歯に何か詰まったような疑問符。【前編】
「おはよう〜澪。」
私は校門をくぐる見知った姿に声をかける。内側にすらりと巻かれたショートヘアーは私の方を向くのに靡く。
「あれ、詠!おはよう!今日は暑いね、汗かいて嫌になっちゃうよ」
「今日が今年初めての夏日らしいからねえ、日焼け止め塗った?」
「あ、塗ってない」
案の定塗ってない澪に私は日焼け止めを渡す。店で売られている一番メジャーなやつだ。
「助かるう!さすが詠!」
「澪がズボラなだけだから。普通塗ってくるから。」
私たちはそんな話をしながら校舎に入った。
「じゃね〜詠!また帰り〜」
「は〜い」
私と澪は違うクラスだから授業は一緒に受けられない。この学校校則はそこまで厳しくないし、バイトも免許も大丈夫な学校だからだいぶ気に入ってるがそこだけが玉に瑕だろう。別に澪以外に友達がいないわけじゃないが、やっぱり澪といる時間が一番楽しかったりするのだ。
(ぐ〜〜せめて、隣のクラスなら会いにこれるのに、私の2-1が一番端にあるせいで澪のいる2-5まで遠い…)
そんなことを考えながら仕方なく私はいつもの自分の席に座った。
「あ、詠ちゃんおはよう〜」
「おはよう、しのちゃん」
しのちゃんこと東雲風華。もうこの子は肌が綺麗で、まさしく小野小町のような日本美女と言った感じだ。名前もザ・侘び寂びって感じだしね。この子は私がこのクラスで唯一…おっと、数ある話せる仲の友人としては有望な彼女だが、仲がいいかというと…。
挨拶をするだけすると風華はすぐさまほんのりぼろっとしたノートにゴリゴリと数式を描き詰めていく。参考書は三年生用の数学の参考書だった。偏差値の高くないこの学校に置いてそれは決して当たり前の光景ではなく、私以外の生徒は風華に一目置いていた。
まあ私は澪以外に話せる…おっとこのクラスではしのちゃんと仲がいいから邪魔しない程度に話しかける。
「しのちゃんは、理系で受験するの?」
私が質問すると礼儀正しいことに手をとめ体ごとこちらに向けて話してくれる。
「…うん。私頭が元からいいわけじゃないから苦労するかもだけど、お父さんもお母さんも理系だから…なりたいなあって」
「あ、そっか」
(うわ、この娘かっわいい、なんていうのかな庇護欲?みたいなの刺激されるんだけど???娘に欲しいな)
自分の思いを口にする彼女はやや猫背になって、俯きがちになり、両手を握りしめて恥ずかしそうに呟いた。
それをみて私は…
(あ、なんかよだれ出てきちゃった…。)
午前の授業が終わり、垂涎の風華とご飯を食べようとした時、白いガラケーが震えた。
「ちょっと待ってて、しのちゃん電話出てくる」
「あ、わかった、待ってるね」
(うん、早く帰りたいよ、貴方のお母さんになって!)
2-1のすぐ隣にある階段の踊り場で私はポッケからガラケーを出して電話に出る。
「よいしょ、まだ喋らないでね、今公共の場、多分喋れて3分、どうぞ」
私は淡々とそう述べてから電話口の相手に喋るのを促した。
「…葵です」
「あ、ごめん、葵さんてっきり仕事かと。」
「いいわよ、油断しない貴方の様子をみて安心したわ。」
少し葵さんが呆れた様子で言う。
「時間がないので端的にいうわ。今回の米村の暗殺まずいことになったかも」
「…ばれた?」
「いや、あそこまでやってるんだもの。少なくともまだ時間的余裕はあるわ」
「つまり、時間次第ではばれると」
「ええ、それに一番の問題は米村議員の失踪を受けて警察が本気の捜査を始めてる。」
「誰が頭で動いた?」
「単本部長。」
「うお〜〜ビッグネームじゃん」
「もちろんそれだけでもやばいけど、今回は皆木警視庁捜査第一課長が捜査を率いている。」
「つまり、迷子の迷子の米村じゃなく…」
「そう、殺された、と判断して警察は動き出したってことよ」
今回問題なのは単本部長の方ではない。こちらはあくまで警察の本気度を表している指標としてしか用いれない。そもそも捜査の頭なんて、実際現場に出てくることはない。たださすがに本部長が率いると手筈はいいものだけど。問題は実際に現場に出てくる皆木。
「皆木、ねえ」
「何?…もしかして黒い?」
「…感だから、全然確定してないから。でも探りは入れて欲しい。」
「わかったわ」
「じゃあねえ」
そうして電話を切るちょうど3分ほどだ。
皆木慎二。出身は福島県。自分を田舎者と卑下し、捜査には絶対の自信は置いてないそう。昔探りを『白服』で入れてもらったらなんかそ〜〜んな感じのあまりの八方美人ぶりが出てきた。探りを入れても入れても綺麗な物しか出なかった。総評としては八方美人を生かして昇進した敏腕刑事。
「…けど女性関係あたりもっと汚いのが出てくるのが、今時の大人達なんだけどねえ…」
澪とも別れ、自宅の最寄り駅に向かうためホームで電車を待っていると電車が来た。
(あれ?今日はそんな混んでない…!?座れる!)
