前へ次へ
97/113

97 番外編:一方そのころ

今回は三人称視点です。私個人の感覚では掲示板の亜種的な話になっています。

読まなくても次話以降に差し支えはないと思います。


(主人公目線だと絶対に書けないが、書きたいからやった。書くかどうか迷った末に、ちょうどエイプリルフールだしいいかなって思った)


 氷原を踏破する一団があった。

 いくつものパーティーが連携して戦う――レイドを組み、あるともしれないトゥザッティを目指し突き進む。


 一部の者は有給休暇まで申請し日程を調整して、ザイーンの北からサメクに移動する途中である。今回は同行していないメンバー――ジャン・スミス――が提供した地図はお世辞にも詳細とは言えなかったが、各々が情報収集して補完した地図を頼りにサメクへと向かっていた。


 そんな一行は、ついにダンジョンに辿りつく。

 溝を隔てるのみで変化のない雪景色。

 すこしの休憩と協議の後、回りこむでなく突っきるということに決まった。地図が手に入らないからである。


 ダンジョンに踏み入って数時間。

 徘徊型のダンジョンボスに運悪く当たってしまう。

 偵察班のユリウスが最初に敵を感知した。

 同じく偵察をしていたオーレリアはぴこぴこと猫耳を動かし、瞳孔をいっぱいに広げた。


「超大型モンスターが来た!! 南東から、明らかに捕捉されているよ!」

「足音はイエティとそっくりにゃ! レベルは86! 罠を仕掛けるかにゃ?」


 レイドのリーダーであるオルグレンに一同の注目が集まる。精悍な面差しは、明らかにピンチなのにどこか楽しそうである。ジョブは聖騎士だが、戦闘狂なのだ。


「そうだなあ……、オレ一人で正々堂々()りあいたいところだけど。今度のドラゴンの鱗の入手を考えれば、またとない連携のチャンスだしな。やるか。……偵察班、敵を釣ながら罠の設置。支援班、バフとデバフの準備。魔法班、詠唱開始。盾班、最初は相手の攻撃を見て各自判断、支援班との距離注意な。生産班は陣地の守備を」


 建前もそこそこに、新しく手に入れた大剣を構え、どんどん指示を飛ばしていく。

 雪をかきわける足音はすぐに大きくなり、即席の罠は踏み潰され、敵の姿は早くも明らかになった。


 一戸建ての住宅ほどのイエティ。

 モップのような白い毛におおわれた、青い皮膚の巨人はちっぽけな人間の群れを視認するや、四足で駆けだした。

 迫るモンスターに怯むことなく、本の虫のエルルゥ=オルコットと聖人然としたヨハネの呪文が紡がれる。不思議な音韻は魔力を束ね、一つの意志を形作る。


『――夜の帳よ巡れ。揺り篭は回りつづける。夢幻の鎖(カーテン・チェイン)

『――世界樹の麓より戦士の御霊が宿る。戦意高揚(ヴァルハラ・マーチ)


 行動阻害のデバフはきちんとイエティにまとわりつき、体力および精神の継続回復は仲間たちに。攻撃力上昇、クリティカル率上昇、ダメージ反射、様々なバフが仲間たちを包み込む。

 スキルのない者には意味の分からない詠唱。しかし抑揚は原初の音楽となり、余剰魔力は淡い光となって散っていく。


 やや速度の落ちたイエティが射程に入った途端、前衛攻撃職がスキルで強化された剣戟を加えていった。


「『刺突爆裂(ロケット・スピア)』!」

「はああああ!! 『インパクト』!」

「とりゃあ! 『劫火の大剣』!!」

「死にな! 『双葬武闘』ッ!」


 様々なエフェクトが弾け、着実にイエティを削っていくかに見えた。


「ヴオオオォォオオオォ……」


 くるんとアルマジロのように身を丸めると転がりながらレイドメンバーを轢き殺していく。

 そんな中、小柄な鬼人族の八ツ橋は、魔法使いのレアを抱えて逃げきった。

 八ツ橋はイエティの回復行動の阻害を諦め、杖に付与されたスキルを発動させるレアを守る。


『――朋友どもよ、正しき肉を得て冥界より帰還せよ。完璧な蘇生(オール・コレクト)


