24 ヘエの街へ
メールが来ている。誰からだろうか?
現実とは違って、ログイン時の目覚めは至極爽やかだ。既に意識は明瞭である。
なになに、サカイくんから?
『ダレスの街へ行きませんか?集合は明晩、現実の七時です。今回は鍋さんを誘い、さらに戦闘職を二人雇いますから護衛料を徴収しますが、それでもよろしければ一緒にいきませんか』
了承のメールを送り、私は昨日鍋さんから仕入れた情報を元にヘエの街に向かう。
魚介料理も楽しみだが、潮風に強い木材も気になる。
それなりに柔らかい朴や松なんかがあると嬉しい。勿論、こちら限定の木材も加工してみたいが、ぶっちゃけ彫れればいい。
鍋さんによると、ベスの街を更に南下した林の中、こちらの世界の夜にのみ出現するらしい。行動し始めて早々に【夜目】を取得した。便利。
現れるコウモリと妖精を斬り捨てながら、教えてもらったポイントへと急ぐ。
ベスの街あたりの魔物は、魔法がよく効くけれど物理が全く効かないというわけではない。そして刀に魔力を纏わせるという気合いを込めて振るえば、物理も魔法程ではないにせよそれなりの攻撃力を発揮する。
教えてくれたフェアリーたちに感謝だな!
《条件を満たして発動に連続百回成功したことにより、【魔力武装】を得ました》
マジ感謝だな。相変わらず、多少やり易くなった以外の違いはないんだが。無いよりマシ、か?
《熟練度が限界に達しました。【魔力制御】は【魔力制御(初)】に変化します》
(初)って何!?
……スルーでいいかな。いいに違いない。多分気にしたら負けなのだ。
「そろそろか?」
目を凝らすとうっすらと鹿っぽいシルエットが浮かび上がる。二本の角が一体化して、大きな三日月のようになった白い角が特徴的だ。
まあ、魔法の使えない私が一人で行くのは無謀だとは言われたのだが、最初の熊は一撃だったし(たまたま)、友人もいないし(目逸らし)、【魔力武装】も手に入ったし(計算外)、行けると思うんですよ!
決して考え無しではない……はずだ!
影が薄くなるように念じ、鹿の背後へ。
あれ?バレてる?ロックオンされてる?
げっ、こっち来た!速い!
すれ違いざまに首を切りつける。
あっぶな。もう少しで脇差が吹っ飛ぶところだった。
急いで振り返ると、警戒しているのか再び突進してくることはなく、その優美な角から闇の刃を無差別に飛ばしてくる。
仕方がないので、直撃しそうな魔法だけを切りつつ鹿に走って近づいていく。
いや、防御しようとしたら魔法が切れたんだ!知らなかったけど助かった!
「はあっ!」
思い出せ剣道の授業!
助走の勢いを殺さぬよう、首を目指して脇差を振り抜く。
……刀の扱い、やっぱりどこかでやるべき?でもなぁ。
今度はそれなりに肉を斬った手応えを感じたが、引き換えに私のHPも随分削れている。
どうやら攻撃を受けていたようだ。しかも継続ダメージ系のやつである。
そして再び向かい合い、互いに動かない。
鹿は傷から、時々血を噴き出している。
私もジリジリとHPが削れていく。
どれくらい時間が経ったのか定かではないが、終わりは唐突に訪れた。
鹿が光に変わったのだ。闇夜に溶けていく淡い光はいっそ切なくさえあった。
《クレセントディアを倒しました》
《ヘエ・転移許可証を得ました》
センチな雰囲気は木っ端微塵です。どうしてくれよう。
しかもなんだかあちこちが痛い。回復薬を呷りつつ、なんとも言えない虚しさを噛みしめる。
「あちゃー、装備がヤバいな?」
ギリギリだったHPを回復させ、己の姿を見下ろせば、大分くたびれていた。
魔法に被弾していたらしく、あちこち服は裂け、何より鹿と自分の血で赤黒くなっている。黒いベストはそれほど目立たないかもが、白いシャツが見るも無残な有様だ。
「【洗浄】……うん、使えるようになっていて良かった」
とりあえず血糊は落ちた。これ、油汚れとか墨汁とかタバコの臭いも落とせるんじゃないか?
現実に欲しい。
サクッと初期に買った古着になる。……なんだろう、この実家に帰ったような安心感。落ち着く。
白み始めた空の下、テクテクとヘエの街方向に歩きつつ、クーゼさんに服を依頼するメールを送る。
既製品でいいからあるといいなあ。
林の地面がだんだんと湿ったものになり、木の密度が上がって植生もガラリと変わった。流石ゲーム。
今歩いているのは南国の森、といったところか。果物も豊富だ。適当に捥いで朝ごはんにする。甘い。幸せだ。
モンスターすら亜熱帯特有の色鮮やかな色合いである。まあ切るんだけど。
赤とか青とか緑とかの鳥って、なんだか不味そうだと思うのは私だけだろうか?南国のGとか虹色なんだぜ?
