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金とコネの使い方 2019/9/3 投稿

「どうなの?」


「厳しいと言わざるを得ません。

 贔屓目に見ても6対4で、今のままでは7対3で泉川氏は負けるでしょう」


 参議院選挙前に私は橘に頼んで、裕次郎くんのお兄さんである泉川太一郎氏の選挙分析をしてもらっていた。

 その結果は良くはないというか、ぶっちゃけると悪い。


「まず、お父君である泉川議員が大蔵省のスキャンダルで引責辞任に追い込まれたのが効いています。

 その上、太一郎氏が新人という事が足を引っ張っている状況です」


「新人だと何が悪いの?」


 テーブルの十数枚のレポートを眺めながら、私は質問する。

 橘は一枚のレポートを持ち、私に手渡す。


「泉川氏が立候補する予定の選挙区の定数は二人。

 それを与野党一人ずつが分け合っています。

 与党候補者は野党候補者の二倍以上の票で当選していますが、これを綺麗に割れるとは思えません」


 この票を分割する事を票割りという。

 綺麗に半分に割れるのならば、与党議員と泉川氏が当選できる。

 理論上はだ。


「無党派の増大がこの状況下では悪影響を及ぼします。

 無党派の大部分は野党に入れる投票行動が見られます。

 県庁所在地をはじめとする大都市に無党派が多く居る現状、野党側の票は増える事はあれども減ることはないでしょう」


 大票田の大都市の無党派が野党側でまとまっているからこそ、野党側は崩れない。

 この無党派層は2009年以降にならないと目を覚まさないので、今は置いておこう。

 そうなると、今はまだ地方で圧倒している与党支持層の動向である。


「選挙は、義理人情がものを言います。

 派閥の長であり、次期総理候補と目されていた泉川議員に恩を受けていた人間も多いですが、それ以上にスキャンダルで断る理由ができたのが痛いのです。

 多分、与党議員の方が泉川氏の支持者を切り崩しますよ」


「これだから派閥争いってのは……」


 頭を抱える私。

 日本政治に野党があまり登場しないのは、与党立憲政友党内部の派閥争いが疑似政権交代の役目を果たしていたからだ。

 こういう風に同じ選挙区に同じ政党の議員がいる場合、ほぼ必然的に違う派閥に属する事になる。

 表向きは味方ではあるが、選挙になると足の引っ張り合いというとても楽しい光景が見られる訳で。

 90年代の選挙改革は、この派閥争いの解消というお題目で進められた側面は否定できない。

 こうやってバッティングが発生すると、そりゃもう党中央を巻き込んで壮絶に揉める訳で。


「ちなみに、中央はどう言っている訳?」


 その中央で参議院選挙を取り仕切っていたのが、加東一弘幹事長である。

 橘は探りを入れていたらしく、淡々とその結果を告げる。


「『公認は難しい。当選後公認なら考える』だそうです」


 やる気なし。

 立憲政友党中央の選挙分析も泉川太一郎氏の敗北を予想している訳だ。

 さて、困ったぞ。

 ここで泉川氏が負けると、加東幹事長とも繋がっていると見られる私に恨みの矛先が向けられかねない。

 未来を知っているだけに、裕次郎くんと敵対するリスクは減らしたい訳で。


「なんとか当選させる手はないかしら?」


 その言葉に、橘が私に尋ねてきた。

 橘の目線は若干厳しめである。


「それは、泉川裕次郎さまのためでしょうか?」


「まあね。

 仲良くなったのに、大人の都合で険悪になるのはいやよ」


 続けて橘に拒否できない理由を突き付ける。

 それぐらいの恩を裕次郎くんは誇っていいはずだ。


「それに、私の誘拐事件の時に、彼はみんなと一緒にわざわざ犯人の前に出てくれたのよ。

 その恩を私は返していない」


 橘はため息をつく。

 選挙は義理人情がものをいう。

 橘の言葉が、私の意思として跳ね返る。


「選挙区は厳しいでしょう。

 だったら、比例代表しかありません。

 拘束名簿式ですので、何処に名前が乗るかが大事になります」


 ならば、手がない事もない。

 こちらは泉川議員にも加東幹事長にもコネがあるのだ。


「いいじゃない。

