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ある日の喫茶店

 ドアを開けるとカランカランと喫茶店特有の鐘の音が店内に響く。

 夕方から夜に移ろうかという所で、お店の方もカフェからダイニングバーに変わろうかという時間。

 いつもの席に向かったら、そこには先客がいた。


「あ。光也くん発見。

 相席いいかしら?」


「どうせ座るだろうが。

 どうぞ」


 米国からの長距離移動を果たした後、気分転換にとそのまま『アヴァンティー』に来たら、光也くんが本を読んでいた。

 タイトルを見てああと納得する。


「読んでたのか?」

「ええ。

 ラストの切れたような余韻がいいのよね。

 この作者の他の本も一応おすすめ」

「一応ってなんだよ」


 まさか続きが出なくなるとか言えるわけないよなぁ。

 笑顔でごまかしながら生チョコとカフェオレを注文する。

 春は近づいているというのに、まだこっちは寒い。

 テキサスあたりの気温差で、体が暖かくて甘いものを欲していた。


「で、今回は長く休んだが、何処に行ってきたんだ?」

「米国テキサス州のダラス。

 ちょっといろいろとね」


 私も鞄から本を取り出して読む。

 そんな静かな時間にポツポツと会話が紡がれる。


「桂華院。

 お前、何を生き急いでいるんだ?」


 光也くんの返事に私は本のページをめくる事で返す。

 光也くんが次に言葉を発するまでに数ページ本がめくれる音がした。


「全力で学び、全力で遊び、全力で仕事に取り組む。

 それはもう子供じゃない。大人だ。

 24時間戦える時代はもう十年前に終わっているぞ」


「……そうよね。

 それで体壊したら世話ないわよ」


 苦苦しい顔をしてカフェオレを飲む。

 甘いのに、前世が苦い。


「桂華院。

 俺たちが思っているお前の一番イヤな所、何だか知っているか?」


「可愛くてお金持ちで高貴な所?」


「そんなものでお前を嫌えるならとっくにやっているよ。

 お前が俺たちより先に、大人になっている事だ」


 真顔で言い切る光也くんに私は少しだけおかしくて笑みが顔に出てしまう。

 何がおかしいと光也くんが顔で言っているので、私は使い古された言葉を光也くんに捧げた。


「女は生まれたときから女なのよ。

 少年から男になるそっちと違って、進化が完成しているのよ。

 けど、心配してくれるのは感謝しているわ。ありがと」


「……そういう所が女のずるい所だ」


 少し頬を赤めている光也くんをにやにや眺めて、私はテーブルの上に手を組んで微笑む。

 こういうやりとりが何でかしたかったのだが学校が終わった時間だったので、この店に来たのだった。

 実に満足。


「よく分かっているじゃない♪

 世の女子ならば、ここでカフェの代金をおごらせているわよ」


「では、奢らせていただきますか?お嬢様?」


「結構。

 それぐらい払えない私ではなくってよ♪」


 そんな小芝居で互いに笑顔になってこの話はおしまい。

 こんな距離感が私には心地よい。

 そのまま話を変える。


「そういえば、栄一くんと裕次郎くんは?」


「帝亜のやつは委員会の仕事で遅れるって言っていたな。

 泉川は、あれだ。

 下手すりゃお前より忙しいぞ。今のあいつ」


「あー」


 総理大臣の息子となると色々と来客をさばかないといけないか。

 今頃選挙区の実家で来客の相手におおわらわという所か。

 堂々と選挙管理内閣と公言しているのに、それだけ来客があるのも総理の力だろう。

 けど、この天佑を遠慮なく使うしか無いと考えている私もいる。


「やっぱり泉川総理の時に色々したいのよねー」


「一応聞くが、何をするつもりだ。おい」


 ジト目で光也くんが睨むので、私はあっさりとその色々を言う。

 なお、私達は小学生。小学生なのだと強調しておこう。


「いや、ちょっと四国に新幹線通そうと思って」


「おい。小学生。

 小学生で言っていい色々じゃないぞ。それは」


 光也くんたちには結構身バレしているのでこれ幸いと計画書を光也くんに手渡す。

 喫茶店で小学生達が語る四千億円プロジェクト。

 実に滑稽なことこの上ない。


「四国に通すって言っても、高松までだけどね。

 そこから先は向こうの政治に任せるわよ」


「採算は?」


「飛行機には勝てるけど、ギリ黒字という所かな?

 稼ぐのは新幹線じゃないし」


 そのまま別の計画書を見せる。

 新大阪駅新幹線ホーム増設計画と書かれたそれを指でつついた。


「メインの稼ぎはこの新大阪駅増設ホームよ。

 一応第三種鉄道事業者で山陽新幹線側に委託するつもりだけどね。

 それに、本音を言うと新幹線を作る事が目的で、そこから先はどうでもいいのよ」


「どういうつもりだ?」


 ジト目で睨む光也くんに私はネタバラシをする。

 多分今の私の顔はきっと悪役令嬢にふさわさしい笑みだろう。うん。


「与党総裁選。

 あっこの四国票」


「……えげつねー」


 人口が少ない割に県が4つもある四国は、長く保守勢力の金城湯池の一つだった。

 ここの票を四国新幹線という公共事業でまとめ上げられるならば、その後の総裁選に色々と恩が売れる。


「遅くなった。

 マスター。いつものコーラ一つ。

 なんだ。瑠奈帰ってきていたのか」


「うん。

 ただいま。栄一くん」


 こんなやり取りが私にはとても愛おしい。

光也が読んでいた本

 『猫の地球儀』秋山瑞人

 これは本当に衝撃的だったなぁ。読みたくなったので本棚を今捜索中。


瑠奈が読んでいる本

 『楽園の魔女たち』樹川さとみ

 マリみてとほぼ同時期に出たのがある種不幸とも言えるが、私は実はマリみてより好きだったりする。


24時間戦えますか

 1988年の栄養ドリンクの歌。

 この物語ですら一昔というか、こいつら生まれていない。


第三種鉄道事業者

 神戸高速鉄道がこれ。

 線路を保有する事業者で列車を走らせるのは別の会社。


新大阪駅増設ホーム

 新大阪駅までがJR東海管轄なので西日本用のホームを用意という設定。

 だが、「頻度考えたら東海用ホームの方が儲かるんじゃね?」と気づくのは計画が本格化してから。

 この世界だと、新大阪駅は九州・長崎・四国・北陸・東海道と新幹線のハブターミナルになる事が確定している。


与党総裁選

 なんでもありルールの選挙だが、各県の票と各県の国会議員の票があるので派閥の他に地元の意向が無視できない。

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