三級試験
ざわ……ざわ……
(何でここに小学生が居るのよ。二人も)
(ランドセル背負って、たしかに受験資格なしだけどさぁ……)
(これで落ちたら私達小学生以下?絶対に嫌!)
「では時間になりましたので始めてください」
日曜日の受験会場。
スーツ姿の男女に混じって受験を受ける小学生男女二人の姿はそれはとても良く目立ったという。
万一の破滅を考えた時に備えて手に資格をと考える。
この当時、三級資格として就職時に持っていても役に立たないと叩かれた資格が三つほどある。
簿記三級
秘書三級
英検三級
の三つだ。
理由は簡単。
受験資格が無く筆記試験で取れる事もあって、当時の就活生が一斉にとって差異がつかなくなってしまったからである。
第二の生でピカピカ小学生ライフを満喫していたのだが、勉強はまだ寝てても出来るレベルである。
という事で、暇を見つけて取りに行ったのである。
まさか同じ発想を持つ小学生男子が居ようとは思っていなかったが。
しかもあの制服、私と同じ帝都学習館学園の制服である。
「ねぇ。
ちょっといいかな?」
試験終了後、ランドセルに筆記用具をしまっている時にその男の子から声がかかった。
ランドセルを背負っているが秀才系優男と言ったところか。
じーっと見る。
どこかで見たような顔だな。
「あら?
何か御用?」
「僕の他にこういう事をやっている同年代が居たら声をかけるだろう。普通は?」
「たしかにそうね」
こんな会話だけど、二人共小学生である。
ランドセルを背負っているのである。
ついでに言うと、受験会場の外の廊下に執事の橘と相手側の執事らしい人が待っているのである。
世界が違うとばかりにスーツ姿の就活生達は私達を奇異の目で見ながらも足早に立ち去ってゆく。
「せっかくだから、少し話でもどうかな?」
「それはいいけど、互いの名前も知らないのは困るわね」
まるで恋愛ドラマのように私は彼に手を差し出して名乗る。
彼は私の手を取ってリードするように歩き出す。
なお二人共小学生でランドセルを背負っている。
シュールなことこの上ないが、それを許してしまう生まれと気品は二人共持っていた。
「桂華院瑠奈よ」
「君があの桂華院のお嬢様か。
僕の名前は泉川裕次郎だ」
あ。こいつ攻略対象キャラだ。
関東を地盤に国会議員を輩出している泉川家は代々与党議員の大物として影響力を強め、特に彼の父である泉川辰ノ助議員は大蔵大臣を務める大物である。
彼が属する与党大蔵族議員は、不良債権処理で大蔵省ともども激しく叩かれている最中だが、省内をまとめて日本式護送船団方式をついに崩さなかったと永田町や霞が関では大きな評価を受けていた。
その実態は、やばい銀行を財閥にというかうちの銀行に押し付けただけなのだが。
まぁ、ここではとやかく言うまい。
この功績もあって、次期総理レースに名乗り出たとか噂され、派閥間での台風の目になっているとか。
「せっかくだからジュースでもいかが?」
「いいね。奢るよ。
120円だけどね」
「あら?
小学生にとっての120円って大金なのよ。
駄菓子屋で10円のチョコレートが12個買えるんですからね」
「え?」
なお、5円のチョコだと倍の24個である。
子供の算数というのは、与えられた100円で満足するお菓子を駄菓子屋で買う為に使われる時代がたしかにあったのだ。
今ではその駄菓子屋そのものが絶滅危惧種になっているのだが。
「じゃあ桂華院さん。何がいい?」
「ぶどうジュース!」
「僕はいつものやつを」
裕次郎くんが彼の執事に言うと執事が自販機からぶどうジュースとミルクティーを持ってやってくる。
そして蓋を開けて乾杯。
試験の後のジュースの甘さは格別なものがある。
それは裕次郎くんも同じだったらしい。
「この自販機は気になっていてね。
僕の友達が最近買いだして、自慢してくるんだよ。
じゃあと、色々試した結果これが一番口にあった。
試験が終わると頭を使うせいか甘いものが欲しくなるんだよね」
「わかるわ……ん?
もしかしてそいつコーラにはまってない?」
「何だ。
栄一くんの事知っているのか」
「知っているも何も、彼にコーラを教えたのは私です♪」
自販機近くのベンチに小学生二人ランドセルを置いてジュースを飲みながらおしゃべり。
おかしくはない。
その場所が資格試験の会場で、常にスーツ姿の男女が行き来して、その小学生を守るように執事二人が控えているのを見ないのならば。
「で、桂華院さんは何を取るつもりなの?」
資格試験らしい話題に話が進み、私も予定しているものを口に出す。
何度も言うが私達は小学生である。
「簿記三級に秘書三級に英検三級。
それにパソコンのオフィスユーザースペシャリストと危険物乙4かな」
「危険物乙4?」
正式には危険物取扱者乙種4類。
火災の危険性の高い物質を『危険物』として消防法で規定している。
その危険物でガソリン、軽油、灯油等が扱える資格である。
ガソリンスタンド等で需要があり、マークシート式ではあるが合格するのは結構難しい。
「あれ、受験資格無いのよ。
ちなみに地元の消防署で講習会とかやっているから、それ受けておくと色々便利よ」
「へー。
じゃあ僕も狙ってみようかな?」
「そっちは?」
「同じく簿記三級に秘書三級に英検三級とパソコンのオフィスユーザースペシャリスト。
あとは宅建かな?」
「宅建!?
あれ未成年はだめじゃなかったっけ?」
宅地建物取引士。
この時は宅地建物取引主任者と呼ばれていた資格だ。
土地取引に関わる資格で、不動産屋をはじめとして需要が多くある分、難しい資格である。
「なるのはね。
試験は受けられるんだよ。
僕は4人兄弟の末っ子だけど、父が議員だからどうしても法律には関わらないといけないしね。
宅建はそのとっかかり。
取れたら取れたで成年になった時に講習を受けなおすさ。
もちろん、行政書士も取るつもり」
「じゃあ、税理士か司法書士もとって、ゆくゆくは弁護士?」
空になったジュース缶を執事が缶捨てに捨てるのを眺めながら私が尋ねると、裕次郎君は小学生らしからぬ笑みを浮かべて天井を眺めてぼやく。
「それが最善だけど、選挙に引っ張り出されるだろうなぁ。
県議にせよ市議にせよ、選挙区に議員として身内が居ると選挙の足腰が違うんだ。
世襲議員の辛い所さ」
「あら?
それを言ったら華族はもっと辛いわよ。
ついでに私の所は今、叩かれている財閥持ちだから辛さは二倍よ」
「お互いままならないねぇ」
「本当よね」
何度も何度も言うが、二人共小学生になったばかりである。
なお、順調に互いに資格試験は合格し小学校の図書館で時々勉強会を開いているのだが、いつの間にか栄一くんもやってくるようになったのは笑った。
で、二人が互いに資格を話しているのを見て欲しくなったらしい彼は、凄いハイスピードで資格を掻っ攫っていった。
これだからチートイケメンは……
永田町・霞が関
永田町が政界の、霞が関が官僚の隠語。
10円チョコ。5円チョコ。
私のかつての黄金パターン。
10円ガム5つと5円チョコ10個で一週間100円を戦った駄菓子屋での熱いバトル。
ここで30円のイカとか、50円の粉ジュースとかを買うためにどれを削るかで真剣に悩んだ思い出。
ミルクティー
私の魂の飲み物。
6/8 泉川裕次郎と後藤光也の名前を間違えていたので差し替え