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39 妖精の迷宮3



「あー……」


 時々妖精モドキを倒しつつ、とうとう最奥の泉に辿り着く。噴水のように、ほぼ円形の泉の中心からぽこぽこと音を立てて水が湧いている。

 ただ腑に落ちないのは。


「なんで水が銀色……」


 どろりと表面張力が強そうで、まるで水銀である。水銀なら毒だぞ、水質汚染もいいところ。底も見えない。時々浮かんで消える気泡が恐ろしいんだが。

 経験値を稼がせてくれる素早いハグレが煮られているわけではないよな?


「えー、じゃんじゃん何言ってんのー?」


「無色透明でキレイだよぉ!」


「飲めるしさー」


 飲めるのか……。ついつい胡乱な目で同伴者達を見てしまう。

 一応、水銀もどきをいくらか持って帰ろう。空の小樽があったはず。


 もしかして不老不死の霊薬の素材かも?そうでなくともなんかイイ感じのアレでナニなソレかもしれん。妖精エキスとか。


 ……飲んでみるか。


 流石にゴクリと喉が鳴る。こう、あからさまにヤバそうなのは初めてかもしれん。

 木製のコップ内で不気味に波打つ銀色の液体を一気に呷る。


「なんだ、意外と不味くないな」


 普通にやや鉄臭い水道水みたいな……。いや、源泉としてどうなんだろうか。どうせなら美味しくしてほしかった。


《妖精の源泉の水を一度に一定量以上摂取したことにより、【妖精化】を得ました》

《【妖精化】を得たことにより、【魔法制御】を得ました》

《【魔力制御】【魔法制御】【魔力装甲】は【妖精化】の技に統合されます》


 なんかいっぱいきた。それにしても、【妖精化】習得条件安すぎないか?

 あれ、周りの景色が普通に近くなったな。さっきまで見ていた色が透けて、いつもの色が内包されている。そして雪のような白い粒子が地面に積もることなく、明滅しながら空中を漂っている。


 見つめていると、なんか頭がぐらぐらしてきた。


「じゃんじゃんー?」


「じゃんじゃんー!?」


 視界は回転し、次第に暗くなった。




「うぉえ」


《魔力飽和及び魔力による心身欠損により死亡しました》

《プレイヤー内で初めて確認された死因のため、【六文銭】により七万S(ソルト)を得ました》


 只今、ギーメルの街に来た時に通った祠の前。この祠は転移装置であるとともに、星渡りの旅人の復活地点でもある。

 いつもなら適当にお供えをして街に向かうのだが、それどころではない。

 色が混じって気持ち悪い。口に手を当てて吐き気を必死に抑える。ここで吐くのは罰あたり甚だしいが、移動もできない。


 私の目の前を雪もどきがゆるゆると通りすぎる。

 ガンガンと脳みその前方が殴られて加熱されたような痛みに脂汗が浮く気がするし、一方で全身が冷えこんだように震えが止まらない。


 誰かどうにかしてくれ!!


