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94 自重しないタイプ



 工房の物置で目を開けると、体がギシギシしていた。むー、やはり宿屋でログアウトするべきだったか。

 ぐきぐきと身体をほぐしているとフェアリーズがやってきた。たぶんこちらは明け方だと思うのだが、さして眠そうにも見えない。相変わらず謎の生態である。


「おっはー」


「おはよう。今日もよろしくな~」


 とりあえず腹が減った。どうせディオディオもメシを食っていないだろうし、工房の小さなキッチンを借りて朝食を作ることにする。


「なんかあるかな。……、なんもないな」


 キッチンについていた冷蔵庫っぽいなにかにはチーズとワインしかない。ダメだこりゃ。

 諦めて、インベントリを漁っていつ買ったのかよくわからないパンと卵と牛乳と野菜を取り出し、フレンチトーストとサラダを作る。

 塩胡椒は賞味期限が切れてそうだけどキッチンにあったものでいいか。サラダは……酢もオリーブオイルもねーんだけど、ワインで代用できるか? まあワインでいいや。多少変な味でも問題ないだろ。

 匂いだけはまあまあな感じだが、味はどうだろう。テーブルに皿を並べているとディオディオもぼさぼさ頭で起きてきた。


「うええ、じゃんじゃん料理下手~?」


「いつもぽんって出すごはんはおいしいのに。無いの?」


「買い置きも材料もなかったんだ」


 眉根をよせて唸るフェアリーズに言い訳をする。前に会ったときに鍋さんがフリーズしてしまったんだ、仕方ないだろう!

 多少ぼやけた味になるのは覚悟していたけれども。ディオディオが文句を言わなかったのは意外だったな。


「よし、やるか」


「ボクらが見守ってやろう~」


「安心して励むとイイ~」


「見てるだけだろ?」


 頭上にくつろぎはじめたフェアリーズを茶化すと、珍しく怒ったようだった。糖分が足りてないのかもしれない。ぽかぽかと頭をはたかれたり、髪の毛を引っ張られたりする。アバターって後天的にハゲるのだろうか。


「むっかああ! ちょっと怒ったぞう!」


「がんばれー、ごま!」


「「「ごま! ごま!」」」


 ごま、の大合唱のあと、カラフルな魔力が渦巻いて私の体に溶けていった。パチパチと身体の中で炭酸が弾けるような、妙な身体の軽さだ。

 首をひねっていると、それを見ていたディオディオが感心したように現象を説明してくれた。


「こいつらが補助するとは。なるほど、挑発すればいいのか?」


 ほほう。生産補助系のステータス上昇系の魔法もあるのか。いや、あるのが普通なのか、私が今まで気づかなかっただけで。

 しかし、これは良い機会だ。バフが効いているうちに難易度の高そうなやつを作ろう。


「杖を作りたいんだが」


「杖か……。お前が採取してきたの、部位的にはあまりいいところじゃないんだよなあ……」


「トレントを伐り倒すなんてそんな可哀想なことできなくないか。ぜったいにつぶらな瞳をしているはずだ」


「トレントに目玉なんぞ無いわ、アホが。それに、トレントも伐らないといけないこともある。あいつらは移動して、移動先の地域の植生を変えちまうこともあるし、土魔法で他の木やら草やらを根こそぎ堆肥に変えることもあるしな」


「へえ」


 トレントの憎めなさを熱弁すると、ディオディオから冷ややかで合理的な返答が返ってきた。確かに言われてみれば、トレント達も増えすぎたら養分や繁殖に適したところへ移動しそうだ。その過程で普通の樹がとってかわられるのも考えられる。

 仲がいいからか、その辺は気づかなかった。でも伐り倒せないなあ……、問題がおきたら説得しよう、そうしよう。

 さて、杖の意匠はどうしようか。お坊さんの持っているような錫杖にしようかな。魔力を漏らさず、しゃっしゃと白くて緻密な木材を削ってスマートな棒を作っていく。


「で、ディオディオはなんか悩みごとか?」


 私が世界樹を加工する横で、ディオディオも世界樹を睨んでいる。気になって尋ねると、そうとうに歯切れが悪かった。


「お前に言ってもぜったいに解決しないのは分かりきっているんだが……」


「吐け吐け、それで楽になっちゃえよ」


 どばどばとそばにあったワインを注いで置いてやる。マグにいれたせいで黒々とした液体だが、味は変わらんしアルコール度数も変わらないから問題はないはずだ。

 グイッとディオディオが呷るも、全然酔ってなさそう。それでも何に悩んでいるかは分かった。杖の素材がどうしても反発するのだとか。覇王界、幻想界、時界の木材がどんな接着剤を使おうとも、さまざまな魔法陣を組み合わせても一つの杖にならないらしい。