そう思い私は空いてる席に座った。昨日仕事があったからか、少しばかり疲れていた私は、気づくと寝ていた。
起きると私は最寄駅の隣の駅に着く寸前だった。
(やっべえ、寝過ぎた…。てか寝過ごしてるし。)
そして今日は私がご飯を作る番だ。
急いで帰るともうすでにお父さんはいなかった。リビングに行くと置き手紙と、5000円札がおいてあった。
すまんな、詠。
今日、やっぱりきて欲しいって同僚に言われてな。少し家を空ける。三日で帰ってくる予定だ。
家の家事やらも中途半端になっているかもしれない。すまないがそこを含めて家の諸々を頼んだ。
これはお詫びだ好きに使ってくれ。もし怒ってなければ三日後の夜味噌汁だけでもいいから作って欲しい。
「…ちょうどいいかな、皆木に探り入れてみようかな」
私はガラケーを取り出し、ある番号にかける。
「あ、繋がった。仕事忙しい?葵さん」
「おう、相良。すまんな休暇中に呼び出して。」
警視庁本庁の一室にて皆木と相良は落ち合っていた。
「で?俺にしかできない話って?」
「まあ、実は上の連中はどうやら知ってるっぽいんだよな、俺はその話を盗み聞きしたに過ぎないんだが…。どうやら裏の人間が暗躍しているらしい、んだよな」
「裏の人間って?」
「そりゃいっぱいいるだろうよ。けどな今回はあるとこと繋がりがあるって単本部長が言ってたんだよ」
「どことだよ?」
「どうやら加賀組の連中が暗躍しているらしいんだよな」
「加賀組って…」
加賀組とは指定暴力団に属する暴力団隊の一つ。現代日本には三つの指定暴力団がいる。加賀組、江戸組、千秋組。
加賀組はこの三大勢力のうちで最も大きな人数を抱えている暴力団体。日本には支部が五万とあって警察が最も警戒している暴力団隊である。
「昔、加賀組は江戸と争って、大勝を納め江戸組はかなり規模を小さくし、一方の加賀組は勢力を増した。」
「その加賀組が、米村議員を…?」
「そういうふうに上が言ってるのを聞いた。本当がどうなのかは知らない。けど捜査の一対象としてみるべきだと俺は考えている。」
「しかし、なぜそれを俺に…?」
「それは、もちろんお前を一人の敏腕刑事として俺が頼りにしているからだ。一人でこの秘密を抱えていても解決もできやしないし、せいぜい俺が夜な夜な悩んで寝つきが悪くなるだけだからな」
そう皆木は俺にまっすぐと語りかけたのだ。
私は家で機嫌よくご飯を作っていた。先ほどの五千円を使ってまた買い物に行った私は誰もいないリビングにはたくさんの料理が並べていく。前回よりはうまくなったと言わせるために私は息巻いて料理を並べていく。オムライス、チキン南蛮、トマトハンバーグが食卓に二人前ずつ。茹で上げたパスタを炒めた野菜の入ったフライパンに移そうとした瞬間に、チャイムが鳴る。どうやら本命のお客さんが来たようだ。
「仕事お疲れ様!葵さん。」
「あ〜〜、もう仕事でまた怒られた慰めてえ、詠ちゃん」
そう言いながら流れるように私に全体重を預ける。私はそんな葵さんを抱えながらとりあえずドアを閉める。
「詠ちゃん私より身長も小さくて細身なのに、なんて安心感…」
「私の肩で寝ようとするのやめてくれます?早くソファ…の前に手洗ってきてくださいよ?」
「は〜い」
そういうと葵さんはのっそりと私から離れていった。私はその間に葵さんのトートバッグを取ってソファの近くに置いてあげる。そうしてまた台所に戻ってパスタと野菜を作っておいたソースとあえて炒める。