 コネと金はこういう時に使いましょうよ」


 加東幹事長への札は、酒田の化学コンビナート。

 桂華グループの全面支援が取引材料だ。


「泉川議員へはどのように?」


 裕次郎くんには恩があるが、泉川議員には派閥パーティーに出ての誘拐騒ぎだったから、恩というより仇の方がある形になる。

 そこで、橘を納得させる為にも別のロジックを用意する必要があった。


「北海道」


 私の言葉に橘が首をひねる。

 続きを待っている橘に私は口を開く。


「北海道開拓銀行の救済で、北海道経済界に桂華グループは足場を築いたわ。

 あそこは公共事業が経済を回しているから、桂華グループとしても政界の代理人は必要になるわ」


 公共事業は中央の金をどうやって地方に持ってくるかという側面がある。

 その為、中央と繋がりがある先生が居るのと居ないのでは、金の引っ張り具合が変わってくる。


「つまり、泉川氏を使って泉川議員にお願いすると?」


「スキャンダルで引責辞任に追い込まれても、大臣まで務めた大蔵族の大物よ。

 桂華としては、これ以上ない代理人になるわ」


 私の笑顔に、橘は諦めのため息をつく。

 その上で私に確認をとった。


「選挙は金がものを言います。

 ある程度の献金は覚悟してください」


「あら?

 桂華銀行救済時にドブに捨てたお金より高いのかしら?それ?」


 選挙はお金がかかる。

 だが、それもマネーゲームで膨らみきった数字としての現金に比べると些細なものだった。

 事実、橘の事後報告では、この時使ったお金は百億ほどになったが、今のムーンライトファンドにとって、それははした金でしかなかったのである。



 後日談。

 親がスキャンダルの渦中にいるので、極力一人で居ようとする裕次郎くんが私の隣を通り過ぎた時、その言葉が耳に入る。

 泉川太一郎氏が地元立候補を諦め、比例代表に回ったというニュースが流れた翌日の事である。


「桂華院さん。

 ありがとう」


 振り返ることはしてほしくないだろうし、こちらも振り返るなんて野暮なことはしない。

 だから、知らないふりをしようとしていたら、栄一くんがやってきた。


「瑠奈。

 何か言われたのか?」


「さぁ。

 …って、栄一くんは裕次郎くんを追いかけているの?」


「ああ。

 気を使って一人で居ようとするが、そんな風に気を使われるのが気に入らなくてな。

 つきまとってやろうと」


「がんばれ。

 応援してあげるわ」


「おう。

 捕まえたら光也のやつも誘ってアヴァンティに行こうぜ」


 そんな事を言って栄一くんは去ってゆく。

 それを見送ってから、私はゆっくりと虚空に裕次郎くんへの返事をつぶやいた。


「どういたしまして」


と。

選挙分析

 この手のは、簡単なのは新聞や週刊誌の選挙予測をまとめて、各紙の優劣をまとめるだけでもある程度の傾向が見えてくる。

 金と時間をかける場合、これに最近の他の選挙データ、参議院選挙だと選挙区がかぶるから知事選データはかなり使えたりする。

 参議院を落とす場合、結構な確率で知事も落とす傾向があったりする。


お断り

 同じ党の支持者だから基本両天秤なのだが、『スキャンダルが出たから今回はお休みだよね。だからもう一方に肩入れします』で断りができるのが本当に強いのだ。

 なお、これでお断りされた方が当選した場合、報復が待っているから派閥争いはドロドロするのだ。


票割りの成功例

 今年の参議院選挙の北海道や千葉。

 失敗例は広島である。


拘束名簿式

 あらかじめ政党の側で候補者の当選順位を決めた名簿を確定しておく方法で、政党の獲得議席数に応じて名簿登録上位から当選させてゆく方式。

 今の参議院選挙は非拘束名簿なので議員個人名が当落に直接影響する。

 それで一躍大躍進をしたのが、54万票をかき集めおたく票という圧力団体を自民党に認知させた山田太郎参議院議員である。

 彼に勝てたのがこの話で佳境に入る、郵政票60万しかないという事は覚えておこう。

 その郵政票を無党派の支持を受けてこの後切り捨てるんだぜ。あの銀髪は。

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