 レアが長い発動呪文を唱え終え、持っていた黒塗りの錫杖でトンと雪を叩くと、かろんという優しい音ともに光の輪が広がっていく。

 仲間たちが死亡した地点に輝く棺桶がせり出し、全快したものたちを残して消える。


「まいったね、これは一気に削った方がええんやないの?」

「ちょっと面白くないけど、姐さんの言う通りだ」


 姐さんと呼ばれることの方が多いジェダの提案に、パースが口を尖らせつつも賛成を示す。

 オルグレンは二人の意見を加味し、全体に指示を出した。


「……魔法班に頑張ってもらうか。前衛、時間稼ぎに徹しろ! 盾職、挑発! アメリア、微量でいい、全体回復! 支援班、一人はカローナにバフを盛れ! カローナ、一気に削れるな!?」

「おー!」


 方針が決まれば、うりボーや勝蔵が押えていたイエティに向かう者が出てくる。

 アメリアの、ぴょろろー、というなんとも間抜けなリコーダーの演奏は、確実にダメージを相殺していったし、カローナの朗朗と響く詠唱に周囲の魔力が渦を巻いて集まりだす。

 今にも崩れそうなほどに高まった濃密な魔力を見て、カローナの側で矢を番えていたアキオが声をあげた。


「前衛、退避!!」

「「「おうッ」」」

『――覇王の白き華、顕現し咲き乱れよ。火炎・茨の獄(ローズ・インフェルノ)!』


 イエティの足元から赤みを帯びた白い魔法陣が浮かびあがり、その巨体を這うように灼熱が駆け巡り刺すように侵食する。


「……! 削りきれてない!! グレン!」


 カローナは魔法の手ごたえでイエティが倒れていないことに気づき、最も攻撃力の高いオルグレンの名を呼んだ。

 しかし、呼ぶ前にもう、オルグレンは走り出していた。金の装飾が美しい、プレイヤーの鍛冶師の最高傑作が振り抜かれる。


「『雲覇の大剣』!!」


 一閃。

 一拍の遅れとともに、叩き斬られた首から血があふれ出す。

 ぎょろりとした目玉は、地に落ちてなお空を睨みつけていた。


「終わったか……」


 脳内の討伐アナウンスを確認し、次は一人で倒したいと思いながら、オルグレンはそっと息をついた。

 偶然の戦闘は無事に終了し、にわかに生産職が活気づく。

 彼らは、どちらかといえば遠征における補給としての意味合いが強かった。


「装備点検します~。布と革の装備の方はこちらに~」

「剣を研ぐからこっちに来てくれー」

「いったん休憩ログアウトしましょー。装備にあまり傷のないひとはかまくらを作ってくださーい!」


 カローナやアメリア、レアは、かいてもいない汗をぬぐい、緊張した身体を弛緩させていく。

 共通の話題になるのは杖の製作者だ。

 カローナは白い石の嵌った木製の腕輪を眺める。この異形の杖には、何度となく危地を助けられている。


「ふー、まさかこの杖の製作者がプレイヤーだなんて思ってもみなかったわ」

「ですねえ。わたしもちょっと前までNPCの凄腕職人だと思っていましたしぃ。わたしのリコーダーもなんですよぅ」

「うん。復活簡単。ゲームバランス変。でも使う」


 アメリアは舌っ足らずの作った口調でリコーダーを振ってみせ、レアは手に入れたばかりで酷使している錫杖を揺らした。

 三人とも、自分の杖に満足しているのだ。


「ユリウスも即死の弓が手放せないって言ってたわ。雑魚を一掃してくれるし」


 装備をあまり損耗していない彼女たちは、おしゃべりしながら雪を動かしていく。

 かまくらを作るにも、魔法は便利すぎた。

 独自に開発した魔法の話なども交え、女子の話は弾み続ける……。




 一方、白兎の料理人の鍋は、一番最初にできたかまくらに陣取り料理を進めていた。

