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ウォール街噂話

「あれ、何とか組みたいよなぁ……」

「無理無理。

 実質SWFみたいなものじゃないか」


 最近ウォール街のファンドマネージャー間で話題になっているのが、シリコンバレーを拠点にしているムーンライトファンドである。

 初期ITバブルの波に乗り身代を膨らませたと思ったら、ロシア金融危機の最安値で資源を買いあさり現在巨万の富を吐き出し続けているファンドであり、その富を日本の不良債権処理に注ぎ込んでいるという金の無駄遣いをやり続けているファンドでもある。

 ムーンライトファンドの錬金術はこうだ。

 米国ハイテク株等の利益はドルでくるが、これを保有しているロシア原油会社等からの資源購入代金にする。

 これはロシア国内だけでなく、国外に持っていた鉱山会社や資源会社等からの購入も含んでいる。

 これらはドル決済だからドルはここで消費される。

 それを日本に持っていって売り、円へ変換。

 これで円をドルに交換して資源を買う必要が無くなり、円の海外流出を少し防ぐ事で日本企業買収資金を海外に渡さない流れにする。

 手に入れた円で不良債権に苦しむ日本企業を買い漁って株価の下支えをする。特に元北日本の企業はムーンライトファンドの救済しか活路が無い場合がほとんどで小さな女王様に必死の眼差しを注いでいる。

 あぶく銭は不良債権処理資金調達用の新規発行株式購入代金として、綺麗に消費される。

 不良債権処理の終わった会社の株価は当然上がるので、効率は落ちるが利益は確実に上がり、なおかつ雇用と景気を守ることになる。

 原油価格をはじめとした資源価格が上げ基調だからこそできる技である。

 更に大きいのが、これら一連の流れをムーンライトファンドの胴元である桂華グループ内部で丸抱えできるのが強い。

 資源購入と販売は赤松商事が担当し、資源搬送は桂華商船が担当し、原油の精製は桂華化学工業が担当し、為替決済や保険などは桂華金融ホールディングスが担当するという感じである。


「ぜひともうちのファンドに支援を!」

「必ずもうける事ができます!

 ですから話を聞いて……」

「担当の方にあわせて……」


 桂華金融ホールディングスニューヨーク支店ではこういうお客様が途絶えること無くやってきて、すごすごと帰ってゆくのが日常風景になっていた。

 彼らの仕事は米国に進出した日系企業への融資や決済の手伝い、ウォール街での情報収集であり、華やかなトレードとは縁遠い地に足の着いたものである。

 ムーンライトファンドは驚異の的中率とは裏腹に、投資についてはかなり王道路線をとっている。

 つまり、短期トレードは基本的にせず、安い時に買って長期に保有し続けるという奴だ。

 桂華証券サイドでは派手なトレードもしてはいるが、それとて本業ではないという事で周りのハゲタカどもに比べれば慎ましくリスクの少ないトレードに終始していた。


「インターバンク市場も今の所落ち着いてきましたね。

 少し前はジャパンプレミアムなんてつけられていたのに」


「今度こそ本気で不良債権処理を終わらせるというのを世界もやっと認めたんだろうよ」


 日系金融トレーダーの声にも安心感がある。

 巨額の不良債権処理に苦しんでいた日系銀行が大合併を始めて本格的に不良債権処理を始めたのと、ついに大手金融機関を潰さなかった事がこの安心感に繋がっていた。

 とはいえ、潰さなかっただけで内部は絶賛大リストラ中ではあるのだが。

 なお、そんな金融機関のリストラ担当人員を大量に雇っているのが桂華金融ホールディングスだったりもする。

一条氏は自派閥が弱いことを逆手に取って、ロシア金融危機でリストラされたウォール街の人間を雇って東京に連れてきてリストラの推進をさせていた。

現CEOの一条氏が元々地方銀行の極東銀行出身の上、元々が破綻金融機関救済のために作られた国策銀行の側面が強いこともあって、彼の次を巡って熾烈な争いをしていたので元からの社員にはリストラを任せられる人員が居なかったのである。

