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平成の鉄道女王 8/18 加筆修正

 世間は2000年に浮かれている中、政治は混乱しているが時間は待ってくれない訳で。

 バブルの清算についに大手銀行が乗り出している中、私はこっそりと買い物をする。

 私がTVをつけると、ちょうどその件のニュースになっていた。


『……桂華銀行が共鳴銀行を買収した手続きがこれで終わり、メガバンク一番乗りを果たしました。

 共鳴銀行役員は全員退職、不正行為をしていた者は刑事訴追されましたが、自首と捜査協力により在宅起訴と罰金等で済まされる模様です。

 なお、この買収に関して桂華銀行はムーンライトファンド保有のハイテク株売却を資金源としているため、公的資金の投入はしないとのことで……』


「ご苦労様、一条」

「ありがとうございます、お嬢様。しかしハイテク株をあんなにお売りになってよろしかったのですか?」

「いいのよ。そろそろITバブルもはじけそうだし売ったほうがいいわ。はじけたら空売りでさらに利益を出すわよ」


 一条の顔が若干引きつる。もっと儲けられるのですかとでも思っているのかな?

 TVは次の話題に移ったがこれも桂華グループ関連である。


「では確かに、購入いたします」


 こちらの弁護士と自治体首長が握手をし、カメラのフラッシュがたかれる。

『関東の第三セクター鉄道の京勝高速鉄道をムーンライトファンドが一千億円で購入しました。

 この鉄道は首都圏と千葉県の間を繋ぎ……』


 京勝高速鉄道は都内地下鉄と直通しており、収益は悪いものではない。

 だが、バブル期に高騰した土地・人件費・建材費等の建設費用を全部借金で賄ったために、莫大な金利(バブル期の金利なので超高率)で赤字を出し続けていたのである。

 その借金を肩代わりする形で全株を購入し、豊富な現金で一括処理した為に利益が出しやすくなっていた。

 怪しげなファンドが鉄道を持つことに自治体が不安を隠さなかったので、わざわざ桂華の名前をつけた桂華鉄道を立ち上げる事になったが問題はそれぐらいで、一千億の借金が消えるのだからと皆喜んで株を手放した。

 更に金利支払いの為に高かった運賃も値下げする事を発表したので、利用者の支持もとりつけ乗り入れ先の地下鉄とも今までどおりの契約をという事で話がついている。

 そういう事をやっても利用者は年々増え続けており、設備投資を入れても年数十億の安定的収入が手に入るのは大きい。


「あと、総合百貨店対策もあるのよね。

 この買収」


「?」


 総合百貨店との買収交渉を仲介している一条が首を傾げるので、私が種明かしをする。

 私も某北海道の番組で四国八十八ヶ所巡りを見ていなかったら気づかなかった事だ。


「四国の香川鉄道の収入ってメインターミナルに入っていた総合百貨店頼みで、そのために総合百貨店の債務保証までしているのよ。ここ」


 地方の鉄道はそのまま地方経済の要になっている事が多く、それが破綻なんてしようものならば、その地方にどれぐらい連鎖倒産が広がるかわからない。

 まさか、うまそうにうどんを食べているから行きたいなと香川県の地図を眺めて、そこに総合百貨店を見つけたからではない。ということにしてほしい。


「で、香川鉄道の救済はするつもりだけど、その時に鉄道を持っているのと持っていないのでは、社会的信用度が違うのよ」


 経営危機の総合百貨店救済の為に桂華銀行は帝西百貨店との救済合併で内々に交渉を進めていたが、そのまま合併すると総合百貨店の莫大な債務で帝西百貨店も潰れるので総合百貨店に貸し付けている銀行団は債権放棄で救済の方向に進んでいた。

 で、できるだけ債権放棄をしたくない銀行団が総合百貨店の債務の一部を香川鉄道に請求しかねず、そうなったら香川鉄道も破綻しかねないという訳だ。

 つまり、総合百貨店救済と香川鉄道救済は同時に行う必要があり、それは京勝高速鉄道の時と同じく怪しげなファンドが鉄道を買収する事になる訳で、そんな面倒事を避けるために桂華鉄道が香川鉄道を買収するという訳だ。

