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42 幻……の蜂蜜らしい




 ディオディオにボコボコに品評されてリサイクル前の空き缶のように凹んだ次の日、私はヘエに来ていた。

 海風によって強い磯の香りが運ばれてくる。

 ちなみにパッセルは来ていない。海に行くと言ったらフェアリーズとぬくぬくし始めたのだ。……そんなに潮風が嫌いなのか?ベタつくのは確かだけども。


 ベスの街から住人の商人と交渉して、荷馬車に揺られてやって来た。乳製品と干し肉に囲まれて気分はドナドナ。

 いや、他にも魔法素材とかもあったが。

 転移許可証を登録していなかったから仕方ないのだ、うん。


 この港町は砂糖、塩の一大生産地が近いらしく、砂糖が異様に安い。通りがけに買った黒糖を一つ口に放る。この独特の少ししょっぱいような味が癖になる。

 もちろん、魚介類が一番多く扱われている。今はスパイスも含めた調味料エリアを通っているにも関わらず、魚の生臭さが鼻に付く。

 刺身とか海鮮丼に加工してあると美味しそうな匂いなのに、丸々魚の姿だと生臭く感じるのは何故だろう。


 メールに添付された地図に従い、見逃しそうな細い道に入る。色あせた暖簾の掛かった、地元客で賑わうだろう小さな店だ。

 待ち合わせの個室のある料理屋である。

 からからと引戸をひき、鍋さんの名前を出すと個室に案内された。

 使いこまれた木のテーブル、まだ日が高いから点けられてないけれどフレームが少し歪んだ吊るしランプ。天井から下げられた、スイカのように網に入れられた青いボール。

 あれスーパーにもたまにあるけど、何なのだろう。


「お、来たね」


「お久しぶりです~」


 にこにこした鍋さんと、久しぶりのクーゼさん。サカイくんは少し遅れるそうだ。


「久しぶりだな。最近はどうだ?」


「砂糖が豊富だからね、甘味は結構充実したかな。ジャンくんにも頼まれていたし。でも米がない……」


 項垂れる鍋さん。耳も腕も投げ出したように力無い。私も海鮮丼が食べたい。


「醤油はまだか?」


「コウジカビをくれ」


「カビは無いがキノコをやろう。迷いの森産だぞ」


 採取した食えそうなきのこ類と、頼まれて仕入れて来た大量の雛豆とスライムの干物を鍋さんの目の前に積みあげる。あとダンジョンドロップの魚とかの切身と燻製用ハニーチップ。おお、ちょっと元気になったか?


「私は~ジャンさんから頂いたスプリングスライムの繊維を使ってます~。あれ、とっても便利ですね~!高値でバンバン売れるんですよ~!」


「おう、それは良かった」


「ただ材料を仕入れられないので~、限定生産になってしまいますね~」


 残念そうに続けると、ジャンさんもどうぞ~と白いTシャツをくれた。中央にはでかでかと『すらいむ』と書いてある。

 今までのクーゼさんのセンスはどこへ?


「それ、無加工で申し訳ないんですけど~。性能は変わらないので~」


 途中で色々服飾系の処理をしないと『すらいむ』の文字が浮かんでくるらしい。記念すべきスライムTシャツ第一号だそうだ。

 相変わらずスライム素材は謎である。


「……ありがとう」


 うむ、上着を羽織ればいいか。


「菓子類、また追加頼んで良いか?クーゼさん、これ汚れにくくて助かっているが、作業着とか売ってもらえるか?」


「最近本当に菓子類を消費しているね……、嬉しいけど」


 復活した鍋さんがドサドサと紙袋を取り出す。中にはかりんとうと麩菓子が……!今回は昔懐かしシリーズらしく、わらび餅やラムネ、たまごボーロなどがある。


「作業着、ですか~。あんまり人気がないので~、在庫はそんなにないのですが~。気に入った色がなければ次回ですね~」


 出された作業着は、迷彩、ショッキングオレンジ、パンダのような手足のみピンクのやつ、の三種類である。どれもファンタジー感が皆無だ。


「なんでこんな色を?」


「目立つのがいいって方が注文されるので~。事故を起こさないため、だそうです~。そもそも作業着を注文する方がそんなに多くないので~」


 確かに。ゲーム内で工事現場な格好をする物好きは少なそうだ。


「なるほど、んー、オレンジの貰っていいか?」


「え?作りますよ~?良いんですか~?」


 まさか買うと思わなかったらしい。

 が、あまり手間を掛けさせるのも本意ではないし、現実(リアル)では恥ずかしくて出来ないコスプレもこっちなら出来ると思う。そう考えれば、某忍者のごときオレンジくらいなんのその、である。

