第18回参議院選挙開票日
「現在開票作業が進んでいる第18回参議院議員選挙ですが、情勢は与党立憲政友党が過半数に届かない公算が高く敗北が予想されています。
各地の結果は以下の……」
議員というのは落ちたらただの人である。
それと同じで、支援者にも明確な線引がある。
結果が出る前に事務所に入っているかだ。
大体それでどこの議員も譜代と外様を決めている。
「遊びに来たわよ!」
「おい!瑠奈!
手を引っ張るな!!」
「お邪魔します」
開票結果が始まろうとしている中、参議院議員比例代表候補者泉川太一郎事務所に場違いに明るい声が響き、支持者達の中からもどよめきが湧き上がる。
そんなのを裕次郎くんは無視して、私達の方に駆け寄った。
「わざわざ来なくても良かったのに」
「手伝っている友達を応援に来たんだ。
何が悪い事がある!」
こういうツンデレをだしてくる栄一くんの口調は若干早くなる。
一方で片目が欠けている達磨を眺めながら光也くんは小声で話しかけた。
「で、状況はどうだ?」
「良くはないけど、まだ勝ち目があると言った所。
選挙区じゃなくて比例代表に変わってなかったら危ないところだったよ」
アジア金融危機と消費税増税という不景気の波をモロに被って苦戦必死だったのに、大蔵省の不祥事に与党の選挙ミスが祟って複数区でかなりの取りこぼしが発生しようとしていた。
その結果この選挙で与党は内閣総辞職に追い込まれて、与党総裁選の後、新内閣が発足する。
本来ならば、泉川前蔵相はその後継者第一ランナーだった。
「よく来てくれた。
君たちが来てくれたことは絶対に忘れないよ」
私達を見つけた秘書が泉川太一郎候補者を連れてくる。
前はきつい感じがした彼だが、憔悴しているのに丸くなった感じが出ている。
比例代表となると全国を飛び回るか、地元で徹底的に足場を固めるかの二つしかない。
泉川太一郎さんは地元の関東だけでなく、私の縁で北海道を精力的に回る羽目になり、かなり苦労したのだろう。
まぁ、そうなるよな。
私が橘と一条を使って北海道の地盤とカバンを用意したのだから。
北海道開拓銀行の縁から始まる、北海道経済界だ。
看板だけは自前で用意しろというのがどれほど楽な選挙なのかを泉川家は理解している。
そして、その見返りとして桂華銀行売却問題に忖度をという所まで理解している。
「お気になさらず。
友達の応援ですわ」
がっしりと私の手をとって握手する太一郎氏と私にカメラのフラッシュがたかれる。
これで当選したら、多分ここの地方新聞の二面あたりを私が飾ることになるだろうな。
「結果が出たら父が会いたいと言っている。
すまないけど、お願いできるかな?」
私にしか聞こえない小声を囁いて、太一郎氏はまた有権者の中に戻ってゆく。
その支持者達の輪から拍手と万歳が聞こえてきたのは、日付をまたいだ翌日のことだった。
「第18回参議院議員選挙は与党の敗北に終わり、総理は先程党本部にて敗北の責任をとるという事で辞職を表明し……
……途中ですが失礼します。比例代表最後の一つが決まりました。
立憲政友党泉川太一郎氏。当選です!」
「待たせてしまったね。
小さな女王陛下」
「もぉ。みんなしてどうしてその呼び方をいたしますの?
嫌いではないですけど」
事務所内の爆発的な大騒ぎの中、奥の部屋で行われた泉川辰ノ助議員との会見は両者ともまったく笑顔が無かった。
泉川議員は私を値踏みし、私はその目に冷徹な計算をたたえていた。
「で、君が息子をここまで引き上げる理由は桂華銀行の件でいいのかな?」
「違いますよ」
私のあっさりした一言に泉川議員の顔が崩れる。
そんな事をお構いなく私は用意されたグレープジュースをぐびくびと飲み干す。
「強いて言えば、裕次郎くんの為ですかね。
私が言える義理ではないですけど、もう少しなんとかならなかったのですか?」
「……それについては返す言葉がないな。
落ちればただの人だから、いやでもしがみつく。
因果な商売だよ」
泉川家は四人兄弟で、男二人と女二人で、この女二人が問題になってしまっていた。
長男・長女・次女・次男の構成なのだが、次男である裕次郎くんだけが泉川議員の後妻との子供だった事が問題をややこしくさせた。
いや、正確には彼女たちの夫であり、婚約者の方なのだが、それぞれ相手が有力県議と市議だったのだ。
太一郎氏の人気がいまいちだった事もあって、後継者をと狙って既に動いていた。
太一郎氏が落選していたら、ゲーム内と同じく派手なお家騒動が勃発しただろう。
「とはいえ、極めればそれは人に誇れるものです。
どうです?
