桂華院メイド隊 8/6 移動
財閥+自前の軍事力=暗黒メガコーポ
「メイド?」
私の言葉に橘が首を縦に振った。
そして、テーブルの上に候補者の履歴書を置く。
「はい。
お嬢様も初等部高学年になられるお年頃。
そろそろお付きの者を選ぶ時期でございます」
貴族文化が残っている事でこの手のメイドという職がちゃんと上流階級についているというのがありがたいと言うかなんというか。
だが、ゲーム世界だろうが私にとっては現実なので、その現実がいやな所で設定に食い込んでくるから苦笑するしか無い。
「中等部の奨学生の推薦枠は、それぞれの華族なり財閥家の子の側近育成だっけ?」
「はい。
私もお嬢様についておりますが、お嬢様の事業が大きくなりすぎた結果、終日、お嬢様の御側に侍るのが難しくなってきた所でございます。
お嬢様もそろそろ自ら人を選んで使うべき時が来たと」
この発想は貴族というよりも武家の近習育成に近い。
華族というのが大名家も入っているがゆえの文化なのだろう。
文字通りここで選ばれる連中は、最後の盾として私に死ぬまで付き従う連中である。
ゲームでは誰一人出てこなかったが。
「学園内のお友達では駄目なの?」
「たとえお嬢様に靡いていたとしても、最後は家に従います。
最後の最後までお嬢様に従う人間を用意しておくべきかと」
履歴書を見ると、ある共通点に気づく。
多くの人間が孤児、もしくは桂華院家の分家や譜代家の出身という事。
高貴なる者の義務みたいなPRをしながら御恩と奉公で優秀な人材を囲い込む。
なるほど。
これならばたしかに裏切れないわ。
「……ん?」
「どうなさいました?
お嬢様?」
「気にしないで。
なんでもないわ」
明らかな違和感。
こんな譜代連中を用意できたのに、何で原作のゲームで彼女は一人破滅したのか?
「そっか」
ぽんと手を叩いてその理由に気づく。
ゲーム内の桂華院家は既に傾きかけていたのだから。
父が作った極東グループの不良債権処理に手間取り、唯一の稼ぎ頭だった桂華製薬を岩崎製薬に合併させて不良債権処理を終わらせたのはいいが、不利な条件での合併だから今度は日々の糧が無くなってしまった。
で、私を政略結婚の駒として栄一くんを始めとした攻略対象に送り込んでなんとかしようとして破滅という訳で。
きっと孤児院とか譜代とかは不良債権処理過程で切り捨てられたのだろう。
「で、何人送り込むの?」
「交代と予備を考えて10人という所でしょうか」
さらりと出てくる人数に苦笑する。
他家の近習も中等部から配属されるので、下手すると近習クラスだけで四から五クラス出来上がる。
普通は一人か二人、10人というのは大財閥クラスの子女扱いである。
格だけは公爵令嬢なので間違ってはいないのだろうが。
「大げさ過ぎない?」
「これでも少なすぎます」
常時三交代で私につき、更に予備として一人をつけるのにまだ少ないと言うあたり上流階級女子の闇が見える。
青春と恋愛を楽しむ学園生活は、家の政略結婚の相手探しとライバルの蹴落とし場所としても機能する。
これに現在の私の女子派閥と彼女たちのお付きを加えると、常に私の周りには十数人近い女子が居る事に。
歪むよなぁ。
これ絶対に歪む。
あげくに家が傾いて権力維持が難しくなっていたときたら尚の事。
「じゃあ、護衛やメイドも増やすの?」
「はい。
九段下のビルが完成する時期に合わせて、そちらの方も増やす予定でございます」
今の屋敷は桂華院家の別邸の一つなので、橘をはじめメイドは桂華院家から来ている数人で回している。
これも九段下のビルができてそちらに本拠が移れば、必然的に人を増やさねばならなかった。
できる前から拡張させるのは、その間に忠誠度を見極めるというのもあるらしい。
「という事は、今まで来ているメイドはハウスキーパーに昇格してもらい、その下にオールワークスメイドを派遣会社から雇い入れる。
