私の髪が金髪な訳 因果応報編 その5
九段下。
債権銀行本社ビル。
銀行機能は桂華銀行本店に移管されたのでこのビルは空きビルになっているのだが、既に建て替えが決まっており中はがらんとしている。
そんなビルの応接室に、私と栄一くん・裕次郎くん・光也くんの帝都学習館カルテットに執事の橘が客人相手に圧迫面接をしていた。
「どういう事なのか説明していただけるんですよね?」
客人である公安の前藤正一警部の前には新聞が置かれ、その一面には『泉川大蔵大臣引責辞任!大蔵省内部の汚職で逮捕者を出した責任をとり……』とでかでかと書かれていた。
この汚職事件は、総会屋に対する利益供与から始まっており、調べてったらMOF担という大蔵省担当銀行員と大蔵省官僚の汚職に繋がってというのが大まかな流れだ。
大蔵大臣に日銀総裁の引責辞任、逮捕者に自殺者まで出るという最悪の事態の上に、アジア金融危機進行中で日本の金融行政が完全に脳死するという最悪の状況に頭を抱えることに。
「と、言われましても、悪いことをしている以上はそれを捕まえるのがお巡りさんのお仕事な訳でして」
「それは承知しています。
私がお伺いしたいのは、私を出汁にした上でこの捜査を進めた経緯とその背後です」
前藤正一警部の張り付いた笑顔の仮面から目だけ笑みが消える。
少なくとも私はともかく、男子三人はチートクラスの頭脳持ちだ。
理屈だけなら理解できるからこそ、この圧迫面接に加わってもらっている。
栄一くんはともかく、裕次郎くんは父が大蔵大臣辞任に追い込まれて、総裁選出馬は見送り。
光也くんもお父さんが捜査線上に浮かんで何もなかったが、主計局そのものが大ダメージを受けてお先真っ暗。
私は私で怖い目にあった上に、桂華院家内部の醜聞という事で叔父も仲麻呂お兄様もその後始末に大わらわ。
そんな一連の事情を知りたいというの事でのご登場である。
「公安はかなり早い時点であの二人まで調べていましたね?」
あの一件は少なくとも桂華院家内部の事として表沙汰にしないという事で公安とは手打ちが済んでいるらしい。
そういう所まで含めて、今回の一件は公安の手のひらだったという疑念を深めざるを得ない。
「私の車がつけられた時点で、あなた方が出てきたのがその証拠だ。
ロマノフ家の財宝にムーンライトファンド。
私が狙われる理由はいくらでもあった。
だが、その私を狙うように焚き付けた奴が居る」
淡々と推理を披露する小学生。
気分は某名探偵のごとし。
「あなた方公安ですね。
東京地検が大蔵省をターゲットにしていた事を公安は知っていた。
桂華銀行や桂華証券は、不良債権処理の件もあって大蔵省の植民地だ。
大蔵省がこの不祥事で失脚すれば、桂華グループで主導権を握れる。
そういう狂言だった訳だ」
私は一旦言葉を止めてグレープジュースをぐびくび。
後味を楽しむこと無く、更に続きを口にした。
「問題だったのは、実行犯の二人が本当に私を売ろうとした事。
ロマノフ家の財宝にムーンライトファンドという巨額の金が、狂言誘拐から本当の誘拐に切り替わろうとした。
だから、ああいう形に落ち着いた」
ちらりと私は三人に視線を向ける。
三人共理解はしているのだろうが、どう動けばいいか分からないらしい。
彼らは知らない。
大人の喧嘩とは口喧嘩なのだという事を。
「だから何としても船内で私を奪還する必要があった。
そのために三人を使ったことが証拠です。
狂言だったから前藤正一警部が動けば彼らは警戒する。
私に絡んで、彼らが油断する駒となると、あの時この三人しか残っていなかった」
その証拠に泉川大臣が引責辞任と総裁選不出馬でお咎め無し、主計局主計官という次期大蔵省事務次官のポストに居た光也君のお父さんもお咎め無しなのが証拠だ。
この両者とも逮捕まで持っていけば検察は大金星として評価されるものだった。
それを抑えたのは間違いなく前藤正一警部の公安で、私の誘拐事件の手打ちの中に入ったのだろう。
この場で言うつもりも無いが。
栄一くん?
彼は俺様キャラで勝手に加わったと見た。
「探偵漫画だったらなかなかの筋書きですな。
ですが、状況証拠ばかりで証拠が無い」
まるで犯人のようにというか私の戯言に乗ってくれているという感じの前藤正一警部。
彼自身を責めたとしてもトカゲの尻尾切りな訳で、事は既に大蔵族の大敗が決まっている。
この不祥事が引き金となって彼らは金融行政を失い、その長きにわたる大蔵の名前すら捨てさせられる事になるのだから。
「香港返還とアジア通貨基金構想」
前藤正一警部の笑顔の仮面が剥がれ落ちた。
どうやらここが本丸だったらしい。
「日本の不良債権処理は大蔵省の護送船団方式でなんとか乗り切った。
その流れでアジア金融危機を防がれると不味いことがあったという訳ね。
この間香港が返還されたけど、あそこにあったアングラマネーのかなりの部分がアジア諸国に流れていたのは知っているのでしょう?
