせよ、全員のリアルの日程をまた合わせないといけませんからね」


 グレンさんとサカイ君はとても現実的な返事だ。

 さっき言った「よし行くか」が半分くらい本気だったとバレているもよう。今日までの情報収集やのんだくr……交渉の結果を使って全力で誤魔化そう。そうしよう。


「実はな、暇だったからレベル上げしながら情報収集してたんだが、竜神に酒を貢ぎにいく小隊が近々出発するらしいぞ。同行の許可はとっておいたから、日程調整を頼む」


「ジャンさん変なところ有能ですよね……」


「酒場に入り浸ってたら女将さんが渡りつけてくれたぞ」


 たぶん、こちらでの情報収集もして、私の集めた情報の裏をとってくるのだろう。その分も合わせて日程調整するに違いない。

 私も現実(リアル)の仕事が繁忙期だし、休みはとりづらいかもしれん。


 日程について私の予定を伝えていると、もこもこ防寒服姿の子供たちがやってきて、グレンさんとサカイ君を指さした。


「なーなー! 旅人の兄ちゃん、友だちか?」


「おう。良い奴らだぞ」


「兄ちゃん、友だち居たんだな」


「意外。いつも一人だもんな!」


「お前らなあ!」


 私にだって星渡りの旅人(プレイヤー)の友人の一人や二人いるっての!

 フレンドリストにはいっぱい名前があるんだぞ。

 今回のレイドで増えた人が大半だが! 半分くらいまだ顔と名前が一致していないが!