更に同年代の子女を私につかせて、家にいる時にはメイドの真似事をさせて忠誠を高めさせて将来の側近を育成させるという訳ね」
「そのとおりでございます」
「メイド派遣会社ねぇ。いっその事会社ごと買ってしまおうかしら」
需要がある所に経済は必然的についてくる。
後のブラックの代名詞になる人材派遣業の特殊職にメイドがあるのは、財閥や華族との繋がりの為に人材派遣業界が積極的に育てていたからだ。
派遣会社から雇う理由は、メイドが高度な技術が必要な専門職であるからだ。
来客の接待、高度な礼儀作法、給仕、さまざまな銘柄・種類のある茶葉・豆などへの知識、美術品の取り扱いや手入れ、機密保持意識の高さなどなど。その辺の主婦を雇えばそれでいいというものではない。
人材というのは短期間ではできないというこれは見本の一つである。
なお、コックは別口で雇うのと家電の発達で基本何でもするオールワークスメイドが中心となる。
メイドはひとまずおいておくとして、ちらりと話に出た護衛雇用に関する資料を渡されて読むと、苦笑するしか無い内容だった。メイドの派遣会社と護衛派遣会社が同じなのだ。
「これ、民間軍事会社じゃないの?」
「はい。
お嬢様が傾注している資源ビジネスには必須の存在かと」
現在注力している資源ビジネスの輸出元は治安が悪い所が多い。
そんな所でビジネスをする日本のサラリーマンには頭が下がるが、彼らの身を守る自前の組織の必要性は感じていたのだった。
だって、現地の警察組織は基本マフィアや犯罪組織に買収されているし。
護衛の人材派遣会社が日本にある。
いや護衛産業が成立しているという事は、この世界の日本というのが金のために血を厭わない普通の国であるという事を如実に物語っている。
前世の日本のように、嫌な事があった国からはすぐに全日本人が逃げ出し、その後その国は不景気やら治安悪化やらに見舞われるという座敷童みたいな国民性、というわけではない。
国益のためなら武力を躊躇わない、正しき地域覇権国家。
それがこの世界の日本。
「この民間軍事会社の本社は札幌にあるの。
ふーん……」
冷戦崩壊のゴタゴタ時に樺太は日本の勢力圏に入っており、ロシアと北樺太の帰属で揉めていた。
そんな中で、民間である事をアピールしつつ樺太の警備をしていたのが彼ら民間軍事会社で、この国の外人部隊として世界各地の紛争に介入していた。
なお、彼らはこの国で成り上がりたい旧北日本住民によって構成されている。
「いいわ。
契約じゃなくて会社ごと買収しなさい。
赤松商事の資源ビジネス部門に管理させること」
パパラッチの背後で蠢いていた怪しい影があった事もあって私は橘の提案を受け入れた。
傭兵契約では無くて会社買収で手駒にするあたり私もだいぶ金銭感覚が狂ってきたなと感じる今日このごろ。
「かしこまりました。
あと、少し早いですが、お嬢様に紹介したい者がおります。
入ってきなさい」
橘がそう言うと、私と同じくらいの少女が入ってくる。
その姿はなんとなく橘によく似ていた。
「紹介します。お嬢様。
孫の由香でございます。
中等部より、お嬢様の側につかせる所存にて」
「よろしくお願いいたします。お嬢様」
凛とした声と優雅な微笑をたたえながら一礼して彼女は私に挨拶をした。
彼女がいずれ私の最側近になるのだろうなと、なんでメイド服を付けていないのと私はその時に思った。
タイトル
『花右京メイド隊』連載が始まったのは99年。
なお、『BLACK LAGOON』の連載は2001年。
もちろん、武装メイドは出す予定。
民間軍事会社
PMCの方が知っている人が多いかもしれない。
この世界は樺太を日本が持っている事で、樺太住民の旧東側系住民の二級市民問題が発生しており、彼らの成り上がりの手段としてのPMCという設定。
装備は全部東側で、演習とで自衛隊の敵役になる仕事もあったり。
前職スペツナズや前職KGBがゴロゴロ居て、日本の諜報組織が裏取りに頭を抱えるのだろうなぁ。
8/6 移動および修正