93 修行は地味だと相場は決まっている
メムの寺っぽいところで祈れば、ギーメルの洞窟に転移することができた。
鬱蒼とした緑の匂いがなんとも懐かしい。ものすごく久しぶりにギーメルに戻ってきた気がする。いつのまにか頭の上に我が物顔のパッセルもおり、勢いよくディオディオの店の扉を開ける。
「ディオディオ~、世界樹とってきたぞー!」
「じゃんじゃんお帰り~」
「おひさ~。お土産は~?」
「首尾は上々? もうかりまっか?」
「ぼちぼちでんな。……って私は別に商売してねえよ」
勢いよく店に突入したものの、出迎えは暇そうにしていたフェアリーズだけだった。メムで仕入れた、ナッツを甘く煮たものを詰めた焼き菓子と、桃の形の蒸し饅頭を取り出す。私に抜かりはない。
「月餅と桃まんでいいか? メムの土産だ。で、ディオディオは相変わらずダメエルフか?」
「そうだねー、半月くらいお風呂入ってないかも?」
「ここのところ携行食しか食べてないねー」
「まだ寝てるー。依頼の品が行き詰まってるみたい?」
餌付けついでに店主の様子を聞けば、もぐもぐと小さい頬を膨らませこちらに一瞥たりとも寄こすことなく答える。あ、パッセルも食う? いらない? あ、そう。
「エルフって醗酵するといい匂いでもするのか?」
美人っていい匂いがすると思う。美人だからその体臭を良いものとしているのかもしれないが。大抵他のエルフは、すれ違うと植物系の香りがする気がする。ディオディオはどうだっけ?
「しないよー」
「臭いよー」
「ディオディオ鼻悪いのかも?」
「洗浄使ってやれよ」
「その手があった!」
フェアリーズ的には、たぶん今までどうでも良かったのだろうな。優先順位が低かったというか。満腹になった一匹が、さっそくディオディオを洗浄しにいった。
「うひょうあ」などと変な悲鳴が聞こえたので、起こしがてらイタズラしたのだろう。
それからすぐにディオディオはフェアリーをひっつかんで、私とフェアリーズがお茶会をしている場に現れた。超不機嫌である。……いつものことか。
「で、世界樹は取ってこれたのか?」
「おう、ばっちりだ」
クエストの進捗を尋ねられたので、ででーんと輝き宿した枝を全部引っ張り出す。とりあえず一番デカい奴。……回収した時には気づかなかったが、私の身長よりデカいのも多いな。
「イチョウか。まな板に向いた材だな。実の方と葉は薬師にでも持っていけ」
「世界樹のまな板とかどんな高級品だよ」
でも鍋さんが喜ぶかもしれないから一つくらい作るか。そういえばぎんなん渡すの忘れてた。今度でいいや、サカイ君に会うのが先かもしれんが。
「というか、世界樹にも種類あるのか?」
「あるぞ。サクラやクルミは扱ったことがある」
「で、杖とかにはできるのか?」
「できるぞ。……世界樹は、いっさい魔力を触れさせないで加工する必要がある。最初に魔力を通した者の魔力に順応するから、使用者のための一点ものになる」
え。一本思いっきり使っちゃったんだが。まあ私用に一本あつらえればいいだろう。うん。……ど、どれだっけ。
「あ、ディオディオ。弓と竹細工も作りたいんだが」
いけない、いけない、他にも作りたいものがあったんだった。
「竹はちゃんと乾燥させろよ。そうでないとすぐ腐るぞ。弓はそれ用の木材を持ってこい」
「んなもんねーよ。世界樹使ってもいいか? エルフ用の弓の作り方教えてくんね?」
「それが弟子の態度か」
「え、私弟子って認められていたっけ? 師匠、教えてください」
なんだかんだ弟子と認められていたらしい。ちょっとにんまりしてしまったら殴られた。理不尽だ。対して痛くはなかったから水に流してやろう。
弓って木材削ればいいんかな。いや、流石にそんな単純じゃないはず。
「……鹿革とスライムを煮込んだのと、骨と腱と、魔法陣用の金属が必要だ」
「それなら全部インベントリにあるぞ!」
