31 ハニートレント
背を向けると追ってくる。
ということは。
後退りすれば勝つる!ということですね!
という結論から、私はハニートレントと睨み合いながらバックステップを踏んでいる。華麗とは口が裂けても言えないが。もっと言ってしまえば、トレントには目などない、が。
ジッと見つめあう。
ジッと見つめあう。
……ん?なんか見覚えがあるような気がする。んな馬鹿な。
よくよく目を凝らす。
……あ!!
さっき剪定したやつじゃん!何番目か知らんけど。つまりどういうこと?
「あー、お前もしかして待ち伏せ?」
枝を振るトレント。どっちか分からんな。つうか言葉が通じていることに驚きを隠せない。
「肯定ならイエスを、否定ならノーと返せ」
沈黙が帰ってきた。枝が暗雲を背負ったように垂れている。
すまん、そう言えば話せなかったね、君。
「肯定なら枝をふれ、否定なら動くな。理解したか?」
枝を揺らすトレント。意思疎通は可能なもよう。
「お前は待ち伏せした」
枝が揺れる。
「なんで……って聞けないのがなあ。えっと、蜂の巣が邪魔で取ってほしいのか?」
沈黙。
「えー、水が欲しいとか?」
沈黙。
「窒素が足りない?」
沈黙。
「日当たりが悪くていい場所探してる?」
沈黙。
「葉緑体が足りないんだな!?」
沈黙。
「んー、他になんかしたっけ」
めっちゃゆさゆさ枝を揺らす。しばらく考えこんでいると、ポージングしはじめた。
「わかった!ポージングの批評がほしいんだろ!?」
またピタッと止まった。違うらしい。
暫くすると、ポージングを再開する。……心なしか枝の断面がアピールされている?
「あ、剪定してほしいのか?」
超揺れてる。根っこも振動している。トレントのコサックダンスが見られるとは思わなかった。蜜玉いくつか飛び散っているけど、良いのか?
ストーキングの原因がわかったので、早速剪定を始める。本人(?)が切ってほしい枝を揺らしてくれるので大変楽チンである。
枝の途中から揺らすとか、もはや器用すぎて何も言えない。人間に準じて例えると、足の小指だけ動かして他は微動だにさせないレベル。
このトレントがいかに器用かわかるだろう。
正直、剪定は所詮素人の私では切らないような太い枝とかもめっちゃ揺れてた。え、本当にいいの?みたいなの沢山切ってる。
で、貰ってる。枝についてた蜜玉も貰ってる。蜂の巣も貰ってる。なお、蜂はみんな近所の巣に引っ越している。
揺らされる枝が無くなったところで地面に降りる。
見上げると、心なしか剪定前よりトレントがイキイキとしていた。
《意思疎通及び相互扶助による好意が確認されたことにより、【妖樹の友】を得ました》
あー、なんか生えたけど疲れたー。ポキポキと体の節々を鳴らしつつ凝った体をほぐす。
さーて、街に戻るかーと振り返ると、そこにはハニートレントの群。
は?
「まさかコレ全部剪定すんの?」
思わず本音がこぼれ出た。
すると普通の木だと思ってたやつまで枝を振りはじめた。
さながら昨今のまとめ売りアイドルのようである。揃ってるところがニクいね、この。
嘘おおおおお……。
フッ、燃え尽きたぜ、真っ白にな……。
「あ、じゃんじゃんおかえりー」
「よ、ただいま」
宿屋で腹ごしらえしていると、ギーメルの街おなじみのフェアリーたちがやってきた。
「お菓子ちょうだーい」
「ボクら今日がんばったよ!」
私の盆の先に立って、両手を皿のようにして差し出す。
「ふぅん。何したんだ?」
彼らの近くにムースを置いてやると、それに欠食児童のように群がる。蟻と例えなかっただけマシなはずだ。
「んっとね、精霊獣のお世話!」
「あと結界の補強!」
「迷子のメロディ〜」
……思ったより真面目な仕事をしていたことに、私は内心甚だ驚いている。
おい、クリームついてるぞ、額に。教えないけど。
「歌うのか?」
「楽器も使うよー」
「僕は笛〜」
ぴょろろ〜と間抜けな音を披露してくれた。
他にも小型のハープとかリュートとか、木製の楽器は色々あるようだ。金属製のものはトライアングルとベルくらいしかない。
「そういう楽器ってどこで手に入れるんだ?やはり同じフェアリーが作るのか?」
フェアリーたちが使うだけあって、ミニチュアサイズの楽器たち。しかし本当によくできている。
「ディオディオが作ったの!」
「ボクらに作れるわけないじゃーん」
「金属のはザイーンの街で買いつけるよ!」
「セイユーコウセキで作るるるー」
根気強く話を聞いていく。こいつらの話は案外バカにできないのだ。
「つまり、楽器が杖ってことか?」
「そうだよー」
「無くても使えるけど。ボクらユーシューだし!」
一人が笛の開口部あたりを見せてくれた。彼らの爪ほどの小さい石が嵌まっている。
「ディオディオがね、これがだいじって言ってたー」
詳しいことはわかんなーい、と大変可愛らしく告げられてしまった。しかし知りたい。
ということで、明後日あたりディオディオ氏、もといラームス氏を伺おう。
明日は紙漉き職人のパスピール氏を訪ねるのでな!
