思い出人形迷宮 2019/4/6 投稿
殺伐としたこの物語に、唐突なファンタジーが!
「るなおねーちゃん!
こっち!こっち!!」
天音澪ちゃんが入学した時、当たり前のように私の所に来たのは笑ったが、幼稚園の頃と同じく私や春日乃明日香さんや開法院蛍さんの後ろをトコトコついてくるのは悪い気分ではなかった。
そんな澪ちゃんが珍しいイベントに招待してくれた。
「人形展?」
「そう!
パパがお友達を連れてきていいよって!
だからごしょうたいします♪」
えへんと胸を張る澪ちゃんの頭をナデナデしながらチケットを見ると、場所と協賛が帝西百貨店になっていた。
あ。これうちのイベントじゃん。
そんな訳で、イベント初日に私達は澪ちゃんのお父さん主催の人形展を見物することにしたのだった。
なお、私が来ることはある程度織り込んでいたらしく、澪ちゃんのお父さんと帝西百貨店の幹部連中がずらりと頭を下げる。
「おおぅ。
なんか凄いわね」
「お人形さんがいっぱいなの!」
正確にはこの人形展はアンティークドールの人形展であり、帝西百貨店の文化事業の一環として行われている。
また、出展されている人形のかなりの部分が私の所有になっているのには苦笑するしかない。
澪ちゃんの実家の貿易商を助けるためにかなりお高い人形を買った為なのだが、だったらこういう所に出してお披露目を、という訳だ。
ひとまとめにアンティークドールと呼んでいるが、正確には19世紀欧州の上流階級にて流行したビスク・ドールに分類されるもので、今や芸術品であり文化遺産ともなっている。
その歴史と文化がずらりと私達を眺めているというのは、美しいを通り越して怖さを感じる事もある。
「あ。
るなおねーちゃんのなまえがある♪」
「ふふん。
澪ちゃんのお父さんにお願いして取り寄せたのよ。
今度お家で見せてあげるわ」
「わーい!」
人形だけでなく、その付属品なども展示されている。
人形に着せる服や靴や帽子等のアクセサリーに、その人形を遊ばせるドールハウス等。
そんなドールハウスの一つに私の視線は釘付けになった。
ごく普通の欧州のお屋敷を模したドールハウスなのだが、まるでその部屋が存在するかのように……
「おねえちゃん!
るなおねぇちゃんったらぁ!!」
「!?」
私は澪ちゃんに体を揺さぶられていた。
そこはデパートの展示場ではなく、どこかのお屋敷。
混乱する私に澪ちゃんは私を揺さぶって、こんな事を言う。
「もぉ、ママがごはんだって呼んでいるよ!
お姉ちゃんはぼんやりさんなんだからぁ」
「いったな?
そんなことを言う澪ちゃんはこうだ!」
「あははははははは…………
るなおねえちゃんくすぐったいよぉ!!」
混乱しているが、少なくとも澪ちゃんはこの異常に気づいていない。
いや、適応していると言うべきか?
じゃれあった後、澪ちゃんの手を握って食堂に行くと、お母さんがテーブルについて私達を出迎えてくれた。
「遅かったわね。
瑠奈。
どうしたの?」
お母さんらしいその人の顔には何もなかった。
顔もない人形が私の母親役として私達を心配してくれていた。
それでも、私の口は開く。
「ごめんなさい。
少し眠たくて」
「まぁ。
また夜中まで本を呼んでいたのでしょう?」
「るなおねぇちゃんご本大好きだものね♪
みおはすぐ眠たくなっちゃうのです」
「澪もきっと、本が大好きになるわよ」
ドアが開いて、顔のない人形が入ってくる。
服装から、その人形が男性だと分かった。
「おはよう。
瑠奈。澪。
朝から騒がしくて元気そうで何よりだ」
「瑠奈はまた夜更かしして本を呼んでいたのですよ」
「おはようございます。
お父さん!お母さん!!」
これは、この私、いや、桂華院瑠奈が得られなかった家族の暖かさなのか。
澪ちゃんは巻き込まれたのだろう。
私はともかく、澪ちゃんは帰さないとと密かに決意しながら、私は人形の両親に丁寧に挨拶をした。
「おはようございます。
お父様。お母様」
テーブルの食事は、パンにベーコンにスープ。
それとりんごと紅茶。
この場所は多分、ヴィクトリア朝イギリスのものだとなんとなく察する。
食事は美味しかった。
いや楽しかったというべきだろうか?
