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45 ドンコ



 避難していたフェアリーズの頰をひとしきり抓って、透明な泉を覗きこむ。

 ボスも倒したし、潜るぞー!!


 ヘエで買ってきた錠剤な肺鰓転換薬を取りだし、レモネードをお供に呷る。海草味らしい。レモン風味と相まってなかなかにマズイ。

 しかしこれで水中行動ができるはずである。


「ゲホッ」


 なんか苦しい……!

 ぐるぐるぐにゃぐにゃとする視界に酔い、呼吸は浅くなり、やがて体が痙攣する。

 前にもなったなぁ、フェアリーズが集っている、などと頭の片隅が認識したが、体がだるすぎて思考が纏まらない。

 そして暗転。


《前例のある死亡を確認しました》

《復活には10000S(ソルト)必要です。復活しますか?》


 はい。

 金はある!

 というのと、単純に復活に興味がある。前回は初死因達成だったから復活出来なかったし。


《確認完了》

《スキル【六文銭】を発動します》


 ちゃりーん、と小銭が失われる音とともに、私は目を開いた。


「……死んだ」


 原因と思われる肺鰓転換薬に添付されていた注意書きを読む。


 『服用後すぐに水中で活動し始めてください。窒息死します』


 それもっと大きく書いておけよ。

 確かに名称は肺鰓転換(・・)薬だけども。


「あれれ、じゃんじゃん生きてる~」


「死んだんじゃなかったのー?」


「これから帰ろうかって相談してたの」


「ほほう。金をかければ私は復活するぞ。さて、もう一回行くか」


 転換薬を再び取りだし服用する私をフェアリーズが胡乱げに見ているが、気にしない。今度はすぐに飛びこむ。


 ……失敗した。これ水着がいるやつだ。べたりとシャツやズボン、下着が張りつく。

 無い物は無い。幸い時間はあるので、のんびり底を歩き、屑星幽石や藻を採取していく。

 近くを本物の魚が群れで通り過ぎ、フェアリーズもいつの間にかやってきて、一緒に採取してくれる。修行中フェアリーズは時々私に当たってくるが、大して痛くもなく痒くもなく通り過ぎるので可愛い。


「そういえば、お前たちなんで水中で生きていられるの?」


「別にボクら、空気いらないもん」


 思ったよりフェアリーって不思議生物かもしれないという事実。

 割と深い泉の中、丸い葉の半透明な水草を毟りつつ、フェアリーの生態について考える。

 魔力でできていると以前言っていたし、そこら辺をこねくりまわすんだろう。うむ、解決。


「コレは……!?」


 流れはほぼ無いものの割と広かった泉の中を、苔の蔓延った石や岩、朽ちた木を跳ねるように泳いでいると、灰色がかった硬質の木材が。

 コレはダンジョンに生えている蒼かった木では!?流木かっ!?しかも身の丈ほどあるのだがっ!!

 即行でストレージに仕舞い込む。

 流木はめちゃくちゃ硬いが、天然の滑らかさが堪らないのだ。

 何に使おうかな~。そういえば弓も作りたい。やることは沢山あるのだが、スケジュール管理が難しい。


「じゃんじゃん~」


「拾ってきたの」


「サンキューな」


 渡されたのは小指の爪から親指の爪大の様々な屑星幽石。

 時折襲ってくる狂ったフェアリーを切りつつ、順調に採取していく。


「ん?なんでこんなものがこんな所に?」


 苔を毟っていると、小さな祠がある。ギーメルの転移地点である祠によく似ていた。不思議と劣化しておらず、多少水草が絡み苔むしている程度だ。せっかくなので掃除して何か供えよう、そう思った時だった。

 目の前に巨大ドンコが突っ込んできたのは。


 慌てて避けようとするが、つるりんと足が苔で滑り、体は後ろへゆっくり倒れていく。


「もガッ」


 それが良くなかった。

 あろうことか私の口にドンコが入り込む

 抜こうと両手で魚を掴むが、滑る。奥へ奥へと行く魚の推進力と、押しとどめようとする私の力が拮抗……することなく、喉に頭が嵌る。

 嵌ったと思われる。

 フェアリーズも抜こうと綱引きならぬドンコの尾引きをしてくれたのだが。


ふへはい(ぬけない)……!!」


 嵌ったドンコと格闘しているうちに転換薬が切れる。慌てて水面を目指すが時すでに遅く。

 私は再び窒息死した。




 【六文銭】効果でお金を受け取り、一つため息を吐くと、前回同様に祠にお供えをして手を合わせる。今回はスライムゼリー・パイナップルモドキ味である。

 パイナップルはタンパク質分解酵素があるため、生だとゼリー等は固まらなくなるらしいのだが、スライムが植物の酵素に負けていたら即死だろうし、なんかあるのだろう。鍋さんが工夫した可能性もゼロではないが。


