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53 桐箱を忘れる



 さあ卸すぞ!と意気込んで商業ギルドの小会議室を借りた。

 まあ借りたのはサカイくんだ。私は指定された場所にノコノコやってきただけです。


「……例のものは」


「此方に」


 すっと高価そうなリコーダーを出す。

 しまった、桐箱と絹を用意するべきだった。悪代官ごっこにならぬ。


 のほほんとしていると、サカイくんが渋面で鑑定している。まだ【鑑定】が辛いのか?


「大変だなー」


「棒読みですよ」


「大変よのう」


「語尾しか変わっていませんが」


 毎度のように鑑定書を印刷するようだ。サカイくんの頭痛を増やすべく、私は売りたいものを並べる。

 今回は昨日のリュートと杖である。


「ジャンさんの作品にしてはマトモですね。デザインが王道でホッとしま……!?」


 固まっちゃった。

 しかし一言言わせてもらうなら、私はいつだって真面目に作っている。


「どうした?」


「イエ、なんでも。やっぱりそれなりにブッ壊れ性能ですね」


「手間をかけてすまんな」


「いえいえ、問題ないですよ」


 にこやかに桐箱っぽいなにかに絹っぽい赤い布を敷いてリコーダーとリュートをラッピングした。ヤバい、私の手作り楽器がマジで高そう。

 元手ほぼ無いのにな。


 毎回お馴染みの値切り合戦。私が安く売ろうとし、サカイくんが高く買おうとするなんかアレな過程を経て、代金を貰う。

 懐は非常にホカホカである。


「そういえばイベント通知は見ました?」


「いや?」


「ですよねー」


 鍋さんから買い取ったというポテトチップスをお茶請けに、イベントの詳細を教わる。やっぱりポテチはうすしおが一番だな。


「ずばりチョコレート集めです」


「チョコレート?」


 このゲームの性質からして、加工済みのチョコレートや製菓用のチョコレートがドロップするというのは考えづらいが。


「ヘエの街に襲いくるカカオの軍勢を倒し住民の安全を確保せよ、だそうですよ」


 現在カカオの実を落とすモンスターは魔法を使うレア種クリオロ、物理特化の多数派ファラステロ、バランス型のトリニタリオの三種。

 固くて面倒なモンスターらしいが、チョコレートには欠かせないので常時依頼があるのだとか。

 これに加えてボスが数種類出るのではないか、というのが大多数の意見らしい。


「レイドか?」


「まあそうですね。とりあえずヘエの街は隔離されるみたいです」


 ふむふむ?カカオ豆ゲットして鍋さんにフェアリーズ餌付け用のお菓子をたくさん作ってもらおうかな。

 板チョコばりばりするのも美味しい。


「参加するかもしれん」


 80%カカオみたいな苦いチョコレートも好きだ。96%は苦すぎるが、まあ好き好きだな。現実(リアル)の友人はボリボリ貪っているし。


「貢献度によりチョコレートが貰えるそうです。現実(リアル)のお高いチョコレート菓子がポイントによって選び放題らしいです。他にもゲーム用のアイテムもあるんでしょうけど」


「生産職には辛いな」


「そこら辺は運営次第ですね。他のゲームだと作った武器や料理の数とかも貢献とみなすんですけど」


 だがこのゲームの運営は考えが読めないと。うむ。


「パーティー参加もソロ参加も出来ますけど、どうされます?僕とクーゼと鍋さんはまた組もうかって話をしているんですけど」


「仲間に入れてくれ」


 一人は苦ではない。が、他のメンツがキャッキャウフフしていると思うと寂しいので混ぜてほしくなる。


 まあなんにせよ楽しみだ!待ってろホットチョコレート!!




 イベントに先立ち、お面を打つ。

 やはり面と言ったら能面だろう。異論は認めない。


 サカイくんから買い取ったヒノキモドキを取り出し、柾目面を上にして大雑把に顔を描く。

 まあ無難に小面でいいだろう。一番簡単そう。


 針葉樹にしては堅い檜は、削るとすごく良い匂いがする。ツンとした、森林浴っぽい香りとでもいうべきか。

 手入れが大変だが、檜風呂が欲しくなる。


 荒く削った後、細部が欠けないように丁寧に彫りこむ。残酷にも口の両端と目にキリを刺し、鼻と紐通しの穴も開ける。

 表の仕上げによくやする。ツルッツルさらっさらである。

 裏面は厚さ5ミリくらい残して削る。うっかり削りすぎて突き抜けないよう、メチャクチャ気を張る。キリ穴だけが頼りなのだ。素人能面師にはなんとも頼りない。

 こちらの面は装着している人の汗が横に流れるように、ノミで削った痕は残しておく。昔そう聞いた気がする!


 有名な面は、般若と翁、童子だろうか?まあいいや、とりあえず四つ用意すれば。


 檜のヤニを除くべく、エタノールを出そうとして気づく。エタノール持ってない!

 仕方がないので安酒を蒸留する。


 調薬用の機材を呼び出し、多分エタノールが抽出できたと思う。だがここから三日ぐらい漬けっぱなしにせねばならない。


 そのあと茹でて、陰干しして、漆塗って、胡粉塗って、それから色つけて出来上がりなのだが。

 漆もない!胡粉もない!売っているのも見たことない!


 ……漆の木はどこに生えているかね?ウルシモドキで探してみよう、経験上あると思う。




鑑定結果

アイテム名:妖精の縦笛

効果:魔力制御中、魔法制御小、魔力相克軽減小、魔法相克軽減小、補助魔法適性、魔導演奏、魔力消費-13%、魔法実現可能性+2%

製作者:ジャン・スミス

備考:魔導演奏効果は奏者による。


アイテム名:妖精のリュート

効果:魔力制御中、魔法制御小、魔力変換効率中、魔力相克軽減小、魔法相克軽減小、妨害魔法適性、魔導演奏、魔力消費-18%

製作者:ジャン・スミス

備考:奏者により魔導演奏効果は敵味方自他問わず発揮される。


アイテム名:妖精の祝福付き流星の杖

効果:魔力制御中、魔法制御中、魔力変換効率中、魔力相克軽減小、魔法相克軽減小、光属性適性、闇属性適性、魔力消費-16%、魔法実現可能性+5%

製作者:ジャン・スミス

備考:妖精の祝福の影響により、使い手を選ぶ。またその日の運勢により魔法が発動したりしなかったり、威力が数倍になったり激減したりする。煽てると割とノリノリになる、呪いの杖。


檜の香り成分はフィトンチッドと言って、赤ん坊を使った実験でもリラックス効果が確認されています。森の匂いなどと呼ばれている。檜だけでなくありふれた木にも多少はあることもある。

また檜のなんか小さい葉っぱの形をした木片が入浴剤代わりに使えます。たしかそんな商品があったはず。


能面の打ち方 参考サイト

http://seiun.sakura.ne.jp/carving/

http://sakurai.o.oo7.jp/men-yaninuki.htm

すみません、多少簡略化しました。

とりあえず材料は事前に用意すべきです。

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