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 目を開けると、壊れた白い石造りの壁に蔦が這っていた。本棚だったようなものには古びた空気が淀んでいる。混沌界の図書館はどうやら廃墟のダンジョンらしい。

 出てくる魔物は、幻想界であった魚と茸。色は違った。さては手抜きだな……?


 順調にダンジョンを抜け出せば、崖の上だったらしく、目の前には絶景が広がった。

 青空に丸い街が(はま)っている。青い風に吹かれて白い細い雲が街のふちを舐め、家々の黒い屋根が波打つ。どうやら瓦のよう。

 中華っぽい。アジア料理に期待。


 とりあえず降りるか。


 じゃーんぷ!


 ふふん、世界樹の枝があれば空を落ちる速度だって自由自在!

 緩やかなバンジーは初めてな気がする。いつもは叫びながら落下していった記憶。


 ん? なんかかっこいいゴツイゴーレムがいる。白銀色のゴリラ型鎧に苔をはやしたような感じの。

 そして見覚えのあるうさ耳美人と長槍をもったガタイの良い男。戦っているようだが、佐倉さんは鍋さんをフォローしつつだからか、なかなか有効打を決められないのか? ただ単純に槍との相性が悪いのかもしれないな。


「鍋さーん! 佐倉さーん! おひさー!」


「ええ、ジャン君!? なんでこんなところに!」


「ジャン殿、魔法使いでしたか? 丁度いい。物理攻撃はほぼ通らないのですよ」


 パーティー申請が飛んできたので、了承する。今なら魔法は無双できる自信がある。


「倒せばいいんだよな? 『水』『凍てつけ』!」


 横目で二人が頷くのを確認し、水を間接から忍ばせ、凍らせる。ばき、とゴーレムの外殻が歪んだ。動作は多少鈍くなったものの、致命傷ではないらしい。


「ジャン殿! 雷が弱点属性です。動きを止めてもらえれば自分がトドメを刺しますので」


「了解! 『雷』」


 佐倉さんのアドバイスに従い、魔力を操る。ぴり、と空気が割ける音とともにジグザグの光が走った。パッセルが居ればもうちょい破壊力があったんだろうが。

 ゴーレムの関節からショートしたように電気が弾ける。動きが、ゴ、ゴ、ゴ、と散漫でぎこちない。


「ハアア! 【雷神槍(ブリューナク)】!!」


 その隙を逃さず佐倉さんの槍が首に吸い込まれ、頭部がころころと転がっていく。


《ハグレガーディアンを倒しました》

《メム・転移許可証を得ました》


 途中参加でももらえるのか、ラッキー。


「いやー、ジャン君ありがとう。私は食用可能なモンスターにはダメージ増加できるんだけど、逆は無理でね。助かったよ」


「自分も、雇われていたとはいえちょっと過信しました。助太刀感謝します」


「私も途中参加で獲物を奪ったみたいですまんな。で、これどうする?」


 指さしたのはゴーレムの死骸。全員【解体】もちらしい。

 正直、食えないし使えないものに興味はないのだが。


「自分、槍の素材として知り合いに持ち込みたいのですが」


「かまわんぞ」


「私も問題ないよ」


 死骸を換金した場合の金額の三分の一の額――意外と大金だった――を受け取り、解散。とはならなかった。

 メムへ向かう道すがら、鍋さんは(たけのこ)掘りに、私は竹刈(たけか)りに。ポップするパンダ型と虎型の魔物が可愛いのだが、それは佐倉さんが容赦なく屠っていく。


「あ、ジャン君、竹製の調理器具お願いしていいかい?」


「いいぞ~。ん?」


 竹は切ったあと、雨水が溜まらないように縦に割っておくのがマナーだ。蚊が湧くからな。

 精を出していると異変に気付く。

 なんか竹の根元が光っているな……?


「どうかしたのかい? ……光ってるね」


「切るか」


 スパン。出てきたのは黄金だった。なんだ、赤ん坊じゃないのか。

 いや、赤ん坊とか出てきても正直始末に困るからいいのか。


「ジャン君切るの早いよ。……ん、掲示板で調べたけど、このあたりは竹取クエストエリアらしい」


「竹取クエスト……、安直すぎでは」


 節の下を切り取って、一応回収する。んー、重い。


「ゲームだしねえ。……金じゃなくて貝殻とかツバメの巣とかガラス玉とか、かぐや姫に関係のある伝説の品を模したステータスアップアイテムが入っていて、七つ集めると依頼主から復活アイテムか魅了耐性アイテムをもらえるらしい。金に関しては何も書いてないけど、ハズレなのかな?」


 まあ、延べ棒一本になるかならないかってくらいの量だ。金は鉱山で掘れることもあるし、通常品の方が当たりなんだろうな。


「まあ、ジャン殿が持っていってよいのでは? 金は武器にしづらいですしな」


「そうか? んじゃありがたく」




 そんなハプニングも無難にこなしつつ、見えてきましたメムの街。もうもうと湯気にまぎれて、醗酵中のような独特の甘い香りが街の外にまで漂ってくる。温泉もあるんだろうか。

 この後の予定を尋ねると、佐倉さんはログアウト、鍋さんは筍料理に励むそうな。あく抜き大変そう。


「あ、そうだ。鍋さん、スライムいる?」


「おー! ゼラチンはいつでも歓迎だよ!」


「いや、今回はゼラチンじゃないんだが」


 出でよ、こんにゃく! ででん。

 木製ボウルにてんこ盛りの黒々としたスライム。


「なにこれ!? こんにゃく!? 幻想界……、称号はあるからギリギリ扱えるか」


「鍋殿、自分はこれで失礼しますよ。ジャン殿、後は任せました」


 ブツブツとトランスする鍋さんを放置して、佐倉さんが去っていく。めっちゃ対応に慣れてる。呆れた目すら向けなかったぞ、アレ。

 まあ、私も見習うか。


「じゃあ鍋さん、まだあるからそれはここに置いておくな」


 生返事の鍋さんを通りの端に誘導し、ついでに追加のこんにゃくも傍に放置し、私はメムの街探索に繰り出す。屋台の蒸籠(せいろ)が気になっていたんだ。チャーシューまんあるかな。

 こんにゃく代は今度もらえばいいや、今は懐が温かいしな。




竹刈、という言葉はおそらく正式なものではないんですが、語感が良いのでそのまま使用します。


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