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2000年共和党全国大会

今だったらポリコレで叩かれかねない所業

 米国共和党全国大会というのは、大統領選挙に向けて共和党が候補者を最終決定する一種のお祭りである。

 今年はペンシルベニア州フィラデルフィアで開催され、三日間ほど大騒ぎをして一体感を演出する訳で、ライバルの民主党も曜日をずらしてだがこの時期に同じ事をして盛り上げている。

 ここからが大統領選挙本選という訳だ。

 共和党の大口献金者になった私は当然のようにVIP待遇で招待状を頂いた訳で、こうしたおまつり騒ぎを楽しそうにかつ内心醒めた目で見ていた。


「公爵令嬢。

 どうなさいましたか?」


 もはや付き添いのようにやってきては私以上に醒めた目で見ているアンジェラ情報分析官が日本語で尋ねる。

 ここに来る前に、正式に桂華院清麻呂の養女になった事が発表されたので、アンジェラを含めたこちらの要人達は皆私の事を公爵令嬢と呼ぶ。

 もちろん、桂華院公爵家の血では無く、ロマノフ家の高位貴族としての公爵令嬢というダブルミーニングつきだ。


「なんか退屈だなぁと思っただけ」


「だから民主党にしておけばよろしかったのです。

 あちらはハリウッド総動員ですわよ」


「ちょっと考えておくわ」


 ハリウッドというか、シリコンバレーも含めたカリフォルニア州そのものが民主党が強い地区で、こことニューヨーク州をはじめとした東海岸と西海岸を握っている事は基本民主党が選挙で有利に進める要因の一つである。

 なお、私達が出ている共和党の基盤はテキサス州と中西部の広大な領域で、近年の大統領選挙は海岸部と内陸部の戦いとも言われていた。


「はじめまして。

 公爵令嬢。

 貴方の合衆国における貢献は知っておりますぞ」


 なお、大統領選挙時に米国議会下院選挙も行われるので、カリフォルニア州の共和党議員がぞくぞくと私の所に挨拶に。

 彼らの狙いは私の金と広告塔としての私自身だ。

 笑顔で握手し、お澄まし顔で写真を撮られる。

 今回は日本から来たという事で着物姿での登場だから、なおの事皆のおもちゃになっていた。

 これで容姿は3/4スラブ系なのだから目立つ事目立つ事。 


「公爵令嬢。

 よろしければ、貴方のビジネスに我らも加えていただけないだろうか?」


 続いてやってくるのが、共和党を支持する企業家達の挨拶攻勢。

 私が抱えるムーンライトファンドは、ITと資源というバブルに踊っている分野の重点投資で莫大な富を生み出し続けている。

 そのおこぼれをと群がるのはある意味当然と言えよう。


「そうですね。

 今は実家の方の不良債権処理が忙しいのでまた今度」


 嘘は言ってない。

 このムーンライトファンドの莫大な富を使って、私は日本の不良債権処理を必死で進めていた。

 それが特にウォール街あたりの住人には理解できないらしい。


「彼女はなんであんな無駄なことを必死にし続けているんだ?