 最近はエルフ以外(プレイヤー)が増えてきた。精霊獣を連れた人や、餌付けすべく菓子を片手にフェアリーズににじり寄る人、住人のエルフに土下座する人。様々である。


 モフッ、ともボフッ、ともつかぬ感触とともに、久々に感じる重み。パッセルである。フェアリーズと出かける時には寝こけていたため、置いてきていた。

 頭上でふくふくと満足気である。

 見た目は首がもげそうに見えるかもしれないが、一応鳥なためか、パッセルは軽い。


「待って~スズメちゃん!」


「あ」


「よう、久しぶり」


 パッセルを追いかけて来たのは、どこぞで見た少年少女たちである。向こうも気づいたようで、挨拶してくれた。

 彼らは森で迷っているところを、パッセルに颯爽と助けられてギーメルに着いたらしい。おそらく颯爽というのは勘違いだろうが。


「ジャンさんは、これからどうするんですか?」


「何しようか、何をするにも中途半端でな」


 ぶらりぶらりと僅かに光が通る鬱蒼とした街を歩きながら、宿へ向かう。こちらではまだ日が高いと言って差し支えない。

 ログアウトしてしまっても良いのだが、ふむ。


「んん、パッセルは蜂蜜を食えるのか?」


 スピピピ、と実に可愛らしい謎の寝息しか聞こえない。

 まあ、食えようが食えまいが思いついた案は変わらないが。


「うん、宿屋で飯でも食おうかな。君たちは、宿は決まっているのか?私の所で良ければ案内するが。安くて飯がうまいぞ」


「うーん、お願いします」


 ペコリと全員が頭を下げた。まあ気に入らなきゃ変えればいいしな。

 ただ女性陣は精霊獣を口説くと意気込んで別れていった。あの勢い、というか自然(邪よこしま)なワキワキとした手つきでは精霊獣と仲良くなれそうもないが。




 ギーメルにおける定宿は、葉の生い茂った枝の下に造られた高所のツリーハウスで、常らしく柔らかな明かりが漏れている。

 いつも思うのだが、こんな所誰が利用できるんだ?まず知らないと辿り着けないのだが?