それを吸っていったのは米国のヘッジファンド」
「お嬢様。
物語と言えども、言わないほうが良いという事があると忠告させていただきます」
米国に本拠を置くヘッジファンドはこの頃から本格的に暴れまくる。
そしてそれは、米国の国益と一致していた時期でもあったのだ。
面白いのは、『日本の弱体化』を望んでいる保守派議員もこの頃は多く居たのだ。
太平洋戦争で負けた事で、また米国と対峙するのはご免だという戦中世代が未だ一線に残っていた最後の時でもあった。
アジア通貨基金構想は首相まで務めた大蔵族の長老が提唱したプランで、ヘッジファンドから身を守るために日本が中心となって資金を融通するだけで無く、そこから経済支援まで視野にいれた壮大なプランだった。
とはいえ、このプランが成立すると、アジア限定とはいえ、IMFと業務がかぶってしまうと米国が反対していた。
日米同盟の維持の為に、彼ら大蔵族は売られた。
桂華院家は私という東側内通の過去があるからこそ、その舞台に選ばれた。
つまりそういう話だ。
「結構よ。
小学生のお話し相手になってくれてありがとう」
「いえいえ。
なかなかおもしろい物語でしたよ。
お嬢様」
理解した三人の男の子達だが、裕次郎くん・光也くんは激怒というか殺意バリバリである。
で、栄一くんはというと冷めた目というか見下した目で前藤正一警部を睨みつけていた。
この茶番に三人を引きずり込んだのは、私の破滅イベントで逮捕されるエンドがあるのだが、その逮捕しに来た刑事さんが前藤正一警部のような気がしたのだ。
一枚絵で名前もなかったけど、雰囲気から多分そうだと。
で、彼ら三人に悪印象をもたせて、私の逮捕エンドを潰そうなんてフラグ折りの作業を兼ねていた事を彼らは知らない。
「なるほど。
なかなかおもしろい話だった」
前藤正一警部が出ていこうとしたドアが開くと、その声と共に仲麻呂お兄様が入ってくる。
冷淡な貴公子顔では無く、あきらかに感情が顔に出ていた。
「っ!」
そのまま前藤正一警部の顔面を仲麻呂お兄様が殴る。
前藤警部はそのまま殴られ、床に這いつくばった。
「そんな薄汚い事に大事な妹を巻き込むな!!
貴様は今後一切桂華院家の敷居を跨がせない!
そう上に報告しておけ」
垂れる鼻血を手で拭いて、何も言わずに一礼して前藤正一警部は出てゆく。
けど私は分かってしまう。
仲麻呂お兄様が私を強く抱きしめる。
「すまなかった。瑠奈。
お前がこんなに怖がっていたなんて。
だけど安心するといい。
お前は誰がなんと言おうとも、桂華院家の一員で、俺の大事な妹だ!!」
私の頬に仲麻呂お兄様の涙が垂れる。
警察の警部ともなれば、犯人逮捕の為に武道を習得させられている。
それにも関わらず、前藤正一警部は仲麻呂お兄様に殴られた。
つまり、桂華院家と公安の手打ちの案件の範疇に入るという事。
「泣かないでおくれ。瑠奈。
ほら。
君たちも何か言って瑠奈の機嫌をとってくれないか?」
私の涙に慌てる仲麻呂お兄様と男子三人。
違うのよ。みんな。
ねえ。桂華院瑠奈。
あなたは疑心暗鬼と人間不信の果てに見た、主人公の何が羨ましかったの?
大蔵省内部の汚職
別名『ノーパンしゃぶしゃぶ事件』。今回書くにあたって調べ直して、『ノーパンしゃぶしゃぶは飲食店と言う扱いであり、風俗店とは異なり「飲食費として領収書を落とせる」ことにより、官僚の接待に利用された』(wiki)を読んで大爆笑中。
そうか。領収書が鍵だったのか。
総会屋
その会社の株を買って利益を得る連中の事。物言う株主とは違うのだが、一般人にとって両者はあまり違わないと某Yの知恵袋を見て笑った。
MOF担
対大蔵省折衝担当者の俗称。
今は、FSA担(対金融庁折衝担当者)に変わったらしい。
あと、BOJ担(対日本銀行折衝担当者)も居るそうな。
東京地検
東京地方検察庁。
ここの特捜部が動く=政財界スキャンダルという時代がたしかにあった。
香港返還
中国に返還されたのが1997年。
あまりに色々有りすぎて、陰謀論で話を作ろうにもかえってリアルぽくならないとかつて聞いたことが。
アジア通貨基金構想
日本版AIIB。
これが成立していたらという経済版架空戦記のキーポイントの一つ。
6/15 感想の指摘で何で瑠奈が泣いたのかが唐突という指摘があったので、後で加筆する予定。