47 ラジオ体操
すこーし短いデス
役場に届け出て転移許可をもらい、私はドワーフの住まう谷の上、要するに雪の森に来ている。
落葉樹林らしく、白と黒で構成された密やかな景色は息を潜めたくなるほど。
マジで寒いのでオレンジのツナギに街で売っていた蓑と蓑笠を被り、藁靴を履いている。買っておいて良かった!
パッセルはツナギの中で湯たんぽならぬ鳥たんぽになっていて、なかなか暖かい。ボテッ腹に見えなくもないのが難点だ。
今日はカエデモドキを探したいのだ。
カエデ材は白くて柔らかい印象とは裏腹に、重くて堅い材で楽器や家具によく使う。ギャップ萌えである。
しかし今回は木材だけでなく、メープルシロップをゲットするために来た。
現実ではイタヤカエデやサトウカエデ、ニグルムカエデなどなどの樹液であるが、ゲームだしカエデで統一されていると期待している。
なんてことは無くも無かったのだが。
別の問題が発生していた。
確かに樹液が出るカエデはメイプルモドキという名前で統一されていた。【識別】さんぐっじょぶ。
だがしかし、買ってきた専用のキリで穴を開けて小樽をくくりつけて待つことしばし。
樹液が出てこない。
ハッとして気づく。
今真冬じゃん、と。
ぐあああ私の馬鹿ーー!!
雪解けが近い、夜が冷え込んでかつ日中晴れなきゃ樹液垂れてこないじゃないか!!
道理で誰も樹液採取に来てないわけだよ!
仕方がないので間伐でもしよう。森の奥とか人の手入ってないだろうし。
ナラとかブナがあると良いなぁ。ミズナラとか樽にすると良いウィスキーが出来るし。しかし大木はマズイかね?
ブナは乾きにくくて手間だが、こちらなら一瞬だし、木目は滅茶苦茶滑らかだ。そこそこ堅いが、杖くらいには出来るだろう。
見上げて空が狭ければ、適当に比較的細い曲がった木を伐る。広葉樹は本当堅いよなー。
そろそろ斧も手入れせねば。
「何アレ可愛い」
暫く黙々と間伐に精を出していると、ひょこっと木の上から数匹のリスが顔を見せたのである。少し(?)大きく、パッセルくらいある茶色のリスがメジロのように固まっている。
あ、こっちにジャンプして来た。
思わず両腕を広げる。さあ私の胸に飛び込んでおいで!
「えッ!……いってぇ!!」
あれ、顔に直撃コース!?
と認識したときには遅かった。
リスたんのドロップキックが華麗に私の顔面を削る。痛い。
しかも順番に私をボコりにやってくる。
「可愛いからって何やっても許されると思うなよ!」
刀を構える。
「……ダメだ、可愛い!」
しかもすばしっこすぎて攻撃が当たらないのだが。
「クソっ、覚えてろよ!!」
魔力を操り、雪を爆破する。
断じてこれは逃げではない。戦略的撤退である。
走りにくかったので【空駆け】を併用しました。
「にしても、この森のモンスターマジでいやらしいな」
みんな可愛い。キツネ、テン、リス、モモンガ。つぶらな瞳が私の良心に刺さる。
襲ってくるときさえ、「キューン!」という効果音すら聞こえる気がする。
安心して刃を向けられるのは強面の白熊と厳ついヘラジカ、ずる賢そうな狐だけだ。
純粋そうな熊はダメだ、動物園のシロクマに見える。
「あ、今気づいたけど気温上げられるんじゃね?」
魔力を操作して空気を温めよう。木一本くらいならそんなに大変じゃないはずだ。陽の当たる部分だけで良いし。
早速目についたカエデモドキに器具をセット。
嘘です、この上なく大変でした。
「あったかくなれー」と念じる端から、編みこんだ魔力が零れるように綻びて中々思うようには温まらない。
5℃くらいになれば良いんだけどな。
苦労の甲斐あって、ようやくじわじわ~と樽に樹液が溜まってくる。
これ温度維持するのキチガイ染みてるな。空気中の魔力を使うのにも自分のMP使うし、地味にMP回復薬の初出番である。
樹液の出が悪くなってきたし、そろそろ次の樹に行ってみるか、と思ったときに、樹がいきなり捻れた。雑巾のように。
「!?」
その結果絞り出された樹液が小さいめの樽を満タンにした。
「まさかのトレント……」
当たり~とばかりに枝が揺すられる。
【識別】さんんんん!?モンスターじゃねぇか!それくらい頑張って!!
「何が要求だ?剪定?」
少し躊躇うように固まってゆらゆら~と緩く枝を振る。
どうやらやって欲しくなくはないが、それよりもしてほしいことがあるらしい。
「剪定と、あとは何だ?」
すると(推定)メイプルトレントは私の開けた穴、要するに傷を指した。成る程、治せと。
どうしろと?