 モータリゼーション華やかなりしとはいえ、戦前戦後においての財閥の形成に鉄道は欠かせない。

 桂華の名前をつけて鉄道を持つという事は、桂華グループが岩崎財閥を始めとした他財閥に吸収された時に私直轄の事業を守るという意味合いがあった。

 今のままだと遠からず桂華グループの中核企業である桂華製薬と桂華化学工業は岩崎財閥に吸収合併されて、桂華銀行は株式公開という形で手放す事になる。

 その前に、ムーンライトファンドという怪しげなファンド主体から、桂華ホテルを中心とした地に足がついた事業主体に転身する必要があった。

 それらの事業に信用という保証をつけるならば、鉄道ほど便利なものはない。


「けど、一千億ならばお嬢様のファンドから金を出すより、桂華銀行から出せばよかったのでは?」


「借金については本命があるのよ」


 一条の質問に私は一つの地図を見せる。

 その地図を見た一条が苦笑するというか呆れた声をだす。


「新常磐鉄道ですか」


「その東京延伸の金を出すつもり。

 地下鉄を使って、この二つを繋げられたらいいと思わない?」


 建設途中で一兆円を超える工事費を投じている新常磐鉄道はその資金不足から暫定ターミナル駅である秋葉原から本来のターミナルである東京までの建設ができなかった。

 さすがに全額負担はきついが、東京までの費用負担で路線を繋げられるならば、利便性がぐっと楽になる。

 なお、東京延伸費用はおよそ一千億、地下鉄との乗り入れまで視野に入れると、三千億の投資案件である。

 鉄道はとにかく、初期投資が洒落にならない。


「そういえば、うちの会社で会社更生法を申請したのが無かったっけ?」


「極東土地開発ですな。

 地方のリゾート開発を手がけていたデベロッパーで、現在再生手続中です」


「それに会社更生中のゼネコンをくっつけて、事業を再生させましょう」


 日本の鉄道事業は、都心から郊外に路線を引くと同時にその郊外駅を宅地化する事で収益を上げていた。

 その為、日本の私鉄は必ず不動産事業を抱えており、バブル崩壊で各私鉄が尋常でない痛手を受けながらも耐えきったのは、満員以上の鉄道が日銭を稼いでいたからに他ならない。

 鉄道事業を買ったのならば駅前にスーパーを含む大型複合施設を用意し、パーク・アンド・ライドに対応する大型駐車場も完備。

 もちろん入るスーパー帝西百貨店のスーパー部門で、シネマコンプレックス対応済みである。

 話がそれた。


「で、そちらは?」


「計画してあまりのリスクに尻込みしている案件。

 新幹線よ」


 巨額の建設費用から確実に政治案件になる整備新幹線は、中央から地方まで魔物うごめく伏魔殿だった。

 それゆえに、政治の季節に突入している現在これを打ち上げる事で、泉川政権への支援射撃となる。

 地方での公共事業ほど、金を落とすものはないからだ。


「岡山から高松までの新幹線。

 瀬戸大橋が新幹線用の用地を作っているから、岡山までの新幹線と高松までの新幹線建設がメイン。

 費用は一応四千億を考えているわ。

 自前で建設系ゼネコンを抱えて工事費を回収しようかしら?」


 どうせ、会社更生中のデベロッパー系ゼネコンを買うのは決めている。

 新幹線という高度建設技術を抱えるゼネコンもバブルで土地取引に手を出して破綻している所があったのである。

 どうせお金を払うならば、グループ企業に払って内製化した方が、後々の他の工事も自前で行える。


「この四国新幹線は収益はでるのでしょうか?」

「飛行機相手ならば勝てるはず」


 東京から高松の時間を考えると、四時間を切るから飛行機には勝てる。

 飛行機は移動時間の他に空港に行く時間と到着してから目的地に行く時間を足して四時間以下だと、都市部中心にある駅に直に行ける鉄道の方が強いと言われているからだ。

 東京乗り入れは無理だろうから新大阪始発になるだろうし、新大阪駅にホームを増設して委託してもいい。

 問題は並行在来線で、最悪抱え込んでもいいかと考えている。

 香川鉄道も手に入るし、貨物運用から貨物鉄道とのコネを持つのは悪くないからだ。

 赤字ではあるが民営化された四国の国鉄を買い取ることまで視野に入れると、得られる信用は悪くないものになる。


「こっちは……すごいですね。これ」

「でしょう?

 本命だけど、投資額がすごいのよ。こいつ」


 一条が唖然とし、私が苦笑したのは北海道新幹線で旭川から札幌を経由して函館までを作るというやつで、想定予算が二兆円を超えていた。 

 さすがにこれは私単体では作れない。


「失礼します。

 お嬢様。

 例の会社の買収について合意が成立しました」


 私達の会話に割り込んできた橘が報告書を手渡し、一条が確認のために尋ねる。


「何を買ったんですか?」


「ドッグエクスプレス。千四百億円ね。

 赤松商事に管理させるわ。

 百貨店・スーパー・コンビニの物流事業の強化にはどうしても大手の運輸会社が欲しかったのよ」 


 運送会社大手で過剰投資で経営が悪化していたドッグエクスプレスの買収は、北海道の新鮮な食料品を全国の百貨店やスーパーに自前で届ける事を意図した物流の強化を目指した買収だった。 

 まぁ、このあたりはまだ安い買い物である。

 総合百貨店は合併、サチイは法的整理後に救済。

 その後に大物案件が待ちかねている。

 物流トップ企業で三兆円ちかい負債を抱えている大手全国スーパーの太永である。


「こいつがあるから、新幹線に手が出せないのよね」


 我ながら凄いことを言っているなと思うが、一条も橘も突っ込んでくれなかった。 

京勝高速鉄道

 借金だらけでも利用者が右肩上がりに増えて、既に首都圏地下鉄と繋がっているのがポイント。

 ここで信用を得て、本命を食べるための餌。


新常磐鉄道

 JRが運営を投げたので第三セクターにというパターンだが、その後を知っているので美味しくいただく予定。

 規格が同じで東京延伸が計画されているからじゃあ掘るかという気楽な話に。

 どこで繋げるかは考えてはいけない。


四国新幹線

 実は一番美味しくないのが高松までで、徳島や松山まで通すと話が違ってくる。

 このあたり並行在来線も絡むので結構政治の調整が必須。


北海道新幹線

 九州新幹線みたいに先から作って繋げないとドボンというギミックになっていなかったのが不幸。

 同時に北海道の鉄道会社の赤字問題に繋がるからこれも実は政治案件。


ドッグエクスプレス

 コミケにも出入りしていた犬の宅配便。

 潰れた時まじで驚いた。


スーパー太永

 この時期のこいつは野球球団や全国規模のコンビニ、ホテルや人材派遣企業なんかを持っている宝の山。

 切り売りして無事にたためたのはそれまでの蓄積のおかげとも言う。


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