96 事前調査と自主訓練
阿鼻叫喚の杖の売買を終えたあと――魔法を使う面々にめっちゃ感謝されたし、ゲームのアバターとはいえ美女に抱きつかれるなどの役得があった――ギーメルに戻ってお菓子を届けることにした。
パッセルに急かされたからである。ちょ、蹴るなって。ちゃんと戻るよ!
というわけで、体感ではほぼ間をおかずに出戻ってきた。
甘酒とナッツタルトに群がるフェアリーズを横に、私はぜんざいをいただく。ほくほくして甘い豆と餅がいい感じだ。
ディオディオにはカツカレーを出しておく。いかん、このスパイシーな匂いには私もそそられる。ぜんざい、カレー、ぜんざい、カレーのコンボが決まってしまう。
「今度、トゥザッティ? と、サメクに行ってドラゴンの鱗もらってくるつもりなんだが、なんかオススメのお土産とか注意点とかある?」
人心地ついたあたりで、カレーの三杯めを食べているディオディオにサメクについて尋ねてみる。
ディオディオは口の中のカレーを飲みこんで、思い出すように空を見つめた。
「サメクは、そうだな……肉や魚のシャーベットと星酒という酒が有名だったような……。あとはアミュレットだな。昔、杖の装飾の参考にさせてもらった」
「ほー。今のものぐさなディオディオからは考えられない行動力」
ディオディオの若い頃の話とか気になるところだが、トゥザッティについては知らないそうだ。
地酒は忘れずに飲もう。アミュレットはサメクで訪れたときにぼったくられたお守りのことだろう。サカイくんに高く買い取ってもらった記憶がある。
「オレにも若い頃はあったんだ。……お前、一人で行くのか?」
「いや? 友人たちと行くけど?」
ドラゴンに会いにいく予定は前から知っているのだろうが、同行者について予定を聞かれた。
まさかボッチだって心配されているのだろうか。涙が出そう。
友人たちと行くと答えると、なぜか微妙な顔をされた。そんなに友人がいるの意外ですかね!?
「人数が多いほど困難な試験を出されるぞ。その分、鱗の質は上がるだろうが」
って思ったけど違った。鱗採取が困難になるらしい。
「それより、おまえは武具――杖の手入れはできるんだろうな? 戦闘についていく生産職に期待されるのはメンテナンスだぞ。……おい、目を逸らすな、はっきりしろ」
「できないです」
「愚か者が! 好きなものだけ作っているからそうなるんだ!!」
「ひえええ」
団体行動だとわかると、別の疑念として修理技術が心配された。ははは、習っていないので全然できないです。
急きょ、武器の応急処置について扱かれることになった。まあ、単一の木材から削り出された杖――私が作ったのは全部そう――の修理はほぼできないので、数時間の延命くらいしかできないそうなのだが。つまり新しく作った方が早いタイプの贅沢な魔道具なのだ。
「お前の友人たちが必ず無垢材のものを使っているとは限らん。おとなしくオレの工房で預かっている修理依頼をこなせ」
「へい」
欠けたところを更に削って平らにし、欠けた部分と同じサイズ、同じ向きの充て材をはめ込みおがくずとスライムの粉を混ぜた接着剤でくっつける。
地味に手間だ。一からつくった方がやっぱり早いと思う。ディオディオが怖いのでおとなしく修行します、ハイ。
ディオディオに解放されたあと、私は他のパーティーに先行してサメクでの調査に当たることになった。他のメンツも到着し次第情報収集をするだろうが、多少はやっておいた方がいいだろう。
でも先にレベル上げをしようと思う。
他のメンバーの平均レベルと十ほど違うので、せめて足手まといにならないくらいには頑張りたいところ。
パッセルがいない私の実力が、どこまで通じるのか。前回よりは強くなっているのだ、大丈夫なはず……。
「うー、相変わらず寒いな~」
というわけでサメク周辺の雪原にやってきた。いや、雪の森と言えばいいのだろうか、二メートルほどの氷の柱が無数にそびえたち、障害物となっている。
最初はダンジョンに行こうと思ったのだが、けっこう遠いので諦めた。
というのは半分嘘である。
「うあああああ!!! 『火』!! 『熱』!! 『火』!! 『雷』!! キリがないな!!」
柔らかな雪の上はサメクで買い求めた専用の雪靴を装備していてもなお移動しにくい。そのうえ、モブにすらてこずる有様。
真っ白なサーベルタイガーには背後から噛みつかれて死んだし、比較的鈍重なトドは厚い脂肪に阻まれて攻撃は通らないし、重量の乗った体当たりは掠っただけで一撃で死んだ。体験済だ、まちがいない。
なにより群れる小型イエティがうざい。
「群れるな! 一体ずつ! 並んで! 来いよおおおお!!」
何度も死に戻ってじわじわとレベルをあげ、ようやく周辺地域で勝ち星を拾えるようになってきた。各個撃破ならなんとか。ギリギリ。……アウト。
「にゃろう! 『氷』! 『雷』!! 『雷』、『雷』、『雷』、『雷』!」
足止め用に氷を作りだし、イエティがつまずいて体勢を崩したところに一撃。雷がよく効くとはいえ、HPを削りきるには何度も雷を落とす必要がある。
【魔法連射】【撤退】【狂戦士】なんてスキルをゲットしたが、効果があるんだかないんだか。
一匹にかかずらっているとすぐに回りこまれるので移動しながら攻撃する。が、やっぱり間に合わないんだよなあ!!