「ふむ、お前さんフラスクに気に入られたのか。珍しいのう」
出迎えてくれたのはディオディ……ラームス氏と違って清潔感に溢れた穏やかそうな御仁である。……若い青年の姿で老人のように話されると戸惑うのは私だけじゃないはずだ。
「どれ、お前さん紙漉きするかの?」
「良いのか?」
現実では然程上手くない。いや、普通の人間は大抵そうだとは理解しているが、人生で四回は体験した身としては、全くの初心者よりは上手くやりたいところ。
「これは街の北のコーゾトレントとマシ草の内皮をほぐしたものと、グリーンスライムの粉末を魔力水で溶いたものを混ぜたものじゃ。他にも薬品を入れとるがの」
ここで出てくる餅。どうやら本来は糊のような役割らしい。道理で食えないはずである。
いや、小学生の時使っていた糊が古米や輸入米から出来てるのは知ってるけども。窒息させられた私の身にもなってほしい。
「特別な魔法陣用の紙には、もっと質のいい内皮を使わねばならぬ。今回は市販用のなのでの、破れた魔法紙も再利用じゃ」
じいさん(仮)はサクッと、実に簡単そうに見本を見せて、私にも同じようにやるように指示する。
「一朝一夕に身につくものではあらぬ、気にするでない。……とは言え、お主見事なほど才能無いのぅ、これでは儂の仕事を押しつけられん」
異世界も残酷でした。ちくしょう、上げて落とすな〜〜!
見本として漉かれた紙と比べると、分厚くて毛羽立ち、所々裂けかけている。同じ環境で作ったとは思えないな!
「なんでそこで力を入れるのかの?とにかく、乾いたらくれてやるから一週間後に来るが良いぞ」
現実だともう少し時間がかかるものだが、魔法でどうにかするのかね?
私のあまりの使えなさに諦めたのか、実に手慣れた動作で紙を漉いていく。むぅ、腰か?腰の使い方なのか?
みるみるうちに木枠内の余分な液体が消え、あっという間にささくれず滑らかで薄い紙(乾燥前)が出来上がる。なんで破れないのか!
つんつん触ると破けた。やっべ。
「ぐっはあ!」
「どうした!?」
バレたかと思って振り返ると、パスピール氏が腰を押さえて蹲っている。さっきまで完全に私を放置してザバザバ紙を作っていたのに。
「……魔女の一撃じゃ」
でしょうね。
私はいつぞやのパチプチの木の実をそっと差し出した。
これで私が紙を一枚駄目にしたこと、見逃してくれないだろうか。
名前:ジャン・スミス Lv.25
種族:人間 性別:男性
HP:171
MP:189
STR:30
VIT:18
INT:15
MID:59
AGI:88
DEX:96
LUC:64
称号
【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】【探検家】【妖樹の友】
スキル
戦闘
【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性】【魔力武装】【夜目】【逃げ足(初)】
魔法
【魔法陣(初)】【生活魔法】
生産
【細工】【採取】【料理】【木工】【解体】【伐採】【書画】
その他
【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【魔力制御(初)】【木登り】【地図】【風の心得】【金の心得】【木の心得】【水の心得】【火の心得】【効果】
特殊
【混沌】【手抜き】【六文銭】
備考
【妖樹の友】
植物系のモンスターと簡単な意思疎通が可能。アクティブだろうとなんだろうと、基本襲われない。襲えば反撃されるけど。