76 製作依頼
短いです
私の懐にはいくばくかの金銭と大量の食品が入った。もう笑いが止まらない。大豆をもっと仕入れてくるようにオーダーされたが、そこらへんはどうとでもなる。
「ご機嫌というより、不審者ですよ、ジャンさん」
「おっす、サカイ君! 醤油や味噌ができてな!!」
チェスの街の南広場の噴水前。久しぶりの生のサカイ君だが、テンション低めの苦笑加減、鍋さんから聞いていたのかもしれない。サカイ君筆まめだし。
「あまり大きな声で言わない方がいいと思いますよ。誰も彼もが大豆と米を探してますから」
「米?」
こちらのダンジョンで採取したものだと思っていたのだが。違うのか。
「ええ、モグラダンジョン……、前にダレスに行く途中でジャンさんが見つけたダンジョンがあったでしょう? そこから行ける時界の雲に自生しているそうで。精霊獣が飛べるタイプじゃないと採取できない上に、時界に行った人かつ関連スキルもちしか調理ができませんから、普及には時間がかかりますね~。当然のごとく料理は高騰していますし」
時界、ねえ。他にも精霊界のような異界があるらしい。むう、まだ見ぬ木材……。でも一々ダンジョンクリアするの面倒だな。
「……なあ、私、米研げたけども」
鍋さんのお手伝いで数えるのも嫌なくらい研いだけど。なんで扱えたんだろう?【手抜き】さん、君の仕業?
「マジですか?」
「マジですよ?」
あらま、サカイ君が考えこんじゃった。男が頭を抱えているのを見るのもつまらないので、カップに入ったコーンポタージュを取り出してずずずっと。
漉ししたにもかかわらずどろりとした舌触り。のうっこう!腹に落ち着いてもまだ温かさを感じる。塩胡椒ではっきりしたとうもろこしの甘さが舌にダイレクトアタック!!
これはもうインスタントのカップスープが飲めない。美味い……。
「……はあ。もういいです。肝心のジャンさんはコーンスープ飲んでますし。
「試作がてらだんごを作ったんだがいるか?」
「ぜひ。と言いたいところですが、万が一他の人に見られるとまずいですから」
美味しいのに、みたらし団子と磯辺焼き。まあいいか。かわりに煎餅をだした。きちんと忖度してスライム製の塩味。私ってば大人だ。
しっかし、緑茶欲しいいいいいい!手元にあるの紅茶ああああ!
緑茶と紅茶の木は、樹種自体は同じだったような。鍋さんに聞いてみよう。
サカイ君はぐいっと紅茶で煎餅をもったいなくも押し込み、一言。
「ジャンさん、冥界産の木材要ります?」
「▼※$!!」
「ちょっと、落ち着いてくださいよ」
どうどう、といなされた。私は牛じゃないぞ、まったく。しかし行儀が悪いのも理解しているので、しっかり飲みこんで残りの煎餅はあとに回すことにした。
「それでですね、商談なんですけど。この冥界産の槐と朴なんですが。どちらでもいいので鞘を作ってくれませんか?期限はイベント一週間前です」
「やる!!!」
疑問符が付くか付かないかのあたりに勢いこんで返事をする。面白そうだ。肝心の木材は凍えるような白い朴、真珠のような鈍い光沢の黒い槐。まあ、刀の鞘と言えば朴の木なので、槐は使わないかな。
だけど、使いてえええ!!!槐はわりと用途が広い素材なんだよな。楽器とか家具とか。お?【読書】さん的には杖にも向いているようだ。これは交渉しがいがある。
「両方欲しいんですか?いいですよ」
にこやかにサカイ君はうなずいて、あっさり決まってしまった。解せぬ。未知の素材を扱いたい奴なんてごろごろいるだろうに。
私に都合よくまとまったし、藪はつつかないでおこう。さっそく受け取った朴と槐を矯めつ眇めつ。くううう、この滑らかさがたまんねええ!
刀の形が分からないと大分悲惨なんだが、その辺はどうなんだろう? そもそも作り方知らないから調べないと。
「ああ、そういえば模型を預かってまして。どうぞ」
「さんきゅーな。んじゃあ適当に作っておく。この模型が収まる以外になんか注文あるか?」
「いえ、正直その素材を使ってくれれば特にないそうです。刀が冥界素材以外の鞘を拒否する、とかなんとか。でも、特殊効果がつけばそれだけ高く買い取りますので」
「了解」
「いやあ、ジャンさんが扱えて本当に良かったですよ。冥界はゾンビとかミイラばっかりで、薬師とか錬金術師くらいしか行かないんですよねえ。だから扱える木工師がなかなか見つからなくって」
なぜに薬師?と尋ねてみると、ミイラが良い薬になるらしい。……うーん、プレイヤー製のポーションとか丸薬、食べたくなくなるなあ。
師匠にアドバイスでももらうついでにギーメルに戻るか。
以前にも言った気がしますが、主人公が異界の素材を扱えるの【混沌】のせいです。
こっちの更新優先しているから、もう一つの連載作品が二週連続でお休みかもしれん……。