なんで虹色のGの話をしたかというと、今戦ってるんですよ。速いよ滑るよキモいよ〜。
パキッ。
ふあ?脇差折れた!?折れるの!?
おい、私に素手でGに触れとでもいうのか!?
迫り来るヤツにポーチから掴んだ硬いものを投げる。
運良くヤツに直撃し、パリンと良い音がした。薄い褐色の液体が広がる。
油の瓶だったか!高かったのに!
……油が気門にでも入ったのか、Gはウゴウゴモゾモゾする以外動けなくなったようだ。
そう言えば現実では洗剤垂らして窒息死させるな、と遠い目になる私。ただ、ゲーム仕様なのかしぶとい。緩慢になっているとはいえ、まだ生きている。
「……【着火】」
おー、よく燃える。油虫と言うことがあるだけあるな。もちろん掛けた油のせいもあるのだけど。
しばらくすると光に変わって緩く弾ける。
なんだろう、この遣る瀬無い気持ち。
ドロップアイテムを一応確認すると『虹油虫油(食用)』。
誰が使うかっ!?
思わず地面に叩きつけてしまった。……ちょっと勿体なかったか?いやそんなはずは……。
溜息を吐いて、初期装備の短刀を出す。無いよりマシだろう。
地図を見る限り、そろそろ森を抜けるはずだ。
街道に戻らなかった私が悪いと言えばそうだが。
潮風の匂いもするし、波の音も聞こえる。
折角なので走っていくと、割とすぐに森は切れ、崖の下に真っ白な壁にオレンジ色の屋根の家々が現れた。
朝日にきらきらと輝いて綺麗だ。どちらかというとリゾートっぽいのだが、港町で良いのだよな?
うん、地中海沿岸ってこんな感じだろうか?
しかし問題はそんなことではない。どうやってこの崖を降りるかだ。
街道を無視して直線で来たのが良くなかったのだが、今更回り込むのも面倒。しかし門で手続きしないといけないという。
門が少し小さいけど見えているっていうのが、余計に面倒さを助長している。
【空駆け】を使えばいけるのではないか?
余りの面倒くささに、後になって振り返れば気が触れたとしか思えない判断だったのだが、私には物凄くすばらしい思いつきに思えた。
助走をつけて、門の見える方向に飛び出し、四、五歩、大股で空気を蹴っては放物線を描きながら落ち、また四、五歩走っては落ちるを繰り返していく。
余りにも上手くいき、空を蹴るのがたのしくなって、私は前を見ていなかった。
その結果、進行方向にあった高い木にぶつかった。
気がつくと、既に三回くらいお世話になっているベスの街の神殿だった。
どうやらそのままバランスを崩して地面に激突した……?
たぶんそう。
《戦闘以外の原因で死亡し、かつ死亡時点での前例がなかった死因が五つになったことにより、称号【黄泉の道化師】を得ました》
長い。そしてこれまた大分ヒドイ称号だ。ただ、称号効果で生えてきたスキルがよくわからない。
【六文銭】……?
名前:ジャン・スミス Lv.24
種族:人間 性別:男性
HP:168
MP:182
STR:28
VIT:18
INT:15
MID:56
AGI:86
DEX:94
LUC:63
称号
【混沌神の玩具】【運命神の憐憫】【怠惰神の親愛】【無謀】【マゾ】【命を弄ぶ者】【妖精郷の歓迎】【黄泉の道化師】
スキル
戦闘
【盾】【刀】【奇襲】【会心の一撃】【空駆け】【バランス感覚】【毒耐性】【魔力武装】【夜目】
魔法
【魔法陣】【生活魔法】
生産
【細工】【採取】【料理】【木工】【解体】【伐採】【書画】
その他
【運】【薄影】【痛覚耐性】【読書】【識別】【魔力制御(初)】【木登り】【地図】【風の心得】【金の心得】【木の心得】【水の心得】【火の心得】【効果】
特殊
【混沌】【手抜き】【六文銭】
備考
魔物のフェアリーは無表情で青白い肌をしており、目が紅いです。
住人のフェアリーは迫害された歴史がある……のか?
三日月鹿
濃紺の体毛に白の斑点が浮かび、途中で一つに繋がった大きく反った角が特徴。月鹿の上位種とされる。
【痛覚耐性】
戦闘時、戦闘に支障のないように痛覚を制限する。戦う意思がないと発動しない。
【運】
±50%の範囲でステータスのLUC値が一日毎に変化する。その日のLUC値は占術系統のスキルでしか判断できない。(今日は結構高めの補正だったようだ)
たぶん書き忘れてた設定(主人公は興味を持ってないため、作中に出せない)
【解体】持ちのプレイヤーは現実準拠の死因も適応される。
例:首をはねられる
【解体】なし:HP-100(数値はVITによる)
【解体】あり:HP全損(防御力ナニソレ美味しいの?)