「馬鹿が! 誰が輝夜金を出せと言った! それは魔法触媒だアホ! 習作するなら店の倉庫のを使えよ!?」
「え、これそんないい金属なんだ?」
「これでも読んどけ、無知な弟子よ」
ディオディオに言われた材料を並べたところ、怒鳴られてしまった。むーん、私にはただの金に見える。まあ、あとで使うのだろう。
ごん、と鈍い音をたて凶器のごとき分厚さの魔法薬事典が頭に置かれる。馬鹿になりそうだ、切実にやめてほしい。
「ともかく、最近の弓は砂漠の方から仕入れてきた複合弓が主流か」
「最近ていつごろ?」
「ここ千年くらいか?」
それはだいぶ昔だと思う。
「弓の大きさは小さめのままに、弓に働く引張・圧縮を考慮して補強してやったものだ。これが見本な。これに魔法陣を刻印して材料を工夫して防水性も上げ、さらに性能を上げたのがギーメル式だ」
「矢も特別なものを使うのか? いや、刻印的に矢は魔法で生み出すタイプ?」
手渡された弓を矯めつ眇めつ。
マルッとしたカーブの多いその弓は表面を弾力のある動物の腱で覆われていた。
ディオディオに許可をもらって解体してみると、芯材の薄い木材に、骨が部位ごとに内側か外側に貼りつけられていた。芯材にはびっしりと魔法陣が刻まれており、命中率アップや威力増大、消音効果、風の矢を連続で生み出す機能がついている。
これ暗殺用の銃みたいなもんか? 性能やべーな。
それにしても、芯にしている樹種そうとう魔法に適しているやつで作ってるな? キャパがギリギリすぎてすぐに壊れそうだ。解体していいって言われたのは、失敗作だったからかもしれん。
「そうだ。弦は虫型の魔物の吐いた奴を使っているが、魔法で生み出すことも可能だな。使用者の魔力消費が激しいから不人気だが」
「第一、そこまでの加工は私には出来そうにないな」
「そうだな。ま、材料はあるからやってみろ」
「ういっす」
適当に漁ってきた木材をしなるように薄く長く削り出し、適当な魔法陣を刻む。次に膠は水溶性ではないものを配合した。鹿の皮にグリーンスライムの粉末と魚型の魔物の心臓の干物、精霊石をすりつぶしたものなどを混ぜて煮込めば出来上がりだ。めっちゃ臭い。臭いついでに銀杏も入れてみた。
「うおっ!?」
なんかめっちゃボコボコいってるし色が黒から腐ったような緑に変わった。まあ粘っとしているし大丈夫だろう。
べたっと塗るとすぐ乾いてしまうが、接着剤としては問題ない、ハズ。綺麗に削りだした何かの骨を合わせ、慎重に縛り上げる。
「『熱』」
魔法で熱を生み出し、一度乾いた接着剤を熱で強制的に溶かす。楔を入れていき、弓の完成時の反りと反対の方向に反らして固定する。急がないとまたくっついてしまう。ディオディオに手伝ってもらったけど、これ一人でできる気がしないのだが。
これたぶん自然乾燥の方がいい奴だな。
「ディオディオ~、世界樹の加工も手伝ってくれ」
「仕方ないな……。失敗されたら木材がかわいそうだ」
「助かる」
私は白くきめ細かい木材をいい感じに削り出し、ディオディオが調合してくれた薬剤で魔法陣を書きこんでいく。耐環境性能、魔法性能、耐魔法性能、幸運値上昇、そのほかよさげなのをいくつか。なんとなく木の抵抗が強くなってきたあたりで刻印をやめる。暴発したら目も当てられん。
先程と同様に接着剤をいい感じになすりつけて弓にする。ディオディオに監修してもらったからちゃんとしたものが出来上がるはずだ。
あとはまな板と竹細工をつくって今日はログアウトしよう。杖と弓の仕上げは次のログインでいいだろう。
ネットで弓の作り方はいろいろ調べたんですが、全然見つからなくてですね。
日本の梓弓の作り方(和風総本家で見たののうろ覚え)と下記サイトのトルコ弓を参考に作成方法を捏造しました。
https://fknews-2ch.net/archives/45525269.html