 さっそくドロップしたイエティの肉を煮こぼして、臭みをとるべくさまざまな香味野菜を切っては大鍋にぶち込んでいる。

 隣では槍の点検を終えた佐倉が箸とお椀をもって待機していた。


「楽しみですな。イエティは食べられるのでしょうか」

「味は熊に似てるから、味噌で煮込むよ。幸い野菜もたくさん持ってきたしね」

「そのまな板ちょっと待って!???」


 そこへ一通りの手配をしたサカイが顔を出した。

 まな板がまな板として使われていることに驚いている。


「なんだいサカイ、料理の邪魔だよ」

「いや、え? だってそのまな板に即死無効って鑑定結果がついてるってお伝えしましたよね!!?」

「……」


 佐倉の「そういえば鍋殿はさっきのレイド戦で死んでいたな」という視線とサカイの信じられないというリアクションが鍋に突き刺さる。

 もったいない使い方をしている自覚があるのか、鍋は目を心もち逸らしつつ、言い訳をする。


「これをもって戦えっていうのかい? 動きにくいよ……。魔法で綺麗にできるとはいえ、不衛生なところに進んで調理道具をだしたくはない」

「かわりのまな板お売りしましょうか?」

「いや、これすごく水はけがいいんだよ。他ので満足できなさそうなんだけど」


 鍋は話を逸らすべく、作り置きしていたとっておきを取り出した。

 ふわっとやさしい出汁の香りが狭いかまくらに広がる。


「じゃじゃん。おでんだよ」

「鍋殿、新作ですね」

「こんにゃくなんてあったんですか?」


 新作料理に食いつく二人に、鍋は安心した。

 話題のこんにゃくについて語ることにする。といっても、彼女もあまり詳しくない。貰い物だからだ。


「ジャン君がもちこんだ幻想界のスライムだよ。栄養はないけど、INT上昇の効果があるね」

「ああ、ジャンさんですか……。っていうか、こんにゃくがスライムの形をしているんですけど……」

「三角に切ったら勝手にスライムの断面みたいになっちゃったんだよ。私は何もしてないったら」

「久々にスライムゼリーが食べたくなります」


 もきゅもきゅと出汁のしみたこんにゃくやダイコンを齧りながら、日本酒の熱燗も出したりして北の夜は更けていく。 

 しばらくすればオルグレンやジェダ、パースも合流して上層部の打ち合わせになっていった。


「今はこの辺りですよね。明日にはサメクに着けそうです」

「ダンジョンよりも、融けかけた氷を渡る方が大変だったかもな」

「せやな。武器は恵まれとるし、薬なんかの消耗品も『萬屋』が運んでくれとるし」

「っていうか、こんな険しい道を十レベルも下の生産職のプレイヤーが越えたっていうのが信じられないけどな」


 サカイが広げた地図を見ながら、もうすぐ終わる――むしろこれからというべき――遠征の感想が零れる。

 パースが牛筋をくわえて、話題のジャンを思い返すように引き継いだ。


「あのにーちゃん、意外と強かったんだなー。プレイヤースキルがいいんだろうな」

「たしかに。本人はあんまり戦闘系のスキルは多くなかったな。ジャンは面白いヤツだとは思ってたけど……、ここまでとは」


 オルグレンはサメクのある南東を、雪の壁を見通すように見た。

 まだまだ、楽しみはこれからなのだ。



作者が新社会人になるにあたり、休日明けの日が更新日になります。

しばらくは土日が休みなんじゃないかなー(しばらくは月曜更新)という希望的な観測です。研修明けでも週一更新の維持はたぶんできるのですけど、曜日は確約できません。

(週休二日だけど土日とは限らないと会社説明会で言われています)

前へ次へ目次