第1回目のプロポーズ
その日の夜。
豪華な食事を帝亜家迎賓館で食べた後、のんびりしていたら栄一くんのお父さんである秀一氏がやってくる。
簡単な雑談の後で私達は本題に入った。
「あの人がなんか無茶を言ったみたいで済まないね。瑠奈くん」
「構いませんよ。
向こうからすれば、孫が気になる娘を見てやろうという程度の話でしょうから。
それに、無茶ならばこうしてフォローを入れてくる秀一さんが居るからこその遊びでしょう」
少し間を置いて、私は秀一氏に尋ねる。
「で、栄一くんへの問題の答えは何だと思います?」
「最善なのは何もしない事」
あっさりと秀一さんが正解を言い、私も頷いてそれを認めた。
1+1=2にならないのが会社合併であり、特に技術系はそれが顕著に出る。
自動車の部品製造ができる優れた技術者達が、ハイブリッド車用の電池を作れないとは言っていない。
が、それはうちの電池技術者が四洋電機の電池部門の技術者と技術交流して、さらに試行錯誤をした後にやっとできる事だ。
これから始まるテイア自動車のハイブリッド車は、全部品を内製化して特許で固めているテイア自動車の決戦兵器だった。
直ぐに生産流通ができない以上、恐れる必要はないという訳だ。
「他の自動車会社が、二番煎じを狙ってきませんか?」
「それは歓迎するべき事だね。
ハイブリッド車そのものが市場で拡大する事になるのだから。
二番煎じを狙うならば、関連の特許は全部抑えている。
何を作ろうとしても、必ずひっかかるさ」
なるほどなぁ。
後追いされたとしても特許料で価格的優位を作れると。
技術的に絶対の自信を持っているからこその発言である。
「次善が四洋電機の電池部門の買収。
ただ、これをすると瑠奈くんと争うことになるね。
四洋電機の優れた部門だし、瑠奈くんが作ろうとしている桂華部品製作所の目玉が消える事になる。
それをするならば、四洋電機の電池部門を加えた桂華部品製作所と業務提携まで踏み込んで系列化させるべきだろうね」
四洋電機は家電メーカーとして白物家電だけでなく、電池や半導体製造や携帯電話製造や有機ELにまで手を出していた。
その過剰投資が最終的に四洋電機を破滅に追い込んでゆく。
だからこそ、その過剰投資にストップをかけた今ならば、バラ売りが可能なのだ。
「四洋電機本体の買収には踏み込まないのですか?」
私の誘い水に秀一氏は首を横にふる。
「うちもそこそこ金はあるが、四洋全体の救済となると数千億単位、下手すれば兆の金がかかる巨大案件だ。
いくら瑠奈くんがお金持ちだからと言って、肥前屋の救済に、総合百貨店と帝西百貨店の合併に、京勝高速鉄道の買収、越後重工の救済に、四国新幹線建設を公言している中、四洋電機救済はきついのではないかな?」
「……だから今のうちに処理したいんですよ。
今だったら、まだ数千億の処理で片付きますから」
この会話の前に橘からの連絡で、四洋電機銀行団からまとまった報告が入っていた。
これで、創業者一族の追放は決定的になる。
秀一さんには言えないが、創業者一族の追放後に一つだけ四洋電機に集中投資を決定している部門がある。
これから需要が大爆発する携帯電話の小型液晶だ。
それで負債を一掃した後で、おそらく家電メーカーに売りつける事になるだろう。
「前々から聞きたかったのだが、瑠奈くんは政府に頼まれて不良債権処理を代行しているのかい?」
「否定はしませんよ。
元々桂華銀行はそのために作られましたからね。
私はそんな政府の操り人形という事で」
「永田町では、総理が操られているなんて言われているみたいだよ」
「まぁ。
だれがそんな嘘を?」
話がそれてきたので、私は笑いながら話をもとに戻す。
今の永田町は魑魅魍魎が蠢いているのであまり触りたくないのだ。
「という事は、最悪が四洋電機全体の買収という事ですか?」
「ああ。
そういう事を言い出さないようには、栄一はしつけてきたつもりだ」
親の贔屓目なのかハイブリッド車と同じように絶対な自信があるのか。
秀一氏はきっぱりと断言してみせたのだった。
翌日。
帝亜一族の皆様と混じっての朝食の席で栄一くんはこんな事をおっしゃってくださいました。
よりにもよって、私がグレープジュースを飲んでいる時に。
「なあ。瑠奈。
俺と結婚しないか?」
私がレディにあるまじきグレープジュース吹き出し芸を見せてしまうのに、栄一くんはさして気にせずその考えを告げる。
自信満々に言っているあたり、恋愛感情は別に答えを導き出したらしい。
「どう考えても瑠奈を敵に回すのはろくでもないし、瑠奈だったら大体解決策は先に考えているだろう?
だったら、瑠奈の答えと帝亜の利益を一致させるのはこれが一番だと思ってな」
唖然とする他の人達を尻目に、貴一氏と秀一氏は自慢の栄一くんの右斜め上な考えに大爆笑中である。
口元を拭いてわなわなしている私にやっと栄一くんが気づく。
「どうした?瑠奈?
何か問題点でもあったか?」
乙女心がまったく分かっていない栄一くんに私はこれから何度も何度も言う事になる台詞をはっきりと自覚して叩きつけた。
「栄一くんのバカぁ!!!」
「何で!?」
なお、うやむやの内に終わったが、栄一くんは最良の答えである『何もしない』をちゃんと選んだらしい。
だから腹立たしいというかなんというか……
有機EL
コダックと組んで実用化一歩手前まで行っていたが三洋側の体力悪化で破綻。
コダックの倒産の原因の一つとまで言われた。
小型液晶
これも調べてへぇだったのだが、大型液晶ではあまり儲けがでなくて小型液晶で利益を確保していたらしい。
で、三洋はこの時TV用に大型液晶に投資……運が無い時ってこんなものである。
半導体製造
500億円かけて工場を作って利益も出ていたが、新潟県中越地震で被災。
地震保険に入っていなかったから、500億円全部を損失処理したとか。
保険をケチるとこうなるという話。