 Lサイズを一万Sと交換した。


「そういえば、この蜂蜜でなんか作ってくれ」


 取り出したるはミツミツの実、と言う名の蜂の巣。まんまるなので押さえてないと転がるため、二個しか出してない。前回渡しそびれたやつである。


「それは!!!」


 鍋さんがカッと音が出そうなほど目を見開く。ナゼに?


「無限変幻のミツミツの実!どこで手に入れた!?」


 曰く、花を漬けるとその花の蜜になる。

 曰く、合わない食材はなく、万能。

 曰く、精霊族の好物。秘匿され全くと言ってもいいほど出回らない。

 曰く、幻の蜜の木にたわわに実る。


 上二つはどうだか知らないし、最後の幻とかいうのは眉唾だと思うが、三つ目は確かにそうだ。フェアリーズに一つだけだが渡したらものすごいテンションで集られたし。

 思い返せば私自身は一口も食べてない。今度は宿屋の主人になにか頼んでみるか。


「とにかく、一キロ三十万S(ソルト)の超高級品だよ!?美味過ぎて王族がショック死したという伝説付きだよ!?これを売ってくれるのかい?」


「そんなに高いのか。そこから精製する手間もあるし、見つけるのに苦労していないしな」


 鍋さんと熾烈な価格交渉の末、ひと玉百二十万で売却。別にもう少し安くて良かったのだが……。

 絶対貯めるから売らないで欲しいと言われたが、インベントリ内に二十はある旨を伝えると、一個は取っておいてと懇願された。問題無いので了承する。

 いくつかは住人の知り合いに配ろうかな。こんなに高いのではそうそう売るわけにもいかないし……。


 伝説の蜂蜜ということで興味が湧いたのか、ひと瓶売ってもらえないかクーゼさんが交渉している。


「お待たせしました。お久しぶりです」


 からから、と軽やかな戸を開ける音と共にサカイくんが現れた。


「ジャンさん、星幽石の情報はとても助かりました。ところで彼女たちは何で盛り上がっているんですか?」


 褐色のイケメン店主かあ、私も行かねば。金も手に入ったしな。それにしても儲け話には鼻が利くらしい。


「ミツミツの実だ」


「ミツミツの実!?」


 そんな驚かなくても。今日は二回目なんだ。鍋さんと似たような取引になり、五個売却。

 流石に資金力が違う。委託販売でどうやって儲けるのか……、想像できん。何かが凄いんだろうな、たぶん。


「あと、いくつか杖を売りたくてな」


 ディオディオの添削済み杖を積んでいく。【混沌】を一回ずつ掛けたネタ杖である。

 一本は鍋さんが持っているが、残りもこの際売ってしまおう。溜め込んでいても埃を被るだけだろう。


「今回は割と普通ですね、見た目以外は」


 割とってなんだ、割とって。


「呪いみたいなのも有りますけど」


 次々と鑑定していき、前回同様結果を紙に浮かびあがらせていく。カッコいい。


 呪いと言われたこけし型の杖の鑑定書には、【INT 15】の文字が。

 私のステータス値だ……。【混沌】、君私のスキル以外も混ぜられるの?【INT 15】とか杖の意味が無いのだが、売れるのか?


