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ハリネズミの雪解け 2019/3/26 投稿

ついに悩んでいた先輩登場

 小さいながらも社会なるものが形成されるのが小学校という所で、そんな小学校生活の最初は結構浮いていた。

 理由は、この髪と親のやらかしである。

 栄一くんたちや、明日香さんたちと知り合えていなかったら、今頃私はぼっちデビューをしていただろう。


「おはよう」

「おはよう。瑠奈ちゃん。

 宿題やってきた?」

「やってきたけどどうして?」

「ごめん!

 写させて!

 ノートを間違って持ってきたの!!」

「蛍ちゃんから借りればいいじゃない?」

「蛍ちゃんからは別のノートを借りていまして……はい……」


 明日香ちゃんの向こうでえっへんとアピールする蛍ちゃん。

 どうもお返しを考えるとこれ以上借りは作りたくないという明日香ちゃんのプライドが私を選択したらしい。

 私にしても悪い話ではない。

 明日香ちゃんと蛍ちゃんのおかげで、ぼっちコミュニティーから脱却できたのだから。


「しょうがないわね。

 明日香ちゃんちのみかんで見せてあげるわ」

「オレンジだったら箱であげるわよ!箱で!!」


 良くも悪くも明日香ちゃんは人気者である。

 女子の中で話題の中心には明日香ちゃんがおり、オカルト大好きな女子は蛍ちゃんの不思議オーラに惹かれるわけで。

 そんな彼女たちと仲良しだった事が私をぼっちから救い出してくれた。

 我ながら幼稚園に行く選択をしたのは大正解と言えよう。


「ん?どうしたの?蛍ちゃん?」


 蛍ちゃんにつんつんと突かれた私が蛍ちゃんの指差す方向を見ると、教室のドアから私達を眺める女生徒の姿が。

 初等部の制服だから同級生か上級生か?


「もしもし?」


 私の声にびっくりする彼女。

 バレていないと思ったのだろう。驚いてこっちを見る。

 あ。上級生で金髪だ。

 珍しい。


「ちょ、ちょっと!?

 ……行っちゃった……」


 呆然とする私の目に映る三つ編みハーフアップ。

 あ、あの髪型いいなと思ったのを残して、その人との出会いは終わった。




 意識すると、その先輩がどうも私の事を見ているというのが分かってくる。

 そして、気づけば周りの人間も気づくわけで。


「おい。瑠奈。

 またあの先輩来ているぞ」


「あの人、上級生のリディアさんだね。

 敷香リディア。

 樺太からの転入生だね」


「敷香侯爵家は少し有名な家だな。

 北日本政府の名家で、樺太併合の立役者の一人だ」


 栄一くん、裕次郎くん、光也くんの三人の情報をまとめるとこんな感じになる。

 ベルリンの壁崩壊から始まる東側の崩壊は、東ドイツで起こった国家解体とルーマニアで起こった戦火を伴ったパターンがあるが、北日本政府が国家解体方式で崩壊した最大の理由に、その時期に発生した体制内のクーデターのおかげがある。

 北日本共産党とその支配下にあった秘密警察の支配体制に、現実に対峙する軍が反旗を翻したのは他の東側と同じだったが、違ったのは秘密警察が軍について無血クーデターを主導した所にある。

 この革命は冬祭りの時に発生した事から『冬祭り革命』とか『樺太の春』なんて呼ばれるようになる。

 その時の秘密警察長官が敷香リディアさんのお父様だった。

 彼はクーデター後の樺太政府内部の権力争いに敗れることを自覚しており、最高のタイミングでこの国、つまり日本に己を売ったのだ。

 日本政府の樺太進駐が無血で進んだ原因はこの彼の内通で樺太内部の情報が筒抜けだった事があげられる。

 彼と彼に組した権力者達は身の安全と財産の保証を得て、次々と己の旗を日の丸に変えていった。

 そんな彼らを巧みに使いながらこの国は樺太統治を進めているが、この国にとっての功労者は樺太側から見れば許しがたい裏切り者である訳で。

 彼は侯爵位という爵位まで得て華族としてこの東京に住む事になった。

 それをこの国の権力者層がどのような感じで見るのかは、私の例を見れば分かるだろう。

 色々言われいじめられたのだろうが、それでも彼女は耐えて反撃してみせた。

 その結果ついたあだ名は、『ワシリーサ』。

 ロシア童話の主人公で、ロシア版の『シンデレラ』と言ったらわかりやすいだろうか。

 なんとなく理解した。

 私に対する風当たりの弱さは、明日香ちゃん達だけでなく、先駆者として敷香先輩が居たという訳だ。


「で、どうするの?」


 明日香ちゃんの質問に私は笑って答えた。

 なお、栄一くん達は私のこの笑みを『狼が獲物を見つけたような』笑みと呼ぶので大喧嘩をするのだが、それは別の話。


「まずは捕まえてお話をするのよ!」


 そんな私の切り札である蛍ちゃんは私のことをきょとんと見ていた。



「もしもし?

 敷香せんぱい?」


 なんとなく分かってきたのだが、彼女のこの反応はハリネズミのジレンマなのだ。

 どれだけ彼女がいじめられ、反撃をしてきたのかの裏返し。

 そんな彼女の前に、ほぼ同属性の存在が学校の後輩として入ってきた。

 興味が無いと言えば嘘になるし、かと言って嫌われたらと決定的な所で踏み出せない。

 だからこちらから手を差し伸ばすのだが、その手を掴むのが怖くて逃げてしまう。

 分かるがゆえに、こちらの罠にかかる。


「っ!?」


 逃げ道にニコニコ通せんぼをする蛍ちゃんが実に様になっているからちょっと怖い。

 とはいえ、ふいに障害物として出てくるから、こういう追い込み式の狩りでは絶大な効果を発揮する。

 なお、蛍ちゃんのこのかくれんぼ能力は犬はおろか野生の獣ですら見つけられないというが、はったりだと思う……思いたいなぁ。うん。


「という訳で、お話しましょう♪」

「……私のこと、怖くないの?」


 恐る恐る尋ねるリディア先輩に私はあっさりと本心を言う。

 少なくともこの手の人は嘘にだけはとても鋭敏なのだ。


「怖いですよ。

 だからお話をして相互理解を図りましょうと言っているのです」


 ここでわざとらしく、舌を出して茶目っ気を出す。


「何よりも、何も言わずにじっとこちらを見られる方が怖いです」

「……そうね。

 私、何をやっていたのかしら……」


 やっと出た笑みに私は手を差し出した。

 その手を先輩は掴んで自己紹介をする。


「敷香リディアよ」

「桂華院瑠奈と申します。せんぱい」

冬祭り革命

 マースレニツァ。

 このお祭りの警備を利用しての秘密警察によるクーデターに軍が賛同。

 その後軍中枢を拘束して、日本政府に樺太進駐を呼び込むという素敵なやり口で北日本政府は崩壊した。

 外国では多分、『マースレニツァ革命』と呼ばれている。


ワシリーサ

 正式なタイトルは『うるわしのワシリーサ』。

 なお、別の話だがロシアの御伽話には『竜王と賢女ワシリーサ』というものもある。


敷香

 『しすか』と読む。

 樺太の地名の一つ。

 共産党に入って、上になったので生まれの地の名字に改姓したという設定。

 なお、こんな人間がまだ他にもおり、彼らの寝返りが日本の樺太併合を成功に導いた代わりに、国会議員や華族として優遇する事に。

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