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文化祭 前日

「文化祭実行委員会に出し物の書類を提出するように」

「お化け屋敷をするクラスは実行委員会に通路と配置及び配役を書いた書類を提出するように」

「放送委員会です。

 文化祭時放送規定に関する会議は高等部校舎の会議室にて行われます」

「文化祭実行委員会本部から式典委員会担当者へ。

 外部団体との会議は17時に変更になります」

「風紀委員会より、校内での作業は19時までとなっているので……」


 お祭りというのは準備こそ花。

 その馬鹿騒ぎを私と裕次郎くんは楽しそうに歩く。

 文化祭実行委員会へ書類を提出した帰りである。


「高等部や中等部になると派手だね」

「そうねぇ。

 私達もいずれはこんな馬鹿騒ぎをするんでしょうね」


 純喫茶『赤い太陽と黒い十字架』の側を通りながら馬鹿騒ぎを眺めてゆく。

 こんな青春を送りたかったという願望は、こんな青春と縁が無かったという裏返しでもある。


「けど、毎回毎回馬鹿騒ぎというのも疲れるものだよ。

 栄一くんは派手好きだからなぁ」


 今回の出し物は、少し早いハロウィンパレードという事で、仮装行列で初等部校舎を練り歩く事になっている。

 ゲームエリア『カタン』と書かれた看板を見ながら私はため息をつく。


「一応配慮はしてくれているらしいけど、その配慮はいらないのよねぇ……」

「抜擢なんだから喜ばないの?」


 複雑な笑みを浮かべる私だが、抜擢というのはここでする帝亜国際フィルハーモニー管弦楽団のチャリティーコンサートに正式に呼ばれたからだ。

 演目は『椿姫』で、参加するのは『乾杯の歌』である。

 モブ参加ではあるが、世紀のオペラ歌手達と歌えるというのは嬉しくない訳がない。

 具の少ないラーメンを三割引で売る予定の浜茶屋の隣を歩きながら、もらった『椿姫』の楽譜をペラペラと揺らす。

 『椿姫』の物語を考えると、素直に喜べないというか、この頃のオペラは大体こんなものである。


「嬉しくはあるけど、その道に進めないのは知っているでしょうに」


 個人的には『椿姫』の主人公の生き方は賛同するが、このオペラが出た時代はそれが許されない時代でもあった。

 主役であるヴィオレッタ・ヴァレリーが高級娼婦という設定のせいか、私を主役に持っていかなかった配慮もそうだが、私の本来の立場は彼女のパトロン側の方だ。

 なお、このオペラのタイトルの直訳が『道を踏み外した女』なのだから、なんというか……


「それでも、その一流に混じって声を披露できるのは、悪くは無いわ。うん」


 自分に言い聞かせるように呟いたのを聞かれたらしく裕次郎くんが笑う。

 大人になれば、必然的に人を使う立場に追いやられる。

 そして仕事をしながら極められるほどこの世界は甘くはない。

 写真部展示会『逆光は勝利』の垂れ幕の下を通りながら二人して淡々と歩く。


「僕からすれば羨ましい限りだけどね。

 極めたものがあるというのは」


「そうかしら?

 私からすると、何だか申し訳ないけどね。

 なんだかずるをしているみたいで」


 実際しているだけに、結構罪悪感がある。

 おくびにも出さないが。

 『上海亭』と書かれた中華料理店の準備を横目で見ながら、私達は歩く。


「栄一くん、桂華院さん、後藤くん、三人とも天賦の才を持っているから、僕は努力を続けるしか無いからね。

 それでも、極まった才能には勝てないのだから、世の中は理不尽なものだよ」


 ゲーム的な話になるが、栄一くんはメインなだけあって全能力が高く、裕次郎くんは栄一くんより能力が低いが協調性と早熟なのが売りだった。

 ちなみに、光也くんは協調性が無い替わりに、運動及び勉学のステータスが栄一くんより高く、ツンからデレると凄く甘えてくるとかあったりするのだが。


「それ以上に理不尽なのがあるわよ」


 私のぼやきに裕次郎くんが首をかしげたので、私は苦笑してそれを告げた。

 少しだけ茶目っ気をつけて。


「運よ」


「……それはそうだね」


 そんなこんなで私達二人は自分のクラスに戻る。

 お化けの衣装というか、ただのコスプレになっているみんなを見て、私と裕次郎くんは互いを見て、なんとなしに笑った。


「戻ってきたか。

 こっちの準備は大体終わったな。

 後はパレード時に流す音楽を決めるぐらいか」


 声をかけてきた光也くんは、お祭りで買ったお面と変身ベルトを利用した正義の味方である。

 コスプレに凝るのでは無く楽しむが今回のパレードの趣旨だから、みんなこれコスプレか?と思いながらもわいわいとやっている。


「桂華院はオペラ用のドレスをそのままつければいいとして、後藤は何をするんだ?」


「僕は伊達メガネと黄色いシャツと半ズボンでお祭りで買った銀玉鉄砲でアニメのあの子をする予定」


 裕次郎くんはあのアニメだとあの五人には入らない秀才キャラだと思っていたから、意外性がかえって受けていたり。

 で、このコスプレハロウィンパレードを考えた主犯は、教室の中央で織田信長のコスプレをして『敦盛』を舞っていた。

 覚えてくるあたり本当にスペックは高いのだ。

 同じクラスで長く居てわかったが、そのスペックの高さとちょっと努力が方向音痴になる事を見逃すならば。


「どうしたんだ?」


 自然と笑顔になっていたらしい。

 私の笑顔を見てる栄一くんが声をかけてきたので、私は白々しく笑って一言。


「内緒♪」

純喫茶

 元ネタでは 『純喫茶 第三帝国』。

 さすがにそればまずいので、某架空戦記のタイトルから名前を流用。


浜茶屋

 上のと合わせて元ネタは『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』。

 押井守監督の原点にして頂点。

 オリ改変の嵐だから、今の御時世に受け入れるかは最近のアニメ原作尊重主義の流れでよく話題に出る。


カタン

 ボードゲーム『カタンの開拓者たち』。

 サイコロ二個の出た目で収穫が決まるので、6と8の収穫エリアより、3や10の収穫地が大フィーバーというのが稀によくある。


椿姫

 物語が物語なのに瑠奈をと押し込んだのには、本気で瑠奈の才能を買っているから。

 なお、楽団の連中がつけた瑠奈へのあだ名は『リトル・サラ』で、瑠奈が21世紀のサラ・ベルナールになると信じているらしい。


逆光は勝利

 元ネタ『究極超人あ~る』。

 たまたま聖地巡礼の碑がTwitterで流れてきたのでつい。


上海亭

 『機動警察パトレイバー』。

 もちろん出前もするらしい。


裕次郎くんのコスプレ

 『ドラえもん』ののび太。なお、瑠奈的には出来杉君だと思っている。


光也くんのコスプレ

 『仮面ライダー』。

 こういうのを選ぶあたりに光也くんの性格が見えてくる。

 なお、お面はRXらしい。

 ベルトはよくわからないが多分仮面ライダーのどれか。

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