「別の木材を使えばいいんじゃないか?」


「客のオーダーでな。遣いの者が足に縋りついてうるさいから渋々受けたんだが。こんなに相性の悪い材を持ってくるとは思わなかった。大方貴族のわがままだろう」


 ディオディオの目の前に並べてある木材の樹種はよくわからないが、大方膨張率がかなり違うのだろう。これでは接着剤が剥がれるし、接着剤を強固にしたら逆に木材自体が痛んでしまう。

 杖のデザイン(おそらくこれも先方の指定)の繊細さから見ても、仕口を作ってパズルのように組み合わせることすら厳しそうだ。

 しかし、一つだけどうにかできそうなスキルが私にはある。


「ほほう。まったく力になれそうもないな! まあでも一つ、試してみよう、『混沌』!」


 木目の鮮やかな青みがかった木材と、白い木材と、節の多い赤みの強い木材を指さし、高らかに『混沌』を促す。

 ……ワインボトルと私の作りかけの杖がああああああああ!!! そこでくっついちゃう??? 作り直しじゃん……!

 ディオディオの視線も氷点下なんだけどおおおおお!


「ま、まあまあ。もう一回だけ。『混沌』!」


 成功してくれよ……!

 よかった、今度はなんか上手くいった。薄紫色で木目が派手になったけど、問題はないはず。


「嘘だろ……? 俺があんだけ苦労しても解決しなかったのに……、世界は理不尽だ……。お前弟子クビな」


「そんな! 横暴だ! 師匠、捨てないでくださいいいいい」


 鑑定したのか、愕然としたディオディオが破門をしようとしてくる。足元に縋りついて大げさに騒ぐと舌打ちされた。

 弟子の心をもてあそぶなんてひどいぞ。


「チッ」


「やっぱりわざとだったか。ふふん、私はまだまだディオディオにおんぶにだっこするつもりだからな。覚悟しろよ。手始めに杖と弓の仕上げをだな」


 せっせと新しい杖を作りなおし、聖別のための薬液を混ぜた漆を塗っていく。真っ黒な液体にも魔力を混ぜないように慎重に。

 別に作った先端は、大きめの輪に小さめの輪が嵌るように削り出す。本当は全部金で作りたかったのだが、重くなるのと材料が足りないのと技術がないの三拍子がそろったので、メッキで我慢した。

 輪同士がぶつかると、かろん、と軽い素朴な音とともに、空気中の魔力に波紋が広がっていくのが楽しい。魔力を通さずにこの状態なのだから、誰かが使ったらもっと派手に違いない。ぜひ見たいところだ。


 スキル付与の指示が出たので、使い勝手の良さそうな【状態異常付与】【状態異常回復】あたりをつけてみた。

 最後の仕上げとして、パワーアップした祝詞(のりと)を唱える。


「『木よ。まにまに時の流れを意のままに。生きるも死ぬも思うまま』」


「『荘厳にして長寿なる幻想の世界樹。乙女の祈りに従いて、生者に黄金(こがね)の酒を、死者に(しろがね)の歌を与えん』」


 なぜかディオディオまで祝詞を唱えていた。錫杖は二回、淡く点滅して収束した。

 祝詞一回につき一回光るだけだと思うのだが。あからさまにヤバそう。


「ディオディオは何をしたんだ?」


「【延命】【全快】【復活】【鎮魂】【常時回復】【能力向上】をつけておいた。久々にこんなにスキル付与をした」


 満足げなディオディオにおそるおそる聞いてみると、恐ろしい答えが返ってきた。あれ、なんか本当に上機嫌じゃないですか? もしかして酔ってる???


「普段はそんなにしないのか?」


「買える客も扱える客もいないからな。ここまでスキルを付与できるのも世界樹くらいだし」


「なるほど。じゃあ、この弓にもガンガン効果盛ろうぜ!」


 先日作った複合弓も、仕上げた後に二人でスキルを付与していく。めっちゃ楽しい。


「この際だ、まな板にもスキル付与をだな……」



ステータスの【木工】及び【細工】が上昇していますが、96話で反映させます。ご了承くださいm(_ _)m


魂繰(たまく)る錫杖

ディオディオのせいでヤバいことになってしまった杖。

死者蘇生とかが簡単にできる。


輪廻の複合弓

ディオディオのせいでヤバいことになってしまった弓。

確率で敵を即死させられる。連射が楽しいが、MP消費もなかなかの量。


世界樹のまな板

身につけている(?)と即死攻撃を無効にできる。

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