「あ、あとコレな」


 サメたん土産も忘れないうちに出してしまう。うむ、ファンシー。


「また変わった杖ですね。分類としては短杖ということになりますが。……うん、これはまた個別で売りつけましょう、能力がヤバいです」


「毎度すまんな」


「いえいえ、僕としても変わり種を扱えるのは利になりますから。僕こそ感謝しなければなりませんよ」


 苦笑と共に全て買い取ってもらう。サカイくんの提示した額で受け取った。

 鍋さん同様、もう少し安く売ろうとしたのだが、目が怖かったので諦めました。私のメンタルは軟弱なのだ。


 全員の商談が済み、良い感じに飯時。いや、少し早いか。

 ざわざわとした夜の、解放感のある意味のない雑音が程よく通ってくる。個室なのにそうじゃないような雰囲気でとても良い。


 お待たせしましたー、という声とからり、と一息に戸を開ける音が重なり、海の幸が煮込まれた鍋が運ばれてくる。

 魚と野菜の渾然一体とした香りがぶわりと嗅覚に迫る。出汁だ。これは、美味い。

 目の前に置かれた料理に箸をつっこみ、確信を持って取り分けた鮭っぽいのを口に運んだ。


「ウマイ」


「ここは魚の煮込み系はトップクラスなんだよ。ブイヤベースも美味しかった。というか、その箸はどこから?」


 鍋さん実は住人の店も詳しい?作るのも食べるのも好きな人は良い。作る手間を考えて感想を述べられるからな。

 まあ私は食うオンリーだが。


「マイ箸だ。木の切れ端で作った」


「私も自分の箸出そうかな」


 そう言って鍋さんは漆塗りっぽい素敵な黒い箸をだした。ちなみに私のはハニートレント製のシンプルな奴です。

 マイ箸はエコだと現実(リアル)では言われているが、一概にそうとも言えない。割り箸一本とティッシュ二枚は同じだけ木材を使うし、マイ箸を洗う水を作るエネルギーとどっちがエコか、という問題も有るのだ。

 ゲーム内(ここ)では【洗浄】が使えるため、そのあたりの環境云々は気にしなくていい。


 さてもう一口。今度は鰤、かな。

 じゅわり、と吸われていた出汁と肉汁が溢れる。魚の油はしなやかでいい。


「くぅー、冷酒がほしい!!」


 今こそ日本酒の出番だろう!スッキリ辛口でさらりとしたい!!


「白ワインなら注文できるみたいですよ」


「やむを得まい」


 まあワインも好きですよ。若い頃は酸っぱいとしか思わなかったが。


「あれ、これ海月葡萄のワインだね」


「海月葡萄ですか~?」


 葡萄じゃねえの?味は普通にワインだが?


「海中ダンジョンに出るモンスターでね。紫色か薄緑色のクラゲなんだ。下半身が海ブドウみたいな感じらしい」


 鍋さんはダンジョンに行ってないのだとか。まあ【解体】出来ないし、料理人には美味しくないよな、ダンジョン。


「海中ダンジョンって息できるのか?」


「肺鰓転換薬というのが売られていまして、二時間だけ水中で呼吸できるみたいです。行き帰り込みの時間ですので、実質一時間で攻略しないといけません」


「とても難しいそうですよ~。未だ踏破(クリア)者が居ないそうなんです~。もう少しらしいですけど~」


 だろうな。

 ダンジョンに行く気はないが、肺鰓転換薬は面白そうなので買ってからギーメルに戻ろう。魚とかも仕入れたいな、一応。



精霊鮫のストラップ型杖

背中の各星幽石が【手抜き】により絶妙な位置に微調整されている。でも全体的なまとまりはないくせに、分解するとちょっと性能が落ちる謎仕様。

愛嬌のある目が、尾ビレで吊るしていることへの罪悪感を持ち主に齎す一品。


民芸品風の杖

虚ろな瞳が貴方を見つめる。お婆ちゃんの家に居そうな杖。なかなか持ちやすい。

装備したものは【INT 15】になる。それ以外は優秀なスペックだが……。


ミツミツの実

一玉あたり3~6キロの蜂蜜が取れる。


フェアリーズにミツミツの実をあげた時のこと

「じゃんじゃん、今日のオヤツ何~?」

「てれてれってて~、ミツミー…」

「お前が神か」

「くれるのね!!ありがとう!!返さないのよ!?」

「大好きです」

「じゃんじゃん、キミならやれるってボクたち信じてた」

「アイシテル~」

ギュンっという加速音がしそうなほどの勢いで近くのフェアリーズが振り向き、爛々とした視線は私を一顧だにせず丸い蜜玉にだけ刺さっており、既によだれと手が出ていた。パブロフの犬か。

「最後まで言わせろや」

なお、この時渡したのはうっかり上の玉で空の巣だったらしく、後日私はタコ殴りにされた。

「もー!!じゃんじゃんのバカっ!!」

「ダイッキライ!」

「しんじゃえ~」

VITが低いのでフェアリーズのぽこぽこ攻撃はそこそこチクチクするのである。

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