「お兄さん、大丈夫……じゃないわね」


 水を差し出され、背中をさすられる。

 相当親切な人らしい。


 しかし全く体調は改善しない。


 ふと目の端で雪が地面から湧いた。目を凝らせば、壁から、植物から、果ては私の体からも出ては入る。耳を澄ませばしんしんと震えるような微弱な音がする。


《技【魔力感知】を得ました》

《熟練度が限界に達しました。【妖精化(初)】に変化します》


 アナウンスとともに、吐き気がだいたい治まり、平衡感覚も戻ってくる。

 まだ頭の中が風邪を引いたようにぐらぐらするが、問題ない。やっと水が飲める。……美味い。


「助かった、ありがとう。私はジャンと言う。あなた達は?」


 杖とローブを装備した栗毛美女と、大剣を背負った人懐こそうな猫っ毛の美青年のペアに声をかける。キラキラ具合がプレイヤーだ。


「わたしはカローナ。星渡りの旅人よ」


「同じく星渡りの旅人、うりボーっス」


 案の定お仲間(プレイヤー)である。二人ともにこやかだ。

 そして挨拶から考えるに、私は住人だと思われてる。いつバレるかな、少しワクワクする。


「できれば礼をしたいが、何かあるか?」


「助けたとは言っても、仲間を待ってる間にしたことだから、気にしなくていいわよ」


「あ、カローナさん、皆死んだっぽいっスよ」


「魔法使い不在とはいえだらしがないわねー。仕方ない、わたし達は先に行きましょうか」


 よくわからないが、どうやらスライムに他のメンバーはやられてしまったようだ。流石にデスペナ中は撃破できないだろう。


「ふむ、ギーメルまで案内しよう」


 二人に倣って私も祠に手を合わせた後、声をかけた。


「助かるっス。僕ら初めて来るんすよ」


 案内だけでは大した礼にはならないだろうから、道中金になるものを教える。採るようなら立ち止まる。そして私は【指導】を得た。解せぬ。

 十分ほどの行程を、割合のんびり進んだ。


「にしても、詳しいっスね」


「そうか?普通だろう。お、もう街も見えたな」


「え、どこかしら?わたしには小屋しか見えないわ」


 二人とも困惑しているので楽しい。

 私にはうっすらと霧がかかった、鬱蒼として幽玄な街が見えているが、二人には小屋と濃霧しか見えないのだ。ほんの少しの優越感に浸る。

 小屋の前で相変わらず無愛想なエルフがいる。いい加減顔見知りになった、アルクス・カストロディーエ君だ。


「アルクス、街に入りたい人を連れてきた。手続きよろしく」


「了解した。……ジャン、フェアリー共が騒いでいた」


「そうか、謝っとく。ありがとな」


 やっぱり心配してくれたのかね?不謹慎にも嬉しい。


「じゃ、私はここで。また縁があれば会うだろう」


 二人に手を振る。数歩進めば、多分二人からは霧に消えたように見えるだろうな。

 ……私、滅茶苦茶カッコよくないか?……流石にないか。




「じゃんじゃーん!」


「置いて帰るなんてヒドイよ!」


「君たち、心配してくれなかったのかね」


 フェアリーズを捜して謝ろうと街を歩いていると、向こうから来た。


「心配なんてしないよ!」


 眩いばかりの笑顔だ。いたく傷ついた。


「ほう、菓子がいらんのだな」


「わーーー!!今のなし!!!」


 わちゃわちゃと私に集るフェアリーズ。パッセルは既に頭の上にいた。いつの間に。


「で、言い訳を聞こう」


 ニヤニヤしつつ、フェアリーズの目の前でキャラメルの詰まった瓶を揺らす。小さい友人たちの目は釘づけである。


「だってじゃんじゃん星渡りの旅人じゃん」


「ボクらと同じじゃん」


「ここで死んでも死なないじゃん」


「「「じゃんじゃんじゃんじゃーん♪」」」


 そこ、ベートーヴェンにしない。


「ここで魔力が散っても〜」


「また魔力を貯めれば、お菓子食べにやって来れる〜」


「ボクらと旅人、復活経路がチガウだけ」


「そうなのか。エルフやドワーフはどうなんだ?」


 フェアリーズは顔を見合わせた。思ってもみなかったことを訊かれた、みたいな様子である。やがて一人が口を開いて後に続く。


「エルフとドワーフはこっちに根づいてるから、こっちが故郷」


「死んだらお終い」


「むかーし昔のお話ね」


 その昔話を根掘り葉掘り聞いてみると、ハイエルフ、エルダードワーフが此方で繁殖して生まれた者の子孫がエルフ、ドワーフらしい。フェアリーズの故郷にはハイエルフとエルダードワーフも居るのだとか。


「引きこもりなのよね」


「本とお酒はたまにお使い頼まれる〜」


「あだると本ー」


 一瞬、半纏を着てコタツでゴロゴロするむっつりハイエルフが頭をよぎった。酒を飲むドワーフは普通すぎて何も疑問に思わない。


「それにしても、お前たち帰って来るの早くないか?」


 お前たちの飛行速度は私の歩行速度より遅いよな?キャラメルの瓶を開けつつ尋ねる。


「それはボクたち転移できるしー?」


「ふぇありーりーんぐ!」


「ウマー」


 それ早く言え。とても今日一日の移動が徒労に思えるだろ。


「じゃあ、ザイーンも転移で行けたのか?」


「行けちゃうね!」


「でもボクらとおんなじじゃないと連れていけないよー」


「無条件に連れていけるのは、作るのタイヘン〜」


 楽しいから偶に作るらしい。森に迷い込んだ者を外側に飛ばすそうだ。


「だからじゃんじゃんはムリー、……およ?」


 キャラメルから目を離して、私をジッと見る。


「「「同じになってるぅ〜!?」」」


「じゃんじゃんどうしたの!?」


「マダマダ未熟だけど、ニンゲンじゃないね!」


「エルフっぽいよ!」


「モドキだ!」


 ああ、【妖精化】ね……。

 人間じゃないって酷くないか。


「じゃんじゃんもボクらと飛べるねー」


「シュギョーじゃ!」


「そうなのか」


 私もフェアリーリングを習得できるかもしれない、らしい。最低でもフェアリーの使うフェアリーリングに巻きこまれる体質にはなれそうである。


「星幽石は欲しいし、お前たちの言う修行もしたいが、ダンジョンはまた明日だな。今日はもう宿行きだ」


 デスペナ中だし、そもそも時間がヤバイ。

 そんな呟きを漏らすと、フェアリーズが食べかけのキャラメルを口に押し込んで何やら取り出した。


「フッフッフッ」


「テッ()レー」


みへみへ(みてみて)〜」


 まさかそれは!!


「「「ふぇーユーセキ(星幽石)ー」」」


「お土産〜」


「欲しがってたから〜」


 一人につき数個ずつ持って帰ってきたらしい。ドヤ顔で、褒めろとばかりにカラフルな小石を掲げている。

 お前たち……!


「よし、ついてこい。タルトをご馳走しよう!ワンホールだ!!」


「やったぜー!!」


「じゃんじゃんわかってるぅ〜」


「愛してる!」


 足取りも軽く、いつもの宿屋へ向かう。星幽石で何を作ろうかな〜。




名前(ネーム):ジャン・スミス Lv.25

種族:人間 性別:男性

HP:171

MP:189

STR:30

VIT:18

INT:15

MID:59

AGI:88

DEX:96

LUC:64


称号

【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】【探検家】【妖樹の友】


スキル

戦闘

【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性】【夜目】【逃げ足(初)】


魔法

【魔法陣(初)】【生活魔法】


生産

【細工】【採取】【料理】【木工(一)】【解体】【伐採】【書画】【調合】


その他

【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【木登り】【地図】【風の心得】【金の心得】【木の心得】【水の心得】【火の心得】【効果】【魔道具】【妖精化(初)】【指導】


特殊

【混沌】【手抜き】【六文銭】


備考

【妖精化】の影響により、体が変化に耐えられず死亡した(MP飽和からの放出、MP切れ)

【妖精化】の影響により、以後HPは増加しない


【妖精化】ゲットは【魔力制御】【魔法制御】のいずれかが必須。【魔力装甲】【魔力感知】【魔力自然回復】【魔法分解】【魔法無効化】などは【妖精化】の技にされます。とりあえず魔力・魔法系は妖精の管轄になります。

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