62 合コン会場
本当にごめんなさい。先週誤って投稿したものと同一ですので、読んでしまった方には申し訳なさしかありません。
人によっては下品に感じます
あと、珍しくシリアス
「じゃんじゃーん!迎えに来たよ!」
サメク唯一の宿で目を覚ますと、フェアリーズの声が響く。どうにもくぐもったぼやけた声だ。
「やっと起きたー」
「こーこーさーむーいー」
「ディオディオ呼んでるー」
「何故に?」
腹が空いたなー、と思いつつもふもふの毛布とキルト地の布団に紛れたフェアリーズを発掘してはつまみ出す。
「知らなーい。でもお駄賃もらっちゃったからさー」
「ってことで帰ろー!!」
「「「つなげーゴマ!」」」
問答無用かよ。ぐらりと視界が歪む。
前払いシステムで良かった……。
工房前に出た。
ギーメルの街は雪こそ積もっていないものの、霜が降り、樹々の緑はやや白く凍っている。鬱蒼とした森は、よりいっそう迷いの森感が増していた。
まあ、迷ったことないが。
軋む扉を押して入ったディオディオの工房で、薪は赤々と爆ぜていた。パチ、パチと、ヒノキモドキは良く燃える。
へたれた毛布にくるまったミノムシ――ディオディオは暖炉の前で寝そべっていた。 私たちに気づいたのか、描きかけのデザイン画から目を逸らさず呟いた。
「間に合ったか。……冬だ」
「それがどうかしたか?」
全く意図がつかめず、更に情報を求める。ディオディオは面倒くさそうにちらっと目線をよこした。
すぐに絵描きに戻ったが。
「冬だ。つまり、伐採の季節だ」
「おお!」
春と夏はぐんぐんと木の細胞が増殖する。つまりなんだ、ぶよぶよと水を吸い上げるのだ。
細胞が成長しない冬に伐採すれば、乾かす手間がちょっと減る。春や夏ほど水を含んでいないのだ。
「数日後、街を挙げて森の木々を伐採する。お前は参加するか?」
「する!」
大型伐採機器とか、こちらで見たことがない。やっぱりノコギリとか斧でえっちらおっちら、絵本で見るようにやるのだろうか。楽しみだ。
集合場所は何故か、ギルド前だった。パッセルを頭に装備した私の他にも、精霊獣付きのプレイヤーが屯ろしている。
「あ、ジャンさんだ」
呼ばれて振り向けば、パッセル事件の時の少年少女たちだった。地味に縁がある。
精霊獣と仲良くなれたのか、それぞれ小動物や小鳥が肩や頭に乗っていた。八ツ橋くんだけフェアリーだ。小さい手を振ってきたので、私も手を小さく振る。
「よう、お前たちもいたのか。この集団は何なんだ?」
「えっ!?」
「ジャンさんもクエストを受けたんじゃないの?」
「トレント狩りクエスト、ってメニューのクエスト欄にない?」
「トレント狩り……?」
はて、と首を傾げつつ、言われるままにメニューを開く。受注クエストをタップすると、確かに【伐採!トレント狩り NEW! 】の文字列が。
おいディオディオ、トレントを手にかける感じのお誘いだったの?聞いてないぞ。
「このクエスト期間だけだけど、トレントの素材が丸々残るんだぜ!」
「その分燃やしたり、無駄に傷つけたりしてはいけないんですけど」
「ちゃんと納められると、優先的に武器を作って貰える、らしい」
強力な武器に思いを馳せているらしい、フードを被った魔法使いっぽい子が手をワキワキさせていた。
集合時間にやってきたエルフに引率されて、街から離れる。ディオディオめ、私を代理にした模様、いない。
十分ほど歩いたところで、先頭のスレンダー美女が手を叩いた。
「えー、聞こえてますかー?ここ一週間くらいかけて、職員が伐採する予定の木々に印をつけましたー。赤いリボンが幹に巻かれていますー。その木だけ伐ってくださいねー。それから、その木はトレントかもしれないし、普通の木かもしれません。自分の身は自分で守ってくださいねー。質問はー?」
受注クエストにあらかた説明が載っているからだろう、疑問の声は上がらなかった。
「精霊獣が監督していますからー、それ以外の木を伐ったら街から追放処分ですー。良いですねー?」
よくできたシステムだなー。違法伐採出来ない感じだ。
ノコギリをぎこぎこ、二人掛かりで引いていく。倒れる方向に、受け口といって大きめに削る。反対側も切れ目をいれて、周りに人が居ないか確認して倒す。
昔ながらの伐採を想像していたのだが。
「なんだろう、何か違う……」
森は殺伐としていた。
混沌、というべきか。逃げ惑うトレントに、風の魔法やふりかぶられた斧が襲いかかる。
バキバキとなぎ倒されるトレントはいっそ哀れである。
私は動かない普通の木をぎこぎこしている。なんか、アクティブに動いてるやつ倒すの可哀想……。
何より、攻撃力が足りない。
それにしても、私だけが非常に浮いている。一番普通なはずなのだ。
伝統的な伐採してるもん……。住人のエルフにしてはマッチョな兄ちゃんとのんびり伐るのもいいぞ……。でもチェーンソー欲しい……。
「右よーし、左よーし、前よーし!倒せー」
「倒しまーす」