そしてご近所のモンスターを手なづけてくる。
「ちくしょう、トドに投げられるのは卑怯だぞ!!」
まるまったイエティはトドの尾に打たれて、野球のボールのように私の方に急接近してくる。それも一匹二匹じゃない、どんどん追加されていく。
足は雪にとられるし、普通に戦っているイエティもいるし。
「勝てるかボケえええええ!」
イエティのつぶらな瞳が眼前に迫ったあたりで、視界が暗転。また死んだな、コレ。
「あー! 旅人さんがまたでたー!」
「どうしていつも竜神さまの前に現れるの?」
「私も知らんが。大人たちに聞いていないのか?」
目を開くともこもこのコートに身を包んだ子供たちがこちらを覗きこんでいた。
背中側の雪を払いながらプレイヤー事情について聞いてみると、どうもあまり聞いていないらしい。
星渡りの旅人が復活することは知っていても、竜を象ったトーテムポールの前に現れる理由は知らないようだ。
それよりも竜のことを聞くべきだろう。
青く塗られた木彫りの竜は、どうにも愛嬌があってあまり威厳は感じないが、今回の標的だろう、たぶん。
「ところで、竜神さまってなんだ」
「これ! がおーってやつ! 雪光草を潰して塗ってあるから、夜はちょっぴり光るんだ!」
「今年もおとうちゃんたち、竜神さまにお供えするんじゃないかな?」
「そうだね、もうすぐ春だもんね」
どうやら実在する竜らしいな。定期的な交流があるようだ。
しかし、春に貢物なんて効率が悪い気がする。冬越しの残りものしかないだろうに。
「春先に行くのか?」
「氷が溶けちゃうと行くのが大変だし」
「真冬だと、寒すぎて動けないんだって。お酒いっぱい持っていくよ」
融けるんだ、雪。いや、氷か。なるほど、河だか海の上を渡るわけか。そりゃあ大変だ。
みんなに急ぐように伝えておこう。どうせなら同行した方が楽だろう。
「なるほどな。さて、今日は飲むぞ」
「昼間から飲んだくれるなんてダメな大人だ」
「婆様が言ってた」
「ダメな大人で何が悪い。私は今日はもう休むと決めたんだ」
今日だけで何度死んだと思っているんだ。五十はくだらないぞ。
「あ、酒場ってどこだ? 星酒ってのが置いてあるといいな」
「それならソラリィーヤおばさんのとこだな」
「案内してやるよ。父ちゃんたちも遠征前に一杯ひっかけていくんだぜ」
「お、ありがとな。あとでわらび餅をやろう」
「やった! 旅人さんって気前いいよな」
「だろ?」
星酒は発泡酒で、立ちのぼる泡がパチパチと輝く藍色の酒だった。
電気の味がした。
あとがき
名前:ジャン・スミスLv.55
種族:人間 性別:男性
職業:【気分屋】
HP:171
MP:529
STR:42
VIT:29
INT:91
MID:97
AGI:164
DEX:168
LUC:109
称号
【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】【探検家】【妖樹の友】【界渡り(魔)1/1】【悪戯小僧】【変異種】【補佐官】【野菜泥棒】【逆走の探索者】【養蜂家】【幻想の冒涜者】【ゲテモノハンター】【探究者】【信心深き者】
スキル
戦闘
【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性(一)】【夜目】【撤退】【肉体言語(一)】【狂戦士】
魔法
【魔法陣(巨)】【生活魔法】【詠唱】【魔法連射】
生産
【細工(玄)】【採取】【料理(初)】【木工(玄)】【解体】【伐採】【書画(初)】【調合】【スキル付与】
その他
【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【木登り】【地図】【効果】【魔道具】【妖精化(玄)】【指導】【分解】
特殊
【混沌】【手抜き】【六文銭】
【魔法連射】:同種の魔法行使におけるMP使用の微量軽減。
【撤退】:冷静に逃げられる。【逃げ足】の上位互換。
【狂戦士】:HPが少ないほど攻撃の威力が上がる。格上の敵から得る経験値微増。
備考
【妖精化】で物理攻撃を無効化していますが、このあたりの魔物は物理攻撃と魔法攻撃が合体してます。単純に強い。