「あのね。あのね。
みおはるなおねーちゃんと学校に行けて楽しいのです」
「本当に澪はお姉ちゃん子なのね。
学校は楽しい?」
「たのしい♪」
「瑠奈はどうだい?」
「ええ。
お友達も居るし、勉強だってちゃんとしているわ。
こんなに学校が楽しいなんて思いませんでした」
「あはは。
瑠奈は将来どんな風になるのやら」
「あら。
瑠奈はきっと素敵なお嫁さんになるのよ」
「君みたいにかい?」
「ええ。
貴方みたいな人を見つけてね」
人形達のやり取りが暖かくて滑稽である。
私はこの世界の両親の姿を知らない。
だから、こんな形でしか彼らは私に接することしかできない。
私は前世の両親を思い出したくはない。
親不孝をしたし、彼らは私を最後まで理解できなかった。
きっとこの食卓は、私が望んだものなのだろう。
だからこそ、この温かい時間が続いてほしいと願ってしまう。
けれど、楽しい時間はちゃんと終わりがあるからこそ楽しい訳で。
私はともかく澪ちゃんを帰さないとと焦る私とこのやり取りをもう少し楽しみたい私の葛藤を打ち消したのは、玄関から聞こえる呼び鈴の音だった。
「ほら。
学校に行く時間だ。
お友達が迎えに来たよ」
「ちゃんと準備しなさい。
鞄は持った?
ハンカチは?
帽子もちゃんとかぶって」
「できています。
みおはもうしょうがくせいなんですからね♪」
そんなやり取りの後私が澪ちゃんと一緒にドアを開けると、そこには蛍ちゃんが笑って出迎えてくれた。
この世界が、私の夢が覚める自覚があった。
「もしかして、私達を連れ戻しに来たの?」
私の言葉にこくりと首を縦にふる蛍ちゃん。
相変わらず喋らないが、この場所から元の場所に連れ出してくれるとなんとなく思える蛍ちゃんに安堵のため息をつく。
私は、澪ちゃんの手を握ったまま、食堂を振り向く。
あの人達は決して悪い人達では無かった。
だからこそ、その言葉は自然と出てきた。
「行ってきます」
「いってきまーす!」
澪ちゃんも私につられて声をだす。
その声はある意味必然で、そして優しかった。
「「行ってらっしゃい」」
私はこの声を忘れないようにしようと思った。
存在を消された父と母、私という存在に居場所を奪われた桂華院瑠奈の為に。
「っ!?」
「……どうしたの?
るなおねーちゃん?」
ぼーっとしていたらしい。
澪ちゃんが心配そうな顔が私を見ていたので、頭を撫でてやってごまかすことにした。
「あ、いたー!
先に入っていたのね!!」
明日香ちゃんの元気な声が耳に届く。
きっと隣に蛍ちゃんが居るのだろう。
あれは夢だったのだろうか?
それとも……
「ねぇ。蛍ちゃん……」
質問しようとした私の機先を制した蛍ちゃんは、自らの唇に人差し指を当てて楽しそうに笑っただけだった。
なお、あのドールハウスは後で探したが何処にも見当たらなかった。
私の少女漫画経歴は『花とゆめ』と『ウィングス』がメインなので、こういう不思議系な話をやってみたかったというのもある。
意識したのは、片山愁『学園便利屋』シリーズと星野架名『緑野原学園シリーズ』。