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21 ギーメルの街1



 しかし、目の前は崖……というか滝なんだが、進めなくないか?

 もしやあるあるな感じで滝の裏ですかね、道はないのだが、泳げと?あのスライム出たあとに滝壺に飛び込めと?怖いわ。


 まあ、跳ぶんですけど。

 【空駆け】便利だわー。出来るだけ滝に寄ってジャーンプ!空気を踏んで一歩二歩。


「グエッ」


 どぼーん。


 岩壁に鼻打ってそのまま滝壺へぶちこまれる。


 息ができなっっ……あ?


「息できるな……?」


 よくよく周りを見ると白緑色に発光するキノコとコケにまみれ、所々木の根が覗く素敵洞窟空間だ。背後には小さな祠、前方には獣道が続いている。


 うむ、とりあえず祠に手を合わせておこう。供物は、あー、さっきもいだ山桃でいいかな。美味しかったし。すげえ毒々しいショッキングピンクに水色の斑点があるやつ。

 ……やめとこう、普通の花でいいか。


 うん、スズランはベストマッチだな!ナイス判断私。

 南無南無と手を合わせて出発。まあ獣道に沿ってキノコを毟りつつコケも採取するのですが。

 【読書】【識別】タッグがね、高く売れるよ!と囁くのですよ。

 お、シー茸。君もいたのか。地味だけど食用できるの君だけだね、この辺。後で焼こう。


 十分もしないうちに洞窟から出た。眩しいぜ……ということもなく。まだ獣道があるなあ。霧も濃い。


 しばらく獣道に沿って進むと、ぽつんと小屋が立っている。近づくと弓の手入れをする青年が一人、丁度よく窓際にいるので道を尋ねる。


「すまない、ギーメルの街はどこだ?」


 とりあえず現在置もわからないのだけどね!さすが迷いの森と呼ばれているだけあるな。


「……身分証と、ギーメルの街に住む者への紹介状は持っているか」


 すんげー冷たい声音のお兄さん。よく見ると超がつくくらいのイケメン……っていうかエルフじゃん。エルフっ!?生!?


 思わず二度見しそうになった。

 とりあえず素直にギルドカードと随分前にフラスク老にもらった製紙職人と木工職人宛の手紙を出す。

 ……フラスク老?街に入るのに紹介状とか必要なんて聞いていないぞ?もらっていたけども!忘れてたよ!


「……ジャン・スミス、紹介状はフラスク殿からか。……うむ、通ってよし」


 青年エルフがちゃちゃっと確認して腰に差していた杖を振ると霧が晴れていく。……おー、ふぁんたじー。


「信心深き者よ、ようこそ妖精自治区・ギーメルの街へ」


「世話になる」


 軽く会釈して、緑に紛れ込んだ街に入る。なんか緊張するなー。


 エルフの里と聞いて想像するよりは重い感じだ。

 林立する大木を傷つけないように、奇妙な形の住居が纏わりつき、屋根や外壁にコケやシダが生えまくっている。そっと差しこむ光と漏れる灯りが何とも幻想的だ。例外は集落の中央部、ここだけは開けていてとても明るく、スポットライトに照らされた舞台のよう。


 でもってギーメルの街は妖精の街のようです。

 正統派のエルフとドワーフとフェアリーが居ます。街の木々には小動物が体を休めていて、アニマルセラピーをしていそう。こう、平凡人間の私が凄まじく異物です。


《お知らせします。ギーメルの街に到達したプレイヤーが現れました》


 うん、私だー。とりあえずサカイくんに連絡しておこう。イェーイ、っと。


「なあなあ、地味な兄ちゃん、どこからきたんだ?」


「ねえ、お菓子持ってない?」


「甘いものね!」


 なあなあねえねえの大合唱団が私を襲ってきた。フェアリーだ。手の平より一回り大きいサイズの翅の生えたカラフルな妖精たち。

 とりあえず、まず一つ言わなければならない。


「髪を引っ張るのをやめてくれないか」


 ハゲる。


 なぜか頭に乗られたり肩にしがみつかれたり大人気です。もはや集られているレベル。懐っこいと可愛い。顔面が大分締まりのない感じになっていると思われる。


「ここに来る途中でもいだ山桃があるな。刺激的な味だったぞ?」


 お供えしなかった桃を出した。炭酸のように弾けるのだ。しゅわしゅわ。


「それ毒じゃん」


 え、マジで?

 物凄く微妙な顔を一斉に向けられて、かなり凹む。


「兄ちゃん、馬鹿なの死ぬの?」


「甘いものー!」


「おかし!おかし!」


 衝撃の事実。食べたであろう私の心配より、お菓子コール。まあ、小動物みたいで可愛いから許す。毎日やられたら多分キレるが。


 菓子かー、なんかあったかなー。これはどうだろう?


「ゼリー食うか?」


 取り出したのは、一口サイズのオレンジのスライムが犇めく瓶詰め。先日鍋さんから買ったやつだ。


「スライムじゃんー?」


「食えないじゃんー?」


「アホなんじゃんー?」


 あざとい。

 順番に首を傾げて実にけしからん。もっとやれ!


