51 挽肉とメープル
ザイーンの街の生産所にて鍋さんと作業中。
鍋さんに売るものが意外とあるのだ。
ギーメルで溜め込んだ餅と雛豆、獣肉と蛍光色の魚の切り身。
ザイーンの森の諸々の肉。
それと、鍋さんが仕留めていたあざと可愛いモンスターの解体を手伝う。女の人って意外と容赦ないよな。
鍋さんが鑑定したところ、この街の肉は全てミンチにするのが一番らしい。
あの可愛いリスやテンも全てぐちゃぐちゃのメタメタにして頂くのだ。
……美味は正義だ、うん。つぶらな瞳を思い出してはいけない、うん。
「合挽きのレパートリーが増えるね!」
楽しそうで何よりです……。
鍋さんが味つけミンチを前に取り出したのは、ソーセージの皮でダレス−ザイーン間に出没するらしい羊の腸。
腸に肉を詰める機械にセットしてバーをタイミングよく下ろすと、皮が捻られてレンコンのように繋がったソーセージができる。機械はサカイくんの知り合いの鍛治職人に作ってもらったそう。スゲェ。
楽しそうだったので私もやらせてもらった。
……結果、散々たる有様。豆の鞘やらみかんの詰まった赤いネットのようにグネグネとしており、直径が定まらない。
鍋さんの娘さんたちのスリムボディは夢のまた夢、目の前の腸詰めは弛んだ中年のようにダルダル。ぼんきゅっぼん???
いや、やはり肉は寸胴が良いな。
あんなに簡単そうだったのに!差別だ!
鍋さん謹製の燻製ソーセージとハンバーグは非常に美味しかったです。
やはりパリリと皮を突き破り、ドバッと躍り出るアツアツの肉と脂が最高だよな。
……見た目が良いと更に美味しい気がするので、もう二度と本職の方の仕事には手を出さない、と今決めた。
そして今、作業室はどこか渋みのある強烈に甘い匂いが充満している。
メープルシロップにする為、二人掛かりで樹液を煮詰めているのだ。
サラサラがトロトロに、無色透明から淡く色づくまで、鍋を火にかけながらぐるぐるとヘラで搔きまわす。
鍋さん曰く、メープルシロップは採取する時期によって色や名称が変わるそうだ。今回は採取が早かった(早すぎた)ため、ゴールデンと呼ばれる繊細な風味をもつシロップに化けた。パンや菓子に向いているとのこと。
「それにしてもこの時期にメープルシロップにお目にかかれるとは思わなかったよ。そもそもこの街の特産品になっていないから、サトウカエデがあるとは思わなかったけどね」
鍋さんは鼻唄を奏でながら高速で煮詰めていく。職業効果か、スキル効果かわからないが、私よりずっと早く仕上げてメープルシロップの加工品を作り始めていた。
「しかもトレント由来だろう?高いんじゃないか?」
「さあ?自分で採ってきたからわからん」
美味しければいいよ、元手はほぼないし。
「それにしても、良い匂いだ」
指に跳ねていたシロップを舐める。
「甘い、し、渋い?」
どことなく火事で焦げたようなほろ苦さ。
あれ?もしかして失敗した?
「それはそうだよ。まあこれはそんなに苦くはないはずだけど。ってあれ?意外と木の風味が強いね」
「モンスターだからか?」
不可解そうに自分の煮詰めたシロップと私が煮詰めたものを比べているが、結論は諦めたらしい。
「まあいい、検証班に頼もう。ジャンくん、これ少しサンプルとして知り合いに分けてもいいかな?」
「いいぞ」
「ありがとう。名前は伏せとくよ」
鍋さんはわからないことを専門家に投げることを決め、スッキリしたようだ。小瓶に煮詰めたシロップと煮詰める前の樹液をそれぞれ詰め、ご機嫌そうである。
「お、ジャンくん煮詰め終わった?じゃ、それを瓶に詰めたら君はちょっと休憩」
ズラーッと並べられた瓶に移し替えていく。垂れないようにそーっと入れる。漏斗欲しい。
作ればいいか、うん。
あんまり使わない蜜妖樹の枝を取り出す。先に数種類のキリで筒の内側を削り出す。注ぎ口は滑らかに仕上げ、外側は手抜き。
チャッと仕上げた漏斗を差し込み――差し込み――、嵌らぬ!