 出身元派閥だけでなく外国人まで入れた事で、桂華金融ホールディングスの内部は活性化しており、それで次のCEOが見えない事で一条CEOの権力を更に強めていた。

 同時に、人員を他行に売り飛ばす噂も常に流れているのだが。


「小さな女王陛下さまさまだな。

 万一一条CEOに何かあっても、あの御方が次を指名して決まりだろうよ」


 世界で最も金が舞い、ハゲタカ達が宴を続けるウォール街に配置される人間が無能な訳がない。

 少なくともウォール街の人間は、桂華院瑠奈という人間を本人以上に理解しようとしていた。


「今度の大統領就任演説で特等席に呼ばれるらしいぞ」

「大口献金だけでなく、まだ訴訟中だけどフロリダ州にも絡んでいたらしいからな。

 あの女王陛下」

「正確には公爵令嬢だろう。

 とはいえ、女王というか王妃に担ぎたい連中がいるのも事実らしいな」


 軽口を言いながらも目はモニターから離れず、手はキーボードとマウスを離さない。

 桂華金融ホールディングスは、IT投資にもかなりの額をかけてシステムトレードを他の金融機関に先駆けて構築しており、今や全米規模で爆発的に広まったインターネットバンクと共に北米での稼ぎ頭になっていた。

 そういう所もあって、桂華金融ホールディングスを狙っているのは日系金融機関だけではない。


「そういえば、カリフォルニア州でやるとか言っていた水ビジネスの話どうなった?」

「ゼネラル・エネルギー・オンラインと組んでするとか言ったやつか?

 えらく話が進んでいないんだよなぁ。

 ゼネラル・エネルギー・オンラインは乗り気だけど、担当の赤松商事がものすごく慎重姿勢をとっている」

「環境問題のクリアにかなりの時間がかかるのと、あそこはあの会社のお膝元だからな。

 石橋を叩いて渡るぐらいなのがいいのさ」

「大統領選挙の結果を待っていたんじゃないのか?

 民主党の方が環境問題には真剣だからな。

 動くとしたら、来年からだろうよ」

「ムーンライトファンドはITがらみを終わらせて資源に舵を切っているからな。

 カリフォルニア州の水ビジネスは主力になった原油の次に大きくなるだろう」


 ウォール街からさんざんバカにされた日本の不良債権処理の原資として、ムーンライトファンドはいくつかのIT株を残してそのほとんどを売却していた。

 そこから資源にポートフォリオを切り替えた事で、この先に発生するITバブル崩壊を回避したなんて皆が唖然とするのはもう少し先の事。 


「そういえばきな臭い話もあるな」

「何だ?」

「さっきの担ぎたいやつの話。

 女王陛下、ロマノフ家の高位継承者だろ?

 彼女を担いで、ロシアで一波乱企てようって動きがある」

「何処が仕掛けているんだ?それ?」

「ロシア内部の右派とオリガルヒ達。

 前政権で美味しい蜜を吸い過ぎたので失脚を恐れている。

 で、日本とは北樺太の帰属で揉めている。

 日本政府はこの動きを一笑に付したらしいが」

「そりゃそうだ。

 あの女王陛下、渕上政権と泉川政権、今の林政権下でどれだけ働いたと思っている。

 こっちじゃ、『影の金融再生委員長』なんてあだ名がつけられるぐらいだぞ」


 この手の話は冗談でも冗談では済まされない。

 何よりも、なんでも金にするこのウォール街でこんな噂が流れてきている事の意味を彼らはよく理解していた。


「案外、共和党大統領に張ったのもそれが原因かもな」

「どっちにしろ、きな臭くはなるんだろうな」


 彼らの噂話は的中するが、その場所と相手は間違っていた。

SWF

 ソブリン・ウエルス・ファンドの頭文字をとったもの。

 国富ファンドとも訳される。

 政府が出資する投資ファンドなので間違っているが、稼いだ金で不良債権処理をやっていると言われると間違っていないように見えるのがまた……


インターバンク市場

 銀行間の貸し借りの場。

 相手が同じプロだから凄くシビアで、ここで借りれなくなると金融機関は破綻する。

 拓銀や山一證券はここで借りれなくなった為に潰れた。


オリガルヒ

 ロシアの新興財閥。

 ソ連崩壊時に国有財産を民間に払い下げて財を成した連中で、エリツィン大統領時代にその権勢を誇ったが、プーチン時代にそのほとんどが失脚する。


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