 さっさと潰して新しいのを立ち上げるなり、もっと儲かる分野に投資すればいいのに」


 強欲であるが同時に彼らはお人よしでもある。

 それが正しいと信じているからこそ、彼らの正義をこちらの都合なんて考えずに押し付けるのである。

 たとえば、今目の前にいる人物のように。


「公爵令嬢。

 貴方の投資の才能はすばらしいものがある。

 だが、その利益をどぶに捨てる行為は頂けない。

 マネーはマネーを生む為にあるのです。

 我々に投資して頂ければ、それを証明して見せましょう」


 ゼネラル・エネルギー・オンライン。

 全米7位の大企業CEOの熱弁に私は苦笑するしかない。

 この会社の末路も知っているだけに、お前の所に投資する事自体が金を溝に捨てるようなもんだと言いたいのをぐっと我慢する。

 何しろ今でも経済誌に数年連続で『米国で最も革新的な企業』の名前をもらっている企業トップからのビジネスのお誘いである。

 普通は断らない。

 「お断りです」と全力でNOを叩き付けたいがぐっと我慢。

 公爵令嬢はスマートに相手の提案をかわすのだ。


「そうですね。

 カリフォルニアで新しいビジネスをと考えていたのですよ」


「ちなみにそのビジネスとは?」


 何しろこの党大会で選出される大統領候補とも仲の良い人だ。

 餌に食いついたと見た彼の問いかけに、私は日本ではただと信じられている物を告げた。


「水ですわ」


 日本で行っている淡水化事業の英文資料を見せる。

 ただの水では無く、ひと手間をかけた水である。


「桂華製薬は海洋深層水の効能について論文を学会に提出しております。

 そのくみ上げに桂華化学工業と越後重工の合弁事業で淡水化プラントを用意して、日本の高知県で海洋深層水の汲み上げを始めようと思っていますのよ」


 英文の海洋深層水の論文と淡水化プラントの資料を黙って見ている彼の目にはこれらが札束に見えているのだろう。

 水というのはそれぐらいの戦略資源なのだ。

 何しろ我々は水なくして生きてはいけないのだから。


「我々はこれを汲み上げて、大型タンカーで運び、東京・香港・上海・大連にて販売しようと考えていますのよ」


 大陸では億万長者達が派手な生活を送ろうとしている矢先のことである。

 確実に食いつく自信はあったのだが、その桂華製薬や桂華化学工業が岩崎財閥に吸収されるのでお蔵入りになった案である。


「こちらの海洋深層水うんぬんはひとまずおいておいて、カリフォルニア州の水不足は私の耳にも届いておりますのよ」


 何しろムーンライトファンドの活動拠点があるのは米国シリコンバレーなのだ。

 あそこの水不足の深刻化は政治問題になっているのに、環境保護意識が強い州の住民によって水資源の開発等に制約がかかってまったく先に進んでいなかった。

 なお、淡水化プラントを稼働させるためにはそれ相応の発電所が必要になり、発電所建設までがセットになっている。


「淡水化プラントの建設と巨大タンカーによる水の運搬、大都市に水を流すインフラの建設。

 大きなビジネスになるとは思うのですが、現在私達は本国に集中投資しているので、これに手が回らないのですよ」


 このネタは私にとっては香川県の水不足対策が元になっている。

 あそこの水不足は慢性的だが、コンビナートを擁しているので工業用水の確保に頭を痛め、だったらそこに入るタンカーに水汲んで運んでくればよくね?

 で、売るネタとして海洋深層水をアピールすれば付加価値もつくしなんて考えた甘いものであるが、それでも高値で買わないといけなくなるぐらいカリフォルニア州が水不足になるのを私は知っていた。

 ちなみに中東から日本に向かうタンカーの主流が15万トンから30万トンなので、油臭さをなんとかできるならば十二分に売り物にはなるだろう。

 ここでにっこりと私は笑顔を作る。


「それ、差し上げます。

 お好きなように」


「ただより高いものは無い。

 公爵令嬢。

 つまりカリフォルニア州での水事業参入に手を貸す代わりに、日本での発電および水事業に手を貸せと?」


「解釈はおまかせします。

 日本の総合商社の赤松商事が窓口になりますからあとはそちらとお話ください。

 では、失礼いたしますわ」


 事業規模は一千億円スタートだが、確実に失敗するので赤松商事の担当にはハードルを上げて失敗するように指示を出しておこう。

 なお、翌日にはこの話が全米のマスコミに流れて、ゼネラル・エネルギー・オンライン株が急騰。

 私を呆れさせたのは言うまでもない。




 お祭り騒ぎなので、私は橘と監視のアンジェラを引き連れてあっちをうろうろこっちをうろうろ。

 そんな一つのお祭り広場に私はふらふらと誘われる。

 民主党全国大会とは違うとは言え、共和党全国大会でもステージがあって歌手が歌っていたりする。

 それも広大なアメリカ中西部を地盤にしているだけあって、カントリーが主体になっている。

 のどかで牧歌的で懐かしさを感じる音楽を聞きながら、拍手をすればその姿で皆の目を引く。


「嬢ちゃん。

 中々奇抜な格好だな」


「東の果てから来たのよ。よろしくね♪」


 リズムをとりながら音楽を聞いていたので、周りの顔が期待しているのが分かる。

 こういう所では、みんなで歌い騒ぐのがマナーという訳だ。


「じゃあ一曲お願いしたいのだけどいい?」


「どうぞ。お嬢さん。

 で、リクエストは?」


 私が曲名を言い、ギターが鳴らされて、皆と共に大合唱。

 こういうのも悪くない。



「♪~」



 忘れていたのは、このお祭りは全米三大ネットワークが中継するぐらいのお祭りという事で、そんな場所でコスプレ美声をして目立たない訳がなく。

 果たして私はノリノリで美声を披露するロシア系和服美少女という属性てんこ盛りで、全米デビューを知らない内に果たしてしまったという。

ゼネラル・エネルギー・オンライン

 このときまでは超優良企業に見えるから困る。


淡水化事業

 基本は海水を淡水化して塩を海に返す。

 渇水で苦しんだ福岡市等が事業化しているが、うどん県の場合捨てる塩で海水濃度が狂って別の害が出るとかで事業化が見送られた経緯がある。

 これも技術進歩で色々と改善は続いているらしい。


瑠奈が歌った歌

 『カントリー・ロード』。

 向こうのカントリー音楽はアメリカ音楽史の源流の一つ。

 それをああいう場所で歌うことで、ここの流儀に従いますよというサインでもある。

 全米で流れた時、向こうの視聴者がまっさきに思ったのが「何でロシア系移民が変な格好でカントリー歌っているんだ?」である。

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