外側をやする。やりすぎるとすぐ壊れる不良品を通り越して穴が空いた欠陥品になってしまう。なんてことだ!
地道な微調整を重ね、瓶の口に合う漏斗が完成した。よしっ!
「あ、ごめん、今手が空いてたから。でもそれ作っている間に注ぎ終えられたと思うけど」
さあ使うぞと意気込んだら、にこにこした鍋さんと整然と並べられた瓶。
既に入れるシロップは無かった。蓋までされていた。手早いデスネ。
「おーのー。……なあ、そのコルク栓、どこで売ってた?」
「ヘエだね」
よし、今度コルクの樹皮ゲットしにいこう。栓作りたい。
「その漏斗、要らないなら売ってくれないかい?」
「別に構わないが」
要るのか?鍋さんには必要だと思わないが。
不思議そうな顔をしていたのか、鍋さんが補足した。
「既に一つ持っているけど、ガラス製でね。うっかり割りそうで怖いんだよ。高かったし」
「なるほど。了解」
あげるならば、このままではいかんだろう。おざなりに仕上げた外側を磨く。すると、すごくツヤツヤとした蜂蜜色になる。生活魔法の洗浄を使ってお終い。
「ほい」
「ありがとう」
漏斗を剥き身で渡すのが、冷静に考えると少しシュールな気がしたが、キニシナーイ。
「せっかくだし、使ってみようか」
「残っていたのか」
鍋さんは漏斗を受け取らず、どこからともなく先程まで煮詰めていた鍋を出した。
「頑張って作っていたから、一杯くらい残しておくべきかなっと思ってね」
「妙な気遣いありがとう。とても嬉しい」
ワクワクと作ったばかりの漏斗を瓶の口にセットし、鍋を傾ける。とろりとろりと半透明な金色が流れ込む。
「ちょっ!ストップ!!」
「へ?」
とりあえず鍋を並行に戻す。
鍋さんは漏斗の挿さった瓶を手に取り食い入るように見、指で漏斗に付着していたシロップを掬い取る。舐めた。変な顔になった。
「どうした?」
無言で瓶を差し出された。これより前に詰めた瓶も並べられた。
「……色が変わっているな」
少しだけ、漏斗を使った方の色が濃い。
「舐めてごらん」
ふむ。指を洗って縁を擦る。つるり。
……もう少し内側に指を這わせる。ねとり。そしてぺろり。
「んんん!?」
メープルシロップなのに蜂蜜風味!?燻したような木の苦味と蜂蜜の渋みが感じられるんだが!?これはこれで美味しいけど!
「これ、ソース作るときに便利そう」
「まあ好きに使ってくれ」
沢山のメープルシロップ関連のお菓子のお礼に、漏斗とあんまり加工する部分のない蜜妖樹の枝をおまけに付けた。
有効利用してくれればあいつらも喜ぶ、ハズ。
「そうだな、楓妖樹の枝もいるか?」
「良いのかい?」
鍋さんがニコニコだ。存分に美味しいものを作ってくれ。
「新作楽しみにしている」
「任せてくれ!」
そして食べさせてほしい。
「そういえば、日本酒見つけたぞ」
ぐらんと視界が大きく揺れる。
デジャヴー。
「吐け、今すぐに」
まあ私もウトマニさんにやったからな、仕方ない。
「カフという街の近くで米や枝豆を栽培しているそうだ。他は調べてないが、気候が似ているなら他の日本食に必要なものもあるんじゃないか?」
「魚醤以外が手に入る……!」
「え、魚醤あるのか?それでも良い、醤油風味の何か食べたいな」
聞き捨てならぬ情報が。大方ヘエにあったのだと思うが、見逃していた。不覚……!
「ちょっとサカイに調査依頼してくる!!」
鍋さんは魚醤ベースのボンゴレと海鮮スープを置いて嵐のように飛び出していった。メッセージじゃダメなんだろうか。
とりあえず美味い。
あ、ミツミツの実の皮の揚げたやつ――長いのでミツミツフライとする――を頼むのを忘れていた!
ハニトレってハニ(ー)トラ(ップ)に似ているなって思いました。