私の髪が金髪な訳 1/15 イラスト追加
おぎゃーと生まれて物心ついた時、私の耳に乳母から聞きなれない言葉が聞こえてきた。
「貴方は桂華院公爵家の血を引いているのですからね」
何で現代日本で貴族制度が残っているの!?
いや、それ以前に桂華院家!?
ものすごく聞き覚えがあるんですけど!?
その突っ込みはろれつの回らない口のせいで言葉にならず、あうあう言っているだけだったのだが、おかげでなんで死んだはずなのに生きているのかとか、なぜ幼児になっているとかの疑問を感じる暇も無かった。
大急ぎで確認しなければならないことがあったのだ。
「うにゃ?」
「はいはい、よしよし」
乳母が抱いていた私を優しく揺らす。
わかっていない。もう一度!
「えーあいんうにゃ?」
「はいはい、うにゃ~~~うにゃ~~~」
通じない!
もういちど!
「え~かいんるにゃ?」
「あらまあ!
瑠奈様、そうですよ、あなたさまの名前は瑠奈、桂華院瑠奈様でございますよ」
「うな~~~~~!!!!!」
「はい瑠奈、ル ナ でございます!」
大好きだった乙女ゲームに出てくる、悪役令嬢桂華院瑠奈。
18歳の9月15日に、ゲームの主人公と攻略対象の美男子達から断罪され 破 滅 する悪役令嬢の名前である。
破滅……破滅する運命の悪役令嬢と同じ名前……不吉だ、不吉すぎる。
この時からしばらくの私は、生活のすべてが「自分がゲームの中に生まれ変わり、破滅の約束された、悪役令嬢桂華院瑠奈公爵令嬢になったのかどうか」を確かめるために生きていたといっていい。
1、破滅の約束された
これについてはわからない、確かめようがない。
少なくとも、運命に抗うことができるのかどうかを確かめるまでは無理だから後回し。
2、桂華院瑠奈公爵令嬢になったのかどうか
これを確かめるにはそれなりに時間がかかった。
自分の名前と公爵家令嬢は容易にわかったけど、偶然の同姓同名という線もある。
周囲の親族の名前の設定などを思い出し、一つ一つ確かめる必要があった。
結果は、少なくとも瑠奈の親族の名前は合致するので否定できない、というもの。
3、自分がゲームの中に生まれ変わったかどうか
これは割りとすぐに否定的な回答が出た。
初めて会った人との好感度チャイムやら選択肢ウィンドウなんていう主人公専用かもしれない数々はともかくとして、風景を見るだけで違うとわかる。
空は水色と白と黒い線ののっぺりとしたものではなく、雨イベントや曇りイベントでもないといつも同じ形の雲というわけではない。
濃淡と陰影と細かいディティールがあり刻々と形を変え、圧倒的にリアリティがある。
庭の木々もおなじくリアリティがある。
これがゲームの中だなどありえない。
人の受け答えも画一的だったりせず臨機応変無数のパターンがあり、ゲームとは別物だ。
とある映画であった、世界そのものを完全再現したシミュレーションの中であり、その世界の中でさらに別の世界をシミュレーションしている……なんてサイバーな世界でもない限りありえないしそんな世界の中なら現実となんら変わりないから現実として見るべきだろう。
ということはいわゆるパラレルワールドというやつだろうか。
よく似た、しかし色々と違うこともある隣り合った近い世界。
ならば、この世界が私の生まれ、育ち、惨めに野垂れ死んだあの世界とどれくらい違うのか、それによって自分はどう動けばいいのかを調べるべきである。
ゲームの中でない現実、パラレルワールドだとしても、ゲーム内の設定に酷似した世界で、ゲーム内のイベントに酷似した運命にとらわれているとしたら、私に待っているのは破滅なのだ。あがかずにはいられない。
二歳だったか三歳だったか、なんとか文字がよめるふりをして書斎にある図鑑を眺める。
そこに書かれていた歴史が明らかに私の知っている歴史と違っていた。
「あ。太平洋戦争『降伏』になってる。
ノルマンディー失敗して、ドイツが最後まで戦っているなんて何が起こったのかしら……」
細かな所は置いておくが、この世界の戦後日本史は史実日本史と微妙に違いながらも、おおむね方向性は同じ所を進んでいた。
東西冷戦では西側につき、満州戦争(多分これが朝鮮戦争だったんだろう)とベトナム戦争に派兵。
この間起こった湾岸戦争にも部隊を出して、多国籍軍の中核の一つになっている。
それでも、降伏による連合国の介入は避けれなかったらしく、自衛隊になっているあたりはなかなか面白い所がある。
貴族院が参議院になっており、数度の改革を経て衆議院の優越と選挙による議員選出に変わっていた。
多分、悪役令嬢の爵位を何とかしようとしたのだろう。
ゲームデザイナーの苦労が忍ばれる。
もう一つゲームで苦労したらしいものが財閥である。
太平洋戦争敗戦後、日本は財閥解体によって財閥から企業グループという企業間の連合体に姿を変えていた。
だが無条件降伏が無かった事で、財閥が生き残ってしまっていた。
もっとも、その負の側面はちゃんと出ていて、現在のバブル崩壊時に財閥の解体という形で、弱小財閥が潰れていったのである。
攻略対象の財閥御曹司、帝亜栄一の実家である帝亜グループはこの財閥再編時に弱小財閥を食べる事で大きくなって、日本有数の財閥として成りあがる。
現在莫大な不良債権を抱えてなお進行中なのだが。
よく潰れなかったなと思っていたら、ゲーム内交友関係図を思い出す。
政治家一族の泉川裕次郎の家は大蔵族の重鎮で後の大蔵事務次官を父に持つ後藤光也が居るってこれ、大きすぎて潰せないようにした上で国家救済で乗り切った口だ!!!