「わあ、いい香り。また腕をあげたの?詠ちゃん」
手を洗った葵さんがそう言いながらビールを開け始める。
「それ、うちのやつじゃないですよね?お父さんにバレたら隠すの大変なんだからね!」
「買ってきたやつよ失礼ね!」
私はそう言いながらパスタを持ってくる。
「っていうか詠ちゃん少食よね?私そんなに食べれないんだけど…?」
「いいよ、お父さんが帰ってこない間の私のご飯になるから」
「なんだか、そこまでしてもらうと申し訳ないわね…。ありがとう詠ちゃん」
「いいって、葵さん家遠いのにきてくれたんだから」
そう言って二人揃っていただきますと手を合わせてご飯を食べ始める。
「早速だけどさ」
私がそういうとA4の茶封筒を渡してくれる。受け取ったその封筒はかなり薄いものだった。
「詳細はこの中に入ってる。概要だけ口で説明しちゃうね」
葵さんがいうには皆木慎二に怪しいてんは見つからなかった。この書類は今まで皆木がどのような事件に関わってきたか、どのように解決してきたか、それについて簡潔に述べられた書類だという。
私は茶封筒から出した、3枚の書類を見ながら葵さんの話を聞く。
「ま、基本的にはこんな感じ。申し訳ないわね、今日だけで調べられたのはここまで。」
「…ん〜〜ありがたいけど…やっぱりもっと情報がほしいね。次はちゃんと「仕事」として頼んでもいい?情報屋さん」
「…高いわよ…と言ってもきっとあなたにとっちゃ端金なのかもしれなけれど…」
私のような高校生からちゃんとした「仕事」としてのお金を取るのがあまり気が進まないのだろう。やや俯きげに葵さんはそう言う。だがしかし。
「葵さん、は全く、甘いね〜〜。私が今日買ってきたケーキよりも甘いね。私用の値段に下げようとしてたでしょ?」
葵さんは私の発言に呆気に取られている。
「葵さん私はこれでも【死人】と呼ばれた、世界有数の暗殺者だよ?その私に格安の値段だって??舐められたもんだね。こう言う時は普段のお客さん達より多めに取るのがセオリーだよ?」
私がそういうと葵さんは口角をあげて、
「そうね、太客からはがっつり取らなきゃね。徹底的に調べ上げてあげるから一千万出しなさい。それと私の分のケーキもあるんでしょうね?」
「もちろん。」
一週間が経ち、私は早朝に送られてきた葵さんの書類について考えながら学校に登校していた。何度か考えているがやはり何が目的なのかわからない、と言ったのが調査書に対する私の感想だった。
(結局お父さんも3日後に帰ってきたけど味噌汁だけ飲んで、寝もせずそのまま九州の方に出張だもんね…)
美味しく作ったからもっと味わって飲めばいいのになんて呑気なことを考えていたからだろうか、学校に着く直前まで気づかなかった。学校の直前の曲がり角にも関わらず学校の生徒が多すぎること、生徒達は学校に向かうでもなくなぜかだべっていること。流石にここまで来れば何かおかしいとは思ったが学校での明確な友達はしのちゃんと澪しかいないため、私はとりあえず角を曲がって学校の方に向かうことにした。そのまま角を曲がって学校に進もうとすると、校門には黄色いテープが貼られていた。
(…何これ?なんか事件でも起こったの?)
私は校門を除いた後、二階に目をやると……
(確か、理科準備室かな?…ブルーシートって、おいおい。まじ?)
