75 依頼
さくっとテスの街から乗合馬車でチェスの街へ。長閑な麦畑を抜ければ、可愛らしい赤い屋根の建物が連なるチェスの街に着く。街の可愛らしさに反比例するように、むっきむきのオッサン密度が高い気がする。
いや、かわいいらしいそばかすの少女もいるんだけどさ……。花屋で一番安い花を買いつつ、待ち合わせのカフェの場所を聞き出しました。
鍋さんやサカイ君と待ち合わせたチェスのカフェで、オススメだというガレットを注文した。
そば粉の茶色いクレープに半熟の卵が覗く。メニューによれば、カリカリベーコンとトマトと玉葱と茄子をサイコロ状に切って和えたものが入っている。期待感しかない。ナイフで割り裂いてとろりとはみだす黄身を絡めて、湯気吹くそれをフォークで一口。
美味い。
香ばしい生地は見た目よりもふわっとしていて、トマトの酸味とあっつあつのベーコンの油を、濃厚な黄身が仲裁する。玉葱と茄子は控えめだが、しんなりと歯応えがある。あああああああああ!生きててよかった!!
がつがつと食べて、あっという間に皿は綺麗になる。見た目よりも腹に溜まるこの満足感。
ちょっぴり温くなったそば茶をゆっくりと嚥下する。薄黄色い液体は独特の香ばしさは、鼻を駆け抜けてから、口の中の油を道連れに胃の方に落ちていった。
精霊界ではまともなものが食えなかったからなあ……、としみじみ。
「やあ、久しぶり。心配したよ、全然連絡がつかないから」
「ああ、悪いな。精霊界に行っていたんだ」
「精霊界?」
不思議そうな鍋さんに私の不思議体験を披露する。……トレントのくだりで爆笑された、解せぬ。
「ふふ、楽しそうなのは分かったよ。私は勘弁願いたいけどね。それで、面白い食材はあったかい?」
「ああ、大豆と枝豆が……」
「話に出すということは売ってくれるんだよね?」
鍋さんの目が据わった。今日は胸倉をつかまれなかった、と拍子抜けしつつ、大豆を取り出す。ふふん、大量の大豆と枝豆が入った麻袋を一つずつ出す。
「……ねえ、これ、透けて見えるんだけど」
「はあ?」
どう見ても普通の大豆と枝豆である。はて。
鍋さんは「ちょと待ってね」と言って、どうやら鑑定を始めたようだ。そば茶をちびちびとすすりつつ真剣な彼女を眺めていると、しばらくして額に手を当てて背もたれに寄りかかった。めちゃくちゃ疲れている。
「何かわかったか?」
「端的に言うとね、これ、私には扱えないんだよ。精霊界に行けるものしか加工できない、って書いてあるんだけど」
エルフかドワーフかフェアリーだったらなあ、というボヤキとともに、鍋さんの長いうさ耳が垂れるのが、なんとなく哀れだ。未練たらたらな視線が麻袋に突き刺さる。
「マジか。とりあえず、私の方で加工してみる。んー、これはテスのダンジョンで収穫できたから、自分で採ってきたらどうだ?」
「これから行く!……と言いたいところなんだけどねえ。近々、この街で闘技場イベントがあるんだ。ここからでも見える、あのコロッセオが会場だよ。第二回天下一闘技会という」
なんだそのぎりぎりアウトな感じのネーミング。
鍋さんの指の先には、屋根屋根の隙間から覗く、なんかそれっぽいなにか。
「何か売るのか?」
流石に選手として出るとは考えにくい。視線を元に戻して尋ねる。鍋さんは一応生産職がメインだし。
「ご名答。屋台を出すんだ。おにぎりのね」
「買おう。いくらだ?」
スッと金貨が……無い。ヤバい、金がない。
「まあ、ちょっと待ちたまえよ。……私は今、【料理】スキルを持ったアルバイトを探している」
「……なるほど、今日の本題はそれか」
是、の代わりににっこりと微笑まれた。美人だ。
まったくもって頷くしかない。米の魔力に逆らえない。加えて、美女の頼みに男は弱いのだ。普段お世話になっていることも含めて、否とは言えぬ。
ふふふ、米だっ!!
チェスの生産所。古今東西あらゆる場所で、構造の変わらぬ設備はさすがゲームと言わざるをえない。
「醤油が欲しいんだ」
鍋さんのたったその一言が、私の仕事を決定してしまった。大豆の加工である。だって仕方がないだろう!?ほかほかの白米と刺身があって、醤油が無いなんて耐えられない!!夢にまで見た海鮮丼が食える!!