銀行抱えこんでいるから、救済合併で図体大きくして日銀特融という腹積もりだな。これは。
話がそれた。
私の家である桂華院家は元はやんごとなきお方が臣籍降下してできた公家系華族らしい。
で、家そのものは大戦期に血筋が途絶えたのだが、養子として入ったのが祖父だった桂華院彦麻呂である。
雅な名前とは裏腹に某家の庶子として生まれ、内務省に入省。
警察畑を歩み、特別高等警察の警視にまで上り詰めた時に大戦時日本の政変に関与する。
当時の首相が暗殺されるという重大事件の捜査指揮をとり、犯人不明のまま打ち切りといううやむやな日本的結末の責任を取って内務省を退職。
その後、まるで口止めの報酬とばかりに途絶えた桂華院家の名籍を継いで公爵位を賜ったそうだ。
こんなある種の成りあがり華族だから敵も多いが、警察官僚時代に政敵の弱みを多く握っていた事が我が家の発展の礎となる。
敗戦時に生産施設が無事で、満州戦争・国共内戦・ベトナム戦争と立て続けの戦争において軍事物資を売り続ける事でこの国は立ち直り、桂華院家もその恩恵にあずかる事になった。
我が家の企業の中核を占めるのは桂華製薬。
戦後自衛隊の海外派兵と共に医薬品供給を受け持ち財を成す。
その過程で桂華化学工業や桂華商船、桂華商会や桂華倉庫、桂華海上保険、極東銀行、極東生命、極東ホテル、極東土地開発等を持ち中堅財閥として発展しバブルの波に乗り、その後始末に苦労すると。
ストーリーの軸になっている私と帝亜栄一の婚約は、桂華財閥救済の側面があったわけだ。
製薬会社で戦争と共に財を成し……あっ……
特高の警視で日本の裏面を知って……あっ……
見なかったことにしよう。
色々と知るにはこの年では早すぎる。
パタンと図鑑を閉じて書斎を出る。
廊下に飾られてあった鏡に映る私の金髪をいじる。
日本人でこの金髪で色白は無いよなぁと思っていたが、そこも色々と努力したのだろう。ゲームデザイナー陣の苦労が忍ばれる。
権力と財力を手にした我がお祖父様は女遊びも派手で、色々な女性と浮名を流していたらしい。
そんな一人に亡命ロシア人貴族を祖先に持つ娘が居た。
で、関係の上に父が生まれるのだが、最初は当然庶子として認知せず飼い殺しに近い状態だったらしい。
そんな彼に近づいて、事業をと持ちかけた連中が居た。
亡命ロシア人が中心となってつくられていた極東グループだ。
祖父に黙って桂華院の名前と財を借り、そこの令嬢と父は結婚し、極東グループとし事業を拡大させて独り立ちしたかのように見えた。
この極東グループが東側のスパイ組織の息のかかったグループで、西側の技術スパイ目的として立ち上げられた事が分かった時、事態は誰も得をしない所にまで進んでいた。
ロシア人である母は私を生んですぐに亡くなり、父も華族が持っている不逮捕特権で手が出せずに捜査打ち切りとなった後で謎の自殺をして、私は両親の姿を知らない。
この事態を豪腕で解決できる祖父は既に黄泉路に旅立ち、東側はそもそも国が無くなってしまっていた。
この醜聞を内々で片付ける為に、ある種の国策として桂華院財閥は極東グループを吸収し、その段階でバブルが崩壊。
かくして不良債権を抱えた桂華院グループも帝亜グループに吸収という流れなのだろう。
この時点で私に味方は誰も居ない。
実際、本家とは違う屋敷で乳母たちと暮らしている。
うん。
歪むし、足掻く。
そして、帝亜グループからすれば、私と婚約する理由がまったくない。
まさか、婚約破棄そのものが最初から仕組まれていた?
あるのはこの白人と見間違えるほどの美貌と美しい金髪。
あとはちょっとした前世知識のみ。
ああ。
この美貌は、ちゃんと婚約破棄されるだけの業の代償な訳なのですね。
華族
いわゆる貴族。
これも調べると大名を始めとした武家系貴族と、公家系貴族のドロドロ具合が。が。
太平洋戦争『降伏』
現実では『無条件降伏』。
艦○れ的に言うとC敗北。
日銀特融
日銀の最後の切り札。
これで山一證券は救われ、これが出せなかったらこそ山一證券は潰れた。
特別高等警察
悪名高き恐怖の代名詞な警察組織。
特に共産主義者を相手に死闘を繰り広げる。
桂華製薬
元ネタ映画版『犬神家の一族』
10/1
感想の指摘により冒頭部加筆