「おい、ジャン? 言語が違うなんて聞いてなかったんだが!? お前この子供たちの言っていること理解できてんの!?」


「ジェスチャー最強」


「そのドヤ顔やめろ。役に立たん」


 グッと親指を立てると、心底イヤそうな顔をされた。解せぬ。


「あー、僕は【言語】スキルがあるのでまったく違和感ないです」


「じゃあサカイ君が交渉役か? ここの言葉話せるやつ、他にいたっけ?」


「居ないですねえ」


「サカイ、悪いが通訳頼むぞ。これから小隊の代表に挨拶に行くか」


「ですね。【言語】がこんなに直接的に役に立ってくれる日がくるとは思いませんでした」


 サカイ君はちょっと嬉しそうだ。

 たしか、普段は魔法を使うのに使うくらいだものな。

 せっかくだし、子供たちを紹介しておこう。仲良くしておいて損はないだろうから。


「子供たち、このお兄さんたちをビョルンおじさんのところに案内してくれないか?」


「いいぜー!」


「菓子くれるんだろ?」


「もちろんだ。そこのほそっこい濃い茶色の髪の兄ちゃんがくれるぞ」


「やった!」


「ちょっと! 勝手に約束しないでくださいよ」


 子どもたちはごくごく自然に菓子をねだり、私も鷹揚(おうよう)に頷く。私の懐が痛まないから、なんのためらいもない。

 安請け合いするとサカイ君から抗議されたが、苦笑しながらもその指はすでにメニュー画面を通してストレージ内の商品を漁っているようで、空を滑らかに滑っている。

 ノリノリだ。


「あれ? こっちの兄ちゃんはノラグラーンゼン語わかるんだ?」


「珍しいな~。古代の言葉だとか言って、外の人はほとんど話せないんだよ」


「この兄ちゃんだけなー」


 子どもたちはサカイ君だけでもこのあたりの言葉がわかることに驚いたようだ。

 ちなみに私は自分がこちらの言葉を話せないことを忘れていた。【肉体言語】さん優秀。


「この子たちは何が好きなんです?」


「甘いものかな。あとは果物とか。ここらじゃ実らないから人気だぞ」


 よほどストックが大量にあるのか、子供たちにあげるものが決まらないようだ。彼らの嗜好を尋ねられた。

 私は今までに与えた菓子を思い浮かべ、その中で反応の良かった菓子の共通点を伝える。


「なるほど。苺大福とアップルパイでいいですかね?」


「苺大福は私にもくれ」


「毎度ありがとうございます。一つ二百(ソルト)です」


 金とるんかい。いや払うけども。

 ……苺大福うまっ! 粒あんと大粒のみずみずしい苺がベストマッチ。


「なんだこれ! もちもち! じゅわって! じゅわって! あまずっぱいのが!」


「ザクッとして甘いのがぶわってきた! 初めてたべた!」


「気に入ったぜ、案内してやるよ」


 子供たちも初めて食べる菓子に目を輝かせた。完食すると、やる気満々に街――というか村の案内を買ってでてサカイ君を引っ張っていった。

 言葉が通じず置いてけぼり気味のグレンさんは、そんなサカイ君を慌てて追いかける。


 さて、私はどうしようかな? と、思ったところで声をかけられた。鍋さんだ。


「ジャンくん、この辺の食材を扱っているところ知らないかい? 料理屋でもいいんだけど」


「料理屋というか、宿つきの食堂ならわかるぞ。案内しよう」


「頼むよ」


 私も子供たちに倣って食堂に案内することにする。

 しかし今度は鍋さんの友人――私ともフレンドになってはいるはずだが名前がわからない――から呼びとめられた。

 巨乳に水色の髪の美女だ。見覚えはあるんだが……、誰だっけ……。


「鍋ちゃん、どこへ行くの?」


「カローナ。食堂だよ」


 カローナさんね、オッケー。覚えた。たぶん。


「あら、わたしもご一緒していいかしら?」


「私はかまわないよ」


「私も問題ない。……これから行くのはソラリィーヤさんの酒場だ。ちなみに肉料理ばかりでるから覚悟しておいてくれよ」


 うっすらと雪の積もった村を進み、看板も何もないほぼ一軒家のドアを開く。かららん、と木製のベルが素朴なダークブラウンの店内に響き、奥からふとましい女性が顔をのぞかせた。

 日中酒浸りになるせいで、すっかり顔なじみになったソラリィーヤさんだ。


「星酒を三つ。あとつまめるものをそれなりに」


「あいよ。なんだいジャン坊、今日は両手に花かい?」


「蕾たちになら毎日のように囲まれているぞ?」


「その蕾たちはどうしたんだい?」


「菓子につられて別の旅人たちを隊長のところに案内しにいったよ」


「そうかい、これから旅人さんが増えるのかねえ……。お嬢さんたち、こんな酒呑みに引っかかっちゃだめだよ」


 ソラリィーヤさんはプレイヤー(ひと)が増えるのが信じられないような、神妙な顔をした。しかしすぐに気を取り直して、鍋さんとカローナさんにウィンクしながら席を勧め、また奥へと引っ込んだ。

 店内は夕方でもないので私たちしか客はいない。

 三人で隅っこの、丸太を輪切りにしてそのまま天板としたテーブルを占拠した。

 壁側の隅は背中を見られないので、とても落ち着く。


 席についてしばらくすると、銀がちらつく藍色の酒が入ったグラスを三つ出される。

 夜空をすくったようなこの酒は、何度見ても綺麗だ。


「竜神の好物の星酒だ。電気の味がするぞ」


「電気って。それはないだろう。それにしても綺麗だねえ」


「スクショしたわ。いただきます」


 私の忠告が完全にスルーされた。悲しい。

 キレイ、キレイと女性陣はしばらくはしゃいで、普通に口に含む。


「「ッ!!?」」


 すると、二人は勢いよく全身をびくびくびくっと痙攣(けいれん)させた。

 ほらみろ。


「な、電気の味するだろ? でも意外と癖になるんだよ。慣れないなら、コケモモのジュースで割ると飲みやすいから頼んだらどうだ?」


「そうする……」


 面白い味なので、私はジュースで割るなんてもったいないことをしないが、子供たちはジュース多めで星酒を飲んでいたりする。炭酸飲料くらいにはマイルドになるんじゃないだろうか。