「とりあえずポーション掛けるか」
あんまり出番のないHP回復薬を瓶の半分ほど掛ける。ダメだ、治らん。
他に何ができるか首を捻っていると、雪の中から根っこが出てきた。まだ手に持っていた薬の残りを垂らしてみる。
「お、治った!」
いくら植物が根から水溶液を吸収するとはいえ早すぎるが、そんなことを言っていたら体を捻る方がどうかしている。
そもそもモンスターだが。
「よし、後は安静にしてろよ」
樹主導の剪定を終えて別れの挨拶を交わす。
そして振り返ると今までなかった場所にカエデモドキによく似た、というか私にはそれと区別できない木が乱立している。明らかに過密状態なのだが……。
「まさかのトレント地獄再び?」
一斉にワサワサされても。今君たち葉っぱ無いから割と不気味だからな?地面にある君たちの移動跡も大蛇がのたうちまわった跡のように見えなくもないからな?
トレントらは腹を指している。大方ここから樹液取れるよ、とかそういうことが言いたいのだと思う。そうだと良いな。
「樹液を採取しても良いってことか?」
根を出し、それに何かを振りかける様子を見せてから枝を振る。おそらく治せば良いよって事だと思う。
私、翻訳の天才かもしれない。
しかしここで問題がある。
もう魔力を回復するアテが無いのだ。シャーベット状の樹液を融かさねば樹液として回収できない。
「しかし樹液を採らせて貰うにも、暖めるのが今は難しいんだが……」
任せろ、とばかりに枝で胸(?)を叩くので、穴を開けてありったけの樽をくくりつける。どうするつもりかわからないが、とりあえず剪定をするべく一本のトレントによじ登る。
「おっと……!?」
いきなりトレントが上下に揺れた。慌ててしがみつく。
他のトレントたちを見ると、揃って屈伸運動をしていた。そのうち枝を振り上げたり幹を横や後ろに曲げたりし始める。
いっちにーさんしー大きく手足の運動~という幻聴が。
まさかのラジオ体操第二である。
身体を動かし温めるつもりなんだろう……。
呆然としつつ剪定をする。ラジオ体操と関係ない妙な動きの枝を切っては仕舞う。トレントって本当に器用だ。
ラジオ体操の締めは整理運動ではなかった。
身をよじって樹液を絞る運動だった。
剪定が終わり、彼らの露出した根にポーションを掛けては樽を回収する。なんだか凄い量が手に入ってしまった。
幸せだ。透明だし、煮詰めれば加速度的に量は減るが、メープルシロップは現実だとお高いのだ。パンケーキにはいつも蜂蜜をかけて誤魔化している。
ブランデーや紅茶、コーヒーに垂らしても美味しいらしいし、ジェラートも美味だと聞く。生地に練りこんだパンも良いな。
鍋さんに作ってもらおうそうしよう。
「それじゃあまたなー!」
夕日にオレンジ色に輝く雪林の中、私とトレントたちは腕を振って別れた。
またあいつらに会うこともある……かなぁ?
備考
メープルシロップの採取
機械的にポンプ等で樹液を吸いだすと、樹の寿命をいたずらに短くする危険性があります。あまり若い木から採取すると枯れます。
シロップの出るカエデ等の樹種は、寒い冬の間、幹を構成するセルロースを糖度を上げた物質(なんだったか忘れた)に変化させることで凍るのを防いでいるのではないか、そのため冬の木の中はシャーベット状、みたいな説があります。あったはずです。
それと現実は絞ろうが踊ろうが、多分樹液は出てこない。
メープルシロップのジェラートは大変美味しいので機会があれば是非食べてみてください。シフォンケーキもオススメです。私は旅行先の埼玉県西部秩父駅にて食しました。また食べたいです。
メープルシロップが高いのは煮詰めて量が減るせいです。高くても美味しいので買ってねって山をお持ちのおじいさんが寂しげに言ったそうです(こちらは伝聞)。見かけたらその土地産のメープルシロップを買ってあげてください。
楓妖樹
樹液を吸うだけの奴には容赦しない。そのため樹液はあんまり出回らないので結構高級品。ドロップしたものを煮詰めないとよく見るようなシロップにはならない。
私刑栗鼠
群で襲ってくる。
迷彩狐
雪に紛れて襲ってくる。
奇襲貂
背中に向かって襲ってくる。
詐欺鼯鼠
人懐っこいモモンガを装って襲ってくる。
細雪熊
白熊。
強面熊
顔が厳つい。
腹黒狐
眼鏡が似合う。
凶相箆鹿
ハードボイルド。
ベツニテヌキデハナイヨ?
あとラヂオ体操第4のURL
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%a9%e3%83%82%e3%82%aa%e4%bd%93%e6%93%8d%e7%ac%ac4&&view=detail&mid=45EEE31C67BC19746CDB45EEE31C67BC19746CDB&FORM=VRDGAR