もう一花咲かせてみませんか?」
「…………驚いたな。
君の本当の狙いは私だったのか」
彼は太一郎氏落選の為かこの後の総裁選で自棄に近い出馬をして敗北し、そのまま政界を去る事になる。
金融関連で睨みを利かせられる泉川議員が居る居ないで今後の日本経済のコントロールが格段に変わるのだ。
「ちょっと失礼。
もしもし。
私だ」
ふいに泉川議員の電話が鳴り、彼はそのままオンフックで私にも聞こえるようにする。
その声は、泉川議員のライバルだった人だった。
「泉川君。
息子さんの当選おめでとう」
「君から祝福されると何だかくすぐったいな。
渕上外務大臣」
私が知る世界において、次の総理になる人物の名前が出てくる。
それは、次期総理からの手打ちのお誘いだった。
「どうだろう?
選挙で敗北した事もあり、中で揉めている余裕はないはずだ。
私に協力してくれないかね?
見返りは用意している」
今、私は歴史改変の転換点に居た。
それが正しいか間違っているか分からないが、私の手は卓上のメモとペンを取り、メモを破って書きつけたものを泉川議員につきつけた。
泉川議員は私を見て、そしてそのメモを見て、私を睨む。
私も睨み返す。
その沈黙は長くなかったのに、永遠とも思える時間を感じた。
「……副総裁か副総理」
「いいだろう。
それなら用意できる。
君の派閥の大臣候補者リストを用意しておいてくれ」
その声に私は安堵のため息を吐く。
そこから電話の向こうから、とんでもない奇襲が私に突き刺さる。
「それと、君の協力を引き出してくれた小さな女王様に感謝を伝えておいてくれ」
「わかった。
彼女、その名前気に入っているそうだ。
切るぞ」
何でバレたと呆然とする私に、泉川議員がこの部屋に入ってから初めて笑った。
「奴は耳が良いんだよ。
電話向こうの音も拾っているらしいからな。
多分、書いた音とメモを破った音で第三者が居る事を察し、さっきのため息で君のことを察したのだろうな。
息子と握手していた時にTVカメラが回っていたのに気づかなかったかい?
党本部にはちゃんと各局全部みれるようにTVを用意させて専属の職員がいるのだから、気づくやつは気づくよ」
「まぁ。
政界って恐ろしい所ですわね」
「私から言わせると、君のお祖父さまを思い出すよ。
あのお方も妖怪じみていたからな」
「ひどぉい!
これでもレディなのですよ!!」
そして二人して笑いあう。
ドアがノックされて秘書が入ってきたので私達は笑顔をもとに戻した。
「失礼します。
マスコミが太一郎議員への花束贈呈の絵を取りたいそうで」
「だそうだ。
よかったら花を添えてやってくれないかい?」
「高く付きますわよ。もぉ」
渕上内閣が成立した時、泉川辰ノ助議員は立憲政友党副総裁という役職で党から内閣を支える形になった。
彼と彼の派閥は渕上内閣成立に協力した事でポストを優遇され、復権を内外に印象づけることに成功したのである。
そんな渕上内閣の初仕事の一つがロシア金融危機と桂華銀行売却問題で、日本経済にその打撃が波及しないように防げたのはこの内閣の功績の一つと言われるようになる。
泉川太一郎候補者の苦労
選挙期間中に行う某カントリーサイン。
これで徹底的に地元を回りきって王国を作った人が鈴木宗男元議員である。
渕上外務大臣
元ネタであるこの人の電話好きは結構有名な話。
と同時に、実はかなり有能な人でもある。
副総裁と副総理
元々はお飾り職なのだか、日本的組織論では有力議員がここに入ると途端に機能する役職に化ける。
物語では書いていないけど、副総裁をつけるならという事で平成の高橋是清さんを副総理に指名している。
6/29
感想の指摘で泉川家の家庭の事情を改変。
裕次郎くんを後妻との子にしました。