 まだ痺れるのか、二人は二口目を飲もうとしない。

 そうこうしているうちに酒の肴が届く。


「おまちどうさま。スノウスライムのジャーキーと、アンチョビと芋のグラタンだよ」


「え、スノウスライム……?」


「養殖されてるスライムだそうだ。さきいかみたいな感じで美味いぞ」


 疑惑の食材(スライム)に鍋さんが(うめ)いた。

 半透明の乾物は予想に反して酒にあう。とりあえず食べてみたらいいと思う。

 鍋さんがつくるスライムゼリーも美味いが、若干コリコリした歯応えのこのジャーキーも美味い。


「あら、ほんと。グラタンも美味しいわ。グドルスも呼ぼうかしら? ここは動物を連れてきていいのかしら?」


「厨房に来なきゃかまわないよ」


「ありがとう。……『グドルス。精霊の友よ、我が呼びかけに応えよ』」


 カローナさんはアンチョビの塩気とジャガイモを重ねたグラタンを気に入ったのか、ソラリィーヤさんに許可をもらって精霊獣を呼び出した。

 召喚の呪文を唱えると、手のひらに出した真っ青な精霊石が淡く光り、それを中心に繊細な魔法陣が広がる。すごいファンタジーでワクワクする。

 やがて現れたのは、真っ白なフクロウだった。胸毛がふわっふわである。


「フクロウの精霊獣か。立派だな。精霊獣はそう唱えればくるのか?」


「契約していて好感度が高ければね。それと精霊石に魔法陣を刻む必要があるわよ。貴方も精霊獣と契約しているの?」


「うーん。それらしいことをした覚えはないな……。ダメもとでやってみていいか?」


 せっかくの機会なのでカローナさんに手ほどきを頼み、手持ちの精霊石の上に魔法陣を構築する。

 これで名前をすげかえた呪文を唱えれば、パッセルを呼べるはずである。


「『パッセル。精霊の友よ、我が呼びかけに応えよ』……、ダメか。せっかく美味いものがあるのにな。……うおっ」


 カローナさんが先程やったのと同じように召喚の呪文を唱えると、魔法陣が淡く輝き、そのまま光を失うかに見えた。

 が、美味いものがあると言った瞬間に光はまばゆさを増し、まるまるとしたスズメが現れた。

 パッセルだ。出てきてすぐに私の飲みかけの酒が入ったグラスをつつく。

 現金なやつめ、モフってやる。

 

「好きなのか。ソラリィーヤさん、星酒一杯追加! スズメが飲むんだけど」


「あいよ~、ちょっと待っとくれ!」


「グドルスはスライムの方が好きみたいね」


 グドルスはカローナさんの手から料理をついばんでいて、非常に行儀がよろしい。

 うちのパッセルは酒の前で不動の構えである。飲むに飲めないんだが……。


「そういえば、二人は泊まる場所はもう決まっているのか?」


「いや?」


「わたしもまだね。なんでそんなことを聞くのかしら?」


「宿泊施設、この酒場にくっついている分しかないぞ」


 今日のレイド参加メンバーのログアウト場所はどうなっているのか尋ねると、各自で確保の流れだったようだ。

 そして二人ともまだ部屋を押さえていないと。まあ、私と直でここに来たのだし、部屋を取れるはずがないのだが。


「……ジャンくん? ログアウトする場所ないのかい、ここ?」


「まあ、全員分はないだろうな。各自で交渉……、ああ、みんな言葉がわからないのか。困ったな」


「困ったと言いながら全然困ってなさそうね?」


「まあ、サカイ君がどうにかするだろ」


 言葉が通じれば民家や空き家を借りれるかも。最悪、村の隅に野営すればいいだろうし。

 めんど……むずかしいこと、私わかんなーい(棒)。


「私とカローナの分はジャン君が交渉してくれたりしないかい?」


「いいぞ。鍋さんにはいつも世話になっているし、カローナさんには魔法陣教えてもらったしな」


「そうこなくっちゃ」


 鍋さんが黒い顔をしながらナチュラルに抜け駆けの手助けを要請してくる。

 片棒を担ぐことを了解すると、カローナさんもイタズラっぽい表情で笑った。

 二人とも悪そうな顔がよく似合いますな。




「見覚えはあるんだけど誰だっけ?」

私はよくこうなります。みんな顔覚えるの早すぎじゃないですかね?

同期は覚えたけど絡みの少ない先輩がまだまだあやふや……。

前へ次へ目次