何か嫌な予感がするが、兎にも角にも行ってみないことにはよくわからないと思い。先ほど以上に生徒がごった返す登校路を間をぬって、インキャ特有の影の薄さを使ってススッといくとなんとか校門近くまでくることができた。
校門近くまで寄ると、近くの警察署から来たらしいパトカーの数々、そして操作用テントが二基建てられていた。
何があったのか、不思議に思って私はさらに校門に近づいて中を覗こうとすると…。
「君!のぞきたくなるのはわかるが、立ち入り禁止と書かれている以上覗き込むんじゃない!」
やや、怒り気味にそう言われ仕方ないかと見を引き後ろから声をかけた人物に体を向け謝る。
「あはは、ごめんなさい気になっちゃって…」
笑った顔の薄めた目で何度も確認した。確認したことを悟られないように、しかしそれでも何度も確認した。
近くで見れば見るほどなんて事もない中肉中背の優しそうな、模範的な警官だった。そう、私は皆木慎二に話しかけられたのだ。
「気持ちはわかるが、決まりを守ってくれないと困る。規則を破るようなことはしないように。」
今度は怒ると言うより宥めるように言われた。
「は〜〜い」
私が適当に返事すると…
「ふふ、いい返事だ。すぐなんとかするから待っててね」
そう言うと皆木は何人かの平っぽい警察官を連れてテントの中に入ってった。
私はその一挙手一動作見逃さず、見たが…
(…やっぱり。こいつ自身は素人もいいとこだね。脳みその中で何考えてるかはわかんないけど…)
ま、他にも警察いるし、今はいいやと思い、引き下がってインキャらしく澪か、しのちゃんに寄生プレイをするために寄生主を探そうと後ろに下がろうとしようとして…
「あっ」
「あっ、ごめんなさ、…詠ちゃん?」
そこには心なしかいつもより少し顔色の悪く、俯きがちなしのちゃんだった。
「あっ私の大好きな愛む……アブネッ、しのちゃん!」
私が涎を垂らしかけながらしのちゃんに話しかけると彼女は泣きそうな顔でだが、少し落ち着いたような顔で私に話しかけてきた。
「今、あの、警察の人から話を聞かせて欲しいって…」
「あのさ、今日学校で何があったの?」
「実は…」
しのちゃんは優秀だ。毎日だいぶ余裕を持って学校に来ている。今日はさらに、いつもより早く学校に来ていたらしい。朝の自習が目的なのだが今日は別の事情があった。
「昨日の6限化学だったでしょ?化学の浅草先生に質問しに行ったんだけどやっぱりわかんなくて、そしたら先生、優しいからまた明日早く来てごらんって」
ここでしのちゃんの声には泣きが混ざって、とうとう泣くかと思った時彼女は私に抱きついてきた。
「えっ、…デュフお」
なんとかしのちゃんには涎をかけないように涎を撒き散らしながらしのちゃんを諭す。
「で、で?先生は?今日会いに行ったんじゃないの?」
しかし、しのちゃんは泣いたままで何も話そうとしない。ずっと私の腕の中…ヘヘ。
そんな極楽を味わいながらなんとかしのちゃんをなんとか宥めていたが、
「あの、その子東雲さんかな?そろそろ時間なのでテントの中に」
とんだ変態警察官が近づいてきやがった。こんな可愛い子が泣いてるのに一緒にテントの中って…!!泣いてるこの子を差し置いて自分を慰めてもらうなんて……!!実際涎を垂らしてる私とどっこいどっこいじゃないか!
と一瞬思ったがその私の目線を悟ったのだろう阿部という警察官は警察手帳を取り出して私に見せてきた。
心の中で盛大に舌打ちをして安倍という警官に私の愛娘を渡す。
「事情聴取、とはいえその子も被害者です。あんまり執拗に聞かないであげてください。」
「…わかっているよ。今から行うのは事情聴取だけじゃない。セラピストもいるから彼女の心を穏やかにするのももちろん忘れずにさせてもらうよ」
そう言う安倍にしのちゃんを渡し、さてどうしようかと考えていたら、校外にも響く外向けの放送で音声が流れる。
「今日、明日はとりあえず学校を休校にします。それ以降の予定についてはまた明日伝えさせていただきますので…」
この放送はやや嬉しそうな声と不穏な雰囲気を私たち学生に流したのだ。
「え?学校で殺人事件?」
「うん、私の学校で今日。殺人事件は憶測だけど多分本当…」
「あ、本当ね」
「?どう言うこと」
電話口で急に先ほどまでの疑念が真実になったかのような話ぶりに私は疑問をぶつける。
「ふふふ、あなたもあなたよ、詠ちゃん、私だって情報屋の端くれ。たった今情報が入ったわ。あなたの学校の〇〇学校の理科教諭が殺人にあったってね」
「ほへー」
「むー、信じてないでしょ!」
私が興味なさげに返事するとむくれたように年甲斐もなく葵さんは返事する。全く今年で何歳なんだか。
「ってかまだ午後2時半だよ?どうやって電話してんのさ」
「タバコ休憩よ」
「吸うの?」
「吸えないのよ」
「なんだそりゃ」
そして結局4日後に始まった学校。私は今日も気だるげに登校していると、私の愛娘しのちゃんの背中を見つける。
何気なく私は話しかけようとして携帯を確認する。時刻は8:22遅刻はしないだろうけど朝の朝礼は8:30から決して早い時間とはいえない。少し疑問には思ったが私はしのちゃんの肩を叩くと彼女は震えるように体を揺らし、恐る恐るこちらを見る。
「あ……」
「おはよう!しのちゃん!」
私は元気に挨拶したのだがしのちゃんは私に背を向けて
「ごめん今は…」
「え?」
そう言うとしのちゃんは走り去ってしまった。
「まじ?嫌われた??」
私のドス黒い性癖がバレた??私は唐突に寒気に襲われ汗が止まらなくなったのだった。
【】
まじ厨二病なやつみんなこれ好き。何入れてもかっこいい。