でん、と受け口の裏を蹴りとばせば、ミシミシと音を立てて倒れていく。時折周りの木に引っかかるのはご愛嬌。ちょっとぶつかるのは仕方がない。
ストレージに回収して、次のターゲットを倒そうとした時、悲鳴や怒号が上がった。
「エリアボスか!?オラァ!!」
「効いてない!」
「イベントボスじゃないの!?ッイヤぁ!」
怒りに萌えていそうな荒ぶる巨大トレントが居た。胴にはなぜか青いラインがある。掠れていたが、色が目立つ。
一緒にいたエルフの兄ちゃんに尋ねてみた。
「アレは数百年前まで使っていた染料だ。まだ生き残りが居たのか!」
「つまり、ミレニアム級トレント……」
「それよりお前も撤収の準備をしろ!戦闘要員じゃないなら尚更だ。ああ、でも星渡りの旅人なら関係ないか……」
「些か冷たい対応だが……まあたしかにそうだな。私は見物したいから、兄ちゃんは帰るといい」
手を振るとため息をつかれた。解せぬ。
しかし彼は手早く他のNPCや撤退希望プレイヤーと合流し、離脱していった。
残ったプレイヤーたちは皆脳筋らしい。ひゃっはーとばかりに物理攻撃を繰り出しているが、あまり効果は無さそうだ。
しなる幹ともつかぬ太い枝に吹き飛ばされ、時折茶色い丸いものが乱れ飛び、着弾と同時に小爆発。
トレントが時折ジタバタすると、黄色いモヤが漂い、催涙系……いや命中率低下のデバフがかかるようだ。攻撃のタイミングがよくズレている。
こちらへ流れてきた葉や枝の破片を見る限り、檜だと思う。よく燃えると思うのだが、素材採取を考慮してか、プレイヤーたちは風魔法しか使っていない。
即席レイドなだけあって、みるみるその数を減らしていく。
粘っていたハルバートを担いだ戦士も、遂に力尽きた。
ひらひらと剥けそうな皮が重層化しているのはヒノキらしいが、ごつごつと歪な形状は、その生き様を感じさせる。無数のボコボコは、おそらく傷害を庇うために肥大成長したのだろう。
針葉樹らしい、クリスマスツリーのようなシルエットは、今はちょっと無惨だ。
何度、樵に追いかけられたことだろう。
何度、冒険者に狙われたことだろう。
何度、鹿やら熊やらの害獣に削られたことだろう。
その度に傷を負い、強く逞しく、しなやかにしたたかに生きてきたのだ。
今回の傷もなかなか大きく、そこかしこの枝は折れ、穿たれた幹も痛々しい。
ポーションでも掛けようか、とこそこそしていると、わさわさ、と枝葉が擦れる音が、耳鳴りのように段々大きくなってきた。
何事かと思えば、周りにはトレントたちが集まってきていた。
陰鬱な雰囲気である。
やがて集まってきたトレント――よく見たらみんなヒノキ――はぐるぐるとミレニアムなトレントの周りを回りだした。おどろおどろしいマイムマイム。
しばらくすると、ミレニアムさんがふるりと体を揺らした。
ブワッと広がる花粉。
周りのトレントも花粉を撒き散らす。
花粉症じゃなくて良かった……。
一応マスク代わりに布で口と鼻を押さえ、ザイーンで買ったゴーグルをかけておく。
ヒノキは雌雄同株だったはずだ。これは完全に合コン状態では……?
黄色のもやが晴れると、周りのトレントが中央に向けて膝をついた。あくまでも雰囲気な。
私もミレニアムトレントに目を向ける。
トレントはなんとも満足げな雰囲気を醸し出して、ふっと、気配が薄く、無くなってしまった。
さらさらとした葉のざわめきが、森の泣き声だ。
つん、と鼻の奥がしょっぱくなる。
視界が滲むのも、全部花粉のせいだ。
《突発イベント【千年檜妖樹の落胤】をクリアしました》
勢いよく鼻をすすって、私は遺体をストレージに収めた。ぽろぽろと零れ落ちていた種も、布に包んで仕舞いこんだ。
備考
檜
桧と書くことも多いみたい?語源は火の木だと昔聞いた。
油分が多く、よく燃える。劣化しにくいため、昔ながらの寺社は檜で造ることが多い。法隆寺とか。よく燃える。
杉よりちょっと堅い。針葉樹。日本人の花粉症原因の大手樹種(前にも言ったかも)。
国内だと日本の檜より、最近は台湾檜の方が人気。韓国だと日本檜が今ブーム。と少し前に聞いたような気がする。
違法伐採木材
犯罪の温床。滅ぶべし。テロ組織とかが資金確保のために、伐採して売り捌いていることがあります。絶滅危惧種伐っちゃったりする。高かったり人気だったりで。
あとは人権問題とかと絡む。ブラックな労働環境で伐採された木材とかも、違法伐採に入るよ!(確かそうだった気がする)
森林認証(FSCとか)材を使いましょう。生産国の法律(自然保護系のとか労基系のやつとか)に則って生産されたことを保証しています。
伐採時の掛け声
適当に考えた。本当の掛け声は知らない。
チェーンソー
文明の利器
雌雄同株
両性。自家受粉するよ。効率やや悪いけど。
【千年檜妖樹の落胤】
クリア条件:トレントの逢瀬を邪魔しない
レイド参加した面々には参加賞(老妖樹の白枝と花粉の瓶詰め)が配られております
千年檜妖樹
サイプレストレントと迷った。腹上死に近い最期である。現実の樹はこんな枯死しないと思う。