パトロンという飾りとパトロンという盾
「劇団?」
「はい。
パトロンになって頂きたいとの事で」
芸術の秋。
名前が売れたこともあって、パトロンにという声が結構やってきていたりする。
そんな連中は私の前で大体お断りしているのだが、それを私の所にまで上げてきたにはそれなりの理由がある訳で。
橘がその理由を告げる。
「帝西百貨店グループは文化戦略を進めていた経緯があって劇場を抱えております。
今までは劇団に貸すことで運営していたのですが、不景気の影響で劇団の解散が相次いでおり、運営上劇団を抱えるべきではと。
我々が狙っている総合百貨店グループもホールがあるので、集客の一環として一考の余地はあるのではと」
デパート経営はとにかくお客を呼ばないと始まらない。
その為、人通りが多い駅前に出店し、劇場やホールや食堂を上部階に置くことで客をまんべんなくデパートに行き渡らせる事ができた。
もっとも、自動車社会になって駐車場の確保ができないデパートは一気に寂れる事になるのだが、大都市駅前の集客力は未だ侮る事はできない。
不採算店舗の閉鎖も進めているが、集客力の有りそうな店は周辺に立体駐車場を建設したりして攻めの経営を進めようとしていた。
不採算店舗の人員はそのままスーパーやコンビニに回しており、出来る限り雇用の維持を図っていたが、リストラをしないようにするためには売上を上げるしか無い訳で。
「北海道の劇団をお嬢様はお好みで、よく贔屓にしているみたいなので。
全国規模を考えたらある程度名前の売れた劇団を抑えるのは悪くない選択かと思います」
なお、そんな劇団の俳優は某地方TV局の黄色いマスコットと一緒に夏野菜を作ったり、皿を焼いたり、パイを焼いたりと大いに笑わせてもらった。
深夜番組がゴールデンに出ると企画書を持ってきたので、喜んで冠スポンサーになったのも橘が知ってこの提案だろう。
「で、どこなのよ?
その劇団は?」
「KDK帝都歌劇団」
大阪に路線を持つ関西電鉄の子会社である帝都歌劇団。
KDKは、KANSAI DENTETU KAGEKIDANの頭文字をとっている。
関西電鉄はバブル崩壊でレジャー事業で莫大な赤字を抱えており、そのリストラの一環として歌劇団の解散を決定。
劇団員や支援者が存続運動をしていた。
「悪い話ではないけど、関西電鉄が手放すぐらいだから経費もかかるんじゃないの?」
「関西は強力な歌劇団がありますからね。
そこに割って入るのはきつかったという事でしょう。
お嬢様はムーンライトファンドの縁でハリウッドにもスポンサーとしてそこそこコネがあります。
育成まで含めて、芸能関係に食い込むのも悪くない話では無いかと」
橘の淡々とした説明に私は軽口で突っ込む。
こういう時の橘は大体何かを隠しているからだ。
「本音は?」
「お嬢様の身の安全を守るために芸能関係に食い込んでおこうかと」
芸能関係と裏社会の関係は結構身近で深い。
己の身を守る経費としての日本芸能界へのコネ費用というのが実際の所だろう。
「ずいぶんと警戒するわね」
「都市銀行の大規模合併が始まりましたからね。
その台風の目にお嬢様はおります。
いくら気をつけても過剰では無いかと」
DK銀行・芙蓉銀行・工業銀行の三行統合の衝撃を受けた後、戦前からの大財閥の二木銀行と淀屋橋銀行が合併を発表。
他にも尾張名古屋銀行と山中銀行の合併や旭銀行と大阪乃叢銀行の合併と次々と合併を発表。
その一方でこれらの銀行がさらなる合併相手として桂華銀行に秋波を送っていたのである。
億単位、兆単位の金が動く世界である。
私を狙う人間は表裏を含めていくらでも居るだろう。
「芸能界とのコネはマスコミ対策でもあります。
日本のTVは新聞社が親会社になっている所が多く、TVを抑える事で新聞を抑えることができます。
お嬢様の周りによる連中の排除に一役買うでしょう」
俳優をTVに提供し、その俳優がブレイクしたらTVと芸能事務所の関係は逆転する。
そして、親会社は新聞社ではあるが、収益はTVが稼いでいることが多いのだ。
今すぐではないが、マスコミに対してカードとして十分に使えるものになる。
「たしか岩沢都知事の弟さんが運営していた芸能プロダクションが映画を撮りたがっていたわね。
使える連中が居たならば送り込みますか」
私をモデルにした小説の映画化なんてこっ恥ずかしいが、時はちょうど警察ドラマブームが来ていた時期でもあり、金と女性役者を提供できるのは岩沢都知事にいい恩が売れる。
私は某北海道のTV局に電話をかけて、とある番組のプロデューサーに繋いでもらう。
「いいわ。
許可を出しましょう。
ただ、その劇団の覚悟を私は見たいわね。
もしもし?
そちらのスポンサーをしている桂華院と申しますが、ちょっとした企画をしたくてそちらに了解を……」
その後、地方番組の正月ゴールデンスペシャルにそのレギュラーに混じって、KDK帝都歌劇団のトップスター達がかわいそうにも深夜バスで苦しめられる姿が放送された。
名前を変えたKDK帝都歌劇団こと桂華歌劇団は、都内の劇場だけでなく全国の帝西百貨店のホールで公演を行い、北海道のTV局を中心に活躍の場を広げる事になる。
また、都内および全国の帝西百貨店ホールにて、某番組のレギュラー陣が所属する劇団が公演を行い、岩沢プロダクションが主導する刑事アクションドラマにこの二者は役者を供給することになるのだがそれは別の話。
深夜番組ゴールデンスペシャル
30時間CMを打って惨敗するというオチまでつけた目玉番組だが、三日中四日が深夜バスという素敵な旅。
女性ゲストが来ると浮かれたスズムシとミスターだが、もちろん色気なんて深夜バスの前では無力。
トップスターの美女達が絶望と悲鳴と諦観の顔でスズムシとミスターをゴミのような目で眺める様が視聴率大勝利のきっかけになったらしい。
KDK帝都歌劇団
三大少女歌劇団の一つ。
あまりに西の某歌劇団が強すぎた。
警察ドラマブーム
某踊ったりする警察ドラマ。あれのせいで京都の迷宮を案内するドラマは記者の俳優が警察幹部になった。
特命係のドラマは来年から。