73 にゅっ
にゅっ。
にゅるん。
そんな擬音が似合いそうな雰囲気で、私はパイプから顔を出した。目の前には瓦礫の積みあがった礼拝堂が広がっている。
水色のパイプは転移装置のようなものだった。最初の苦労はいったいなんだったんだ。
気になる。
戻るか。出てきたばかりのパイプの内側に腰かけ、手で縁を押し、黒々とした穴に飛び降りる。
「ぎゃああああああああ!」
浮遊感、再び。
転移は一方通行らしい。泉のある空間へは物理法則に従って辿りつく必要があり、泉のある空間からは簡単に脱出できる。癖になって何度か繰り返したので間違いない。慣れてくると楽しいものだな、バンジージャンプ。
まあ流石に飽きたんだけどさ。
しかし、この礼拝堂は何の神を祀っているのだろうか。大理石の神像はところどころ欠けており、元は美女だったのだろうが、なんとも痛々しかった。直したいのは山々だが、私にそんな技術はない。せいぜい掃除するくらいだ。
ハイエルフの長からもらった香炉を出し、小さい身体では両手一杯分の香を突っ込んで焚く。咳きこみながらぐんぐんと高くなる視界。
……地味にデカいな、この女神像。
濡れ布巾で新しい傷を作らないよう、柔らかく拭く。水滴も確かに染みになることがあるんだっけか。サクッと布を乾かして、こちらも撫でるように拭く。擦らないように気をつけて。
もとの白さを取り戻すころには、どこからともなくフェアリーズとパッセルが戻ってきていた。
「まったくじゃんじゃんったら勝手に迷子になるのやめてくれる~?」
「探すの大変なんだからねー」
「おう、悪いな」
元のサイズに戻ったついでなので、屋根の穴や壁の隙間に余りモノの板をあてて塞ぎ、床も掃く。これで多少はマシだろう。せっかく綺麗にしたのに、すぐに埃まみれに戻ってしまうと思うと、ちょっと悔しかったのだ。
「まあ、こんなものだろう」
大理石像の修復に関して、掻いてもいない汗をぬぐう。良い運動をした。
「じゃんじゃん~、それ時空の女神さまだよ~」
「異界のかみさま~」
「転移を司るかみさまさー!」
意外なものが繋がっているというか。フェアリーズは変なところで物知りである。
「ほーん?」
適当にごそごそとインベントリを漁り……供えるのに丁度いいものがなかった。
そう言えば最近生産活動をしていなかった。ふむ、何か作ろうか。
といっても、この場で出せるのは木工用の道具と、精霊界で採取したもの、菓子くらいである。
チラッと掃除したての女神像を見る。よし、笠を編もう。
本当は竹の皮を編むのだが、残念ながら竹は手に入れていない。木の皮を剥いでそれっぽくする!たしか杉の皮の壁みたいなのあった気がするし、イケるはずだ。
細めの、しかししなやかな枝を乾かして、蔓で各所を縛り笠の骨にする。そこに乾かした木の皮を縦に裂いて、笠の裾から縦に差しこむ。横にも木の皮を通してっと!
……てっぺんの始末どうしよう。
ひょんひょんと飛び出た余り部分。縦にも横にもひょんひょんひょん。
とりあえず、割らないように気をつけて切り落としておく。
んー、なんか糊……、あ、スライムの粉末の残りがあったはず。防水加工もしたいが、柿渋が無い。蝋がぎりぎりあるから、それを塗っとくか。相性悪くないといいなあ……。
ちょっと歪だし、雨が降ったら確実に雨漏りしそうだ。まあ、屋内だしいいだろう。良いということにする。
ということで、私より背の高い女神像にかぶせてみた。
何ということでしょう、超ミスマッチ!!……気にしちゃだめだ、こういうのは気持ちが大切なはず。ぱん、と手を合わせる。
「【混沌】!」
……何も起きない。
「およよ???」
「ありゃ、混沌界に戻ってきたっぽいね?」
フェアリーズはどうやって現在地を確認しているのだろう。不思議だ。しかし、メニューを確認してみれば、低減されていたステータスが元に戻っていた。と、同時に、運営以外からの着信が怒涛のように届く。
サカイ君、サカイ君、鍋さん、サカイ君、サカイ君、サカイ君、鍋さん……。
うわあ、めっちゃ心配されている……?いや、商売系のメールだな。なんというか……、もしかしなくても、私は友人少ない……?ちゃちゃっと返信してしまう。
「……よし、戻るか」
さっきまでいた礼拝堂との差異を私は感じ取れなかったが、きっと何かが違うのだろう。商談をするためにはこの遺跡ダンジョンを抜ける必要がある。
パッセルを頭に載せ、フェアリーズたちが通り抜けてきたドアを開けて。
閉じた。
ちょっと待とうか。落ち着くんだ。
なぜ礼拝堂を抜けたらザ☆ボスみたいなビジュアルのミノタウロスがいるのだろうか?
最近全っ然主人公が格好良くないなあ、と思いましたが、もとより間抜けキャラだった。
笠女神
混沌の影響で、粗末な編み笠は女神像と合体した。笠を女神像から剥ぐと、全プレイヤーがこの女神像をキーにした転移ができなくなるので注意。【手抜き】効果で、ちょっと壊れにくい仕上がり。
テスのダンジョン内の女神像に対して、行きたい異界の名前を告げて祈ることでその異界に転移する。今回、主人公の【混沌】はスキル名及び転移先として認識された。
バンジージャンプ
命綱をつけていても、長さを間違えていたり、むち打ちになることもあるそうなので、現実世界でやるときは十分に気をつけてくださいね。
杉皮の工芸品(※工芸品ではない)
旧イタリア大使館別荘
軽井沢にある。杉皮葺を壁や天井にもあしらった建築物。杉皮の使い方が非常に斬新。普通は外側に用いるものであり、室内には使わない(たしか)。
杉の板と皮を日光の職人の技を用いて、様々な模様を演出。同色なので、柄の派手さは存外目立たない。個人的に興味深かったのは、屋敷内部に漂う「和風」である。屋敷の外観および室内の家具は洋風なのだが、仕切りを用いず、天上の模様で空間を区切るのは、清々しいほど日本的だと感じた。
チェコ生まれの建築家、アントニン・レーモンドが設計。彼は日光の職人たちと協力してこの別荘を作った。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/141213/(リンク切れ)
https://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/tvo/25834/326546/(杉皮の記述が少なくなってて悲しい)
美の巨匠たちでたまたま前に見たので使ってみた。確か一般公開されているので、よろしければ是非行ってみてほしい。