「ふ、これは毒じゃない。星渡りの旅人の料理人に売ってもらったやつだ。味は保証する」


 まだ食べてないがな!


「ふーん?プニプニ〜」


「いただきまーす」


「あ、意外とおいし〜」


 彼らは両手で必死にゼリーを抱え、目をキラキラさせている。どれ私も一つ。ウマー!


 いつの間にやら十人くらいに増えていたフェアリーズが満足そうに昼寝を始めた。私の頭と肩の上で。積み重なっていると思うのだが、よく落ちないものだな。


 とにかく依頼のものを渡してしまおうか。

 ええと、【魔導具店ピヌス・コニス】?ピヌス・コニス、ピヌス・コニス……。大通りにないな、裏通りか?


「兄ちゃん、ディオディオの店はあっち〜」


 寝ぼけまなこの妖精一人が指差した。ディオディオ?宛名はラームスと書いてあるのだが。


 妖精ナビに従って進むと、たしかに【魔導具店ピヌス・コニス】があった。看板がかなり苔むしていて読むのに苦労するほど。ナビに感謝だな、一人では確実に迷子だっただろう。


「ありがとな」


 礼は言ったものの、聞こえているのかいないのか。

 年季の入った扉を開けて店に入る。カラン、と寂しげな音が鳴った。

 見回せば薄暗いが、きちんと掃除は行き届いており、埃もたたない。


「こんにちは」


 人いねえ。

 おかしいな、開業中の札が掛けてあったのだが。


 それはともかくとして、壁に掛けてある杖が素晴らしいな。一見、ごく普通の枝をそのままヤスリにかけただけのようだが、木目から判断するに角材から削り出している。ここまでリアルに出来るのか……、私も精進が足りない。

 この店の杖は自然(ありのまま)に見せかけた彫刻の杖が多い。何の変哲も無い加工前の種々の木の枝が飾られているようで、実際は高度に人工的な完成された芸術品だ。


 目覚めたフェアリーたちを、ストレージから発掘した金平糖や飴玉で餌づけしつつ、目の保養をして待つこと二十分。


「誰だ」


 またしてもエルフの青年です。無愛想かつ無精髭を生やした残念臭漂うエルフですよ。寝癖も酷いね。どうやったら左側が絶壁になるんだい?


「ディオディオ〜、お客さん連れてきた〜」


「褒めて褒めて〜」


 フェアリーが数人エルフの青年に集……ろうとして帰ってきた。どうも臭かったらしい。


「ディオディオ、水浴び行きなよ」


「お嫁さんいつまでたっても来ないよ〜?」


「大きなお世話だ。そしてラームスと呼べと言っているだろう、何度言ったら覚える?体だけでなく脳みそも軽いようだな?」


 顰め面もイケメンですね、羨ましいです。

 とりあえず用事を済まそう。


「私はジャン。フラスク老の依頼で来た」


「……」


 すげー嫌そうな顔に心が折れそうだ。


「ディオディオ〜、ご挨拶ぅ」


 フェアリーってめげないのな。私の頭の上からなのがちょっとばかり頂けないが。


「……ラームス・ディオニシウスだ。品物を置いたら帰れ」


「わかった。店にはまた杖を見に邪魔すると思う」


 フラスク老から預かっていた手紙を渡し、薬品をカウンターにドサドサ置く。

 ……あのジジイ、結構な量を持たせたな?ただだと思いやがって!いや、世話になっているのがこちらなのは確かなのだが。


「……お前は魔法を使うようには見えないが?」


 品物を確認しつつ、手紙に入っていたらしい受領証にサインを入れる。私を横目で見ながらやるとは、なかなか器用なヤツだ。


「スゴイな、わかるのか?私は木工師の端くれだ。杖を作ったことはほぼ無いが、ここの杖は素晴らしい。矯めつ眇めつじっくり鑑賞(ぺろぺろ)したい」


 なんかひかれたんだが。傷つく。


「あ〜!ディオディオ照れてる〜!」


 ディオディ……ラームスがとんがった耳を赤くしていた。エルフとは思えないほど短い髪のせいでフェアリーたちの言葉が本当だとわかる。にやにや。


「黙れ貴様らっ……!出て行け!!」


「きゃ〜!」


 追い出され、背中に受領証を投げつけられた。一緒に投げられたフェアリー達はニコニコ笑顔だ。なんか色々どうでもよくなる類の無邪気さ。


 私は妖精ナビに従って、本日の宿屋を目指すのだった。




備考

青斑桃(せいはんとう)(ブルードットピーチ)

斑点が濃いほど幻覚・幻痛作用のある桃。依存性あり。主人公が口にしたのは早生(多分)でも未熟なもの。


ギーメルの街解放条件

・ギーメルに住む人宛の手紙や推薦状などを持っている。持ってないとスライムの棲む滝壺すら出ない

・ボスクリア後に滝壺に入ると送られる祠に手を合わせるなりお供えをするなりして、神仏を信じてますアピールをする。しないと延々と洞窟を歩くことになる。

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