鍋さんの監督の元、大豆を水に浸し、時間を促進する。茹でてー、冷ましてー、麹(鍋さんが既に作っていた)もまぜてー、塩混ぜてー、杉樽(私作)に塩と交互に重ねてー、時間を進めてー、時々混ぜてー。鍋さんの指示に従うだけのお手軽作業。……麹、薄い緑色なんだけど。大丈夫なんかな?いや、鍋さんから何も言われないし、大丈夫なはず。
最後にもう一度、時間を進める。時間促進の魔法陣、改めてチートである。鍋さんのプロフェッショナルな雰囲気がヤバい。【醸造家】とか【杜氏】みたいな職なのでは?、と疑いたくなる。
「よし、開けてみようか」
ぱかっと開けると、ぶわあああっと醤油の匂いが。うっうっ、夢にまで見た醤油が……!!嘘、リアルではほぼ毎日のように使ってます。まあ、眩しいんだけどね。鍋さんも涙ぐんでいるし。
「絞るよー!!」
「イエスマム!」
ハイテンションな鍋さん珍しいなー、と思いつつ、なんだかんだ私もノリノリ。
サラシに包んでぎゅう、と絞ればじょぼぼーと生醤油が。ささっと火入れして出来上がり。
鍋さんは、真っ白なさんかくおにぎりを取り出し出来立てほやほやの醤油をぬって、いつの間にかセットしていた七輪で焼き始めた。醤油になっていれば鍋さんも扱えるようだ。
焦げる醤油は正義……!舌を火傷しながら、心ゆくまで焼きおにぎりをほおばった後、鍋さんが鞄に手を突っ込んで一言。
「なんとここに、現実では規制されているウナギが」
「食べたいです」
真顔になった私を笑いながら、鍋さんは極太の鰻を割きはじめた。よーし、それなら私は味噌を仕込もう。味噌入りのおにぎりも食べたいしな。
あとがき
名前:ジャン・スミスLv.45
種族:人間 性別:男性
職業:【気分屋】
HP:171
MP:419
STR:32
VIT:29
INT:55
MID:90
AGI:139
DEX:146
LUC:99
称号
【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】【探検家】【妖樹の友】【界渡り(魔)1/1】【悪戯小僧】【変異種】【補佐官】【野菜泥棒】【逆走の探索者】
スキル
戦闘
【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性】【夜目】【逃げ足(一)】【肉体言語(初)】
魔法
【魔法陣(玄)】【生活魔法】【詠唱】
生産
【細工(一)】【採取】【料理(初)】【木工(一)】【解体】【伐採】【書画(初)】【調合】
その他
【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【木登り】【地図】【効果】【魔道具】【妖精化(玄)】【指導】【分解】
特殊
【混沌】【手抜き】【六文銭】
こっそりと料理のスキルレベルがアップ
【妖精化】スキルがあれば、精霊界の産物は扱えます。が、主人公はそれを知りませんので。
また、大豆・枝豆は標準のテスのダンジョンでは栽培されていません。
醤油の作り方
ちょっと端折っています。
みそ汁(前も書いたっけ?)
豆腐とわかめの味噌汁が好きだ。あんまり具だくさんのものより、具がふよふよ泳いでいるのが好き。
インスタントの味噌汁はちょっとしょっぱいけど、白米とよく合う。「あああああああああアミノ酸んんんんん!!」っていうダイレクトな旨みがいいよね。
すいとん
大根、人参、もち(小麦粉・塩・水)、鶏肉、椎茸、牛蒡、里芋。出汁が表面を舐めたもちは至高……!母が適当な作り方をするので、大分だまがあるが、私はだまのある謎の歯応えが好きだ。
正直、「これだけで一食にしてしまってもいいのでは?」、というレベルで好き。もちをたくさんつっこめばいいよね!!って思っている。
そばすいとんという亜種もいる。これも美味しい。
豚汁(※味噌汁ではない)
大根、人参、豚コマ、椎茸、牛蒡、里芋、豆腐、こんにゃく。「これはもはやおかず……!!」というレベルの具沢山がいい。
母には豚汁とすいとんはほぼ同じ、と呆れられるが、断じて否、否、否!!母よ、なぜこの違いがわからぬ……!?
さつま汁
芋煮とも。私の故郷ではさつま汁なので、さつま汁で通す。ほくほくあまあまのサツマイモを目一杯頬張る。白滝を入れるのはギルティ、と個人的には思っている。芋が粉を吹いて纏わりつくのが美しくない。
来週は更新でっきるっかな~(滝汗