 フェアリーズとエルフ――つまるところ住人が食堂として利用しているのしか見たことがないのだが。


「帰ったぞ、主人。客を連れてきた。それから、突然すまないが、可能ならこれを料理してくれないか」


「ああ、貴方の紹介なら間違いないでしょう」


「こんにちは」


「よろしく!」


「お世話になります」


 宿の主人に声をかけ、少年たちが挨拶するのを尻目にミツミツの実を1つ出す。


「コレは……!」


 常に微笑んだような糸目のエルフの主人だが、その青目の全貌が明らかになるほど目を見開いた。そんな驚かなくても良いと思うのだが。


「余りはそちらで処理してくれ。他の客に出しても構わない」


「是非使わせて頂きます。これは腕が鳴りますね……」


 獰猛な笑みは肉食獣のようだが、一応事実を述べるならば花の蜜を吸う妖精さんである。


「これ、そんなスゴイんですか?」


「只のボールやないか」


「幻の蜂蜜らしいぞ?私もよく知らないが」


「ふーん」


 折角なのでカウンター席から加工現場を見学する。

黄色くて丸い、ふこふこと謎の弾力がある蜜玉にクルリと穴を開け、そこからボウルに中身を流しこむ。暫くして蜜玉の上三分の一をカットし、ダバーと残りを出す。

 中仕切られてないんだ……。ハニカム構造、結構好きなんだけどな。


 サクサクと濾過されて瓶に詰められていく。蓋が少し変わっていて、蜜には触れないように乾燥剤が付いている。糖度を上げるためだろう。

 並べられた蜂蜜は、透き通った薄茶色が鈍く輝いて綺麗だ。


「どうぞ」


 蜂蜜を垂らした、花びらが数片浮かぶハーブティーを出された。何の草か知らないが、ん~、いい香りだ。

 一口含むと、蜂蜜としか形容できないのにスーパーで売っているもののようなトゲがない。ヤバイ、いくらでも飲めるな。


「うまっ!めっちゃ蜂蜜っ!ナニコレ!?」


 思わず、といった様子でパース君が声をあげた。他の二人も大切そうに飲んでいる。うん、子供らしくていい。


「じゃんじゃ~ん」


「みーつけたっ!!」


「復活しないのかよ~?」


「はっ、この匂いは……!?」


 壁をすり抜けてフェアリーズがわさっとやってきた。こいつらを締め出し、プライバシーを確保するとか出来るんだろうか。


「ふっ、気づいたようだな。主人にミツミツの実を調理してもらっている」


「なんですとー!!?」


「ゴショーバン!!」


「あずかりたい!!」


「いいぞ。いい子で待とうな」


 欲望に忠実なフェアリーズにによによしていると、一斉に親指を立てて下に向けた。見事なブーイングであるが、何が不満なのか。


「ぶーぶー!」


「じゃんじゃんのクセに生意気ー」


「ボクら子供じゃないよ!!」


「なんだ、要らないのか?」


「ボクたちイイコです」


 目の前のハーブティーをこれ見よがしに飲みながら聞くとアッサリ手を返し正座した。こいつら本当に可愛いよな。


「君たちもどうぞ。でもお仲間は呼ばないで欲しいですね」


 主人がフェアリーズにも同じハーブティーを淹れた。細いストローが数本差さっている。

 小さなカップを用意するより楽なのかもしれない。一人でうろつくフェアリーはあまり見ないし、私やフェアリーズが今使っているガラス製食器は作っていないからだろう。陶器もそんなに見かけない。


「みんなで分けた方が幸せよ?」


「ウマウマ倍増」


「後で自慢したくありませんか?」


 パチパチと音のする中、フェアリーズは顔を見合わせた。アイコンタクトと身振り手振りで意思疎通しているのか、無言でわちゃわちゃしている。


「でもー、やっぱりみんなで食べたーい」


「黙っていてくれたら、君たちだけはジャンさんから頂いたミツミツの実が無くなるまで毎日一品あげましょう。他のフェアリーが来た時点でこの話は無しです」


 ごくり、と音が響いた。フェアリーズ全員の喉が一斉に鳴ったらしい。


「そ、そこまでいうなら」


「しかたなくー」


「黙っていてあげるの」


 毎日甘味の誘惑に勝てなかったらしい。


「ジャンさん、その子たちは?」


 カップを片手に、シュン君は騒がしい此方を見て首を傾げる。


「フェアリーズだ」


「よろしくゥ!少年たち!」


 雑な紹介に頓着せずフェアリーズはノリよく親指を立てる。


「お、おう。よろしく……」


 シュン君は小さい子(フェアリーズ)に子ども扱いされてたじろいでいた。


「ナニナニ、この子たちじゃんじゃんの子ども~?」


「ちゃうがな!!」


 鋭いツッコミが琴線にふれたらしく、フェアリーズは八ツ橋君に集りはじめた。もはや混沌である。


「では定番の、ミツミツの巣揚げです」


 スアゲ?蜂蜜を油で揚げるのか?と思ったのだが、あのフコフコした蜂蜜が入っていた外皮(?)を小さく切って油で揚げたものらしい。軽く塩を振っている。

 見た目は色を濃くした天ぷらの衣だ。香りは素晴らしく甘いのだが。ふむ。

 とりあえず一つ。


「おお!美味い!」


 サクサクパリパリ、焦がしたような甘さに塩がアクセントになって手が止まらない。ヤバイ。ポップコーンやポテトチップスのような魔性を発揮している。ヤバイ。


 パッセルがムクリと頭上で身動(みじろ)いだのでテーブルの上に置き、小皿を出して蜂の巣チップスを少し分けてみる。あっという間につついて消えた。

 もっと寄越せと言わんばかりに見つめられる。その熱烈な視線、見返りを期待しないで向けてほしいな。

 ……。ぐぅ、仕方ない。腹を切るような気持ちでもう少し分けてやった。

 いいもん、今度鍋さんに作ってもらうもん……。


 その日の夕飯は蜂蜜尽くしでした。甘いパン、鹿の照り焼き、蜂蜜のドレッシングがかかったサラダ、ベリーのコンポート、奥から出したというミード。それと口直し用の酢の物。美味しかったです、マル。

 フェアリーズも食事に来たエルフたちも、合流した少女たちも狂乱していましたよ、マル。




備考

薬は水以外で飲むのは基本よくなかった気がします

処方箋をよく読んで服用してください。


水中でも音は伝わります。現実でも出来ますよ!それが簡単にできるおもちゃがあるらしいので興味がある方は調べてくださいね。


手が止まらないといえばチップスターとじゃがりこ、ぶこつです。私は大好きです。あるとあるだけ無限に食べてしまいます。



猛進鈍甲(モウシンドンコ)

直線的に突撃することを好む精霊界の魚

そこそこ以上に綺麗な砂底の泉に棲む

成人男性の手から肘までくらいの大きさ

煮付けが美味しいらしい


ミツミツの実

弾力のある巣(?)に穴を開けたり、蜜を零さないように上部を切るのが地味に職人技。穴を開けた後絞ってもいいのだが、不純物が多くなるためプロはやりたがらない。

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