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お嬢様飛翔 その7 12/26 投稿

『山形県酒田市に本社を置く第二地銀の極東銀行は、北海道札幌市に本社のある北海道開拓銀行との合併を発表した。

 存続銀行は極東銀行で、名称は極東北海道銀行となる。

 北海道開拓銀行は多額の不良債権を抱えて経営が悪化しており、外資のムーンライトファンドはTOBによって経営権を握っていた。

 ムーンライトファンドは同じく経営に影響力を持っている極東銀行と合併させることで、不良債権を一掃する事を狙っている。

 これに伴い、北海道開拓銀行では社長以下経営陣が一斉に辞職した上で不良債権を整理回収機構に売却。

 更に減資を行って株主責任を明確化した上で、ムーンライトファンドが第三者割当増資で資本を注入する。

 その間の信用不安については経営安定化の為に日銀特融を申請するとし……』



『外資系のムーンライトファンドが国内資本の桂華グループから資金提供を受けていた事が発覚した。

 関係者もそれを認めている。

 ムーンライトファンドは、極東銀行と北海道開拓銀行の合併によって成立した極東北海道銀行を作り出した立役者だが、以前から同ファンドが影響力を行使していた旧極東銀行は桂華グループに属していることから、関係性が噂されていた。

 今回、野党議員による「ハゲタカファンドに国内企業を売るのか!」という国会での批判に対して、大蔵省銀行局が「外資ファンドではあるが、国内資本によって設立されており、合併銀行の新頭取は大蔵省より送る」と答弁したことで、関係が明らかになった。

 これを受けてムーンライトファンドは合併銀行の名称を「桂華銀行」にすると発表……』



『都市銀行の長信銀行は、先ごろ成立した桂華銀行との合併を発表した。

 存続銀行は長信銀行だが、名称は桂華銀行になるという。

 本社機能は東京都に移すとのことで、実質的な救済合併となる。

 市場は不良債権処理が遅れている銀行に狙いを定めており、北海道開拓銀行が救済された今、次の標的と目されていたのが長信銀行であった。

 大蔵省は護送船団方式による不良債権処理として、この桂華銀行をグッドバンクとして利用する事を検討しており、長信銀行では社長以下経営陣が一斉に辞職した上で、不良債権を整理回収機構に売却。

 更に減資を行って株主責任を明確化した上で、ムーンライトファンドが第三者割当増資により資本を注入して桂華銀行と合併……』



『都市銀行の債権銀行は、桂華銀行との合併を発表した。

 桂華銀行は先に長信銀行との合併を決定したばかりであり、市場関係者からは驚きの声が上がっている。

 存続銀行は債権銀行だが、名称は桂華銀行になるという。

 手続きは長信銀行との合併後に行われるということで、やはり実質的な救済合併となる見込みだ。

 桂華銀行は存続銀行が極東銀行から長信銀行に替わった直後に、さらに債権銀行を存続銀行とする手続きを踏むという複雑な形態となる。

 これは逆さ合併と呼ばれる、不良債権処理を一気に進める手段であり、債権銀行も社長以下経営陣が一斉に辞職した上で不良債権を整理回収機構に売却するとしている。

 更に減資を行って株主責任を明確化した上で、ムーンライトファンドが第三者割当増資で資本を注入するのも長信銀行と同じである。

 これらの合併に伴い日銀特融の総額は八兆円近くになると言われており、市場関係者からは「返済ができるのか?」「実質的な国有化」との声が……』




「来月付けで、執行役員に任命される事になりそうです」


 怒涛の金融再編が一段落した晩秋。

 一条が桂直之を連れて私の屋敷を訪れた。

 大蔵省の強引とも言える不良債権処理の強行を市場は好感し、株価も落ち着きを取り戻していた。

 あぶく銭が数千億ほど消えたが、やって良かったと、その時思った。


「ふーん」

「ずいぶんと淡々と言いますね。

 お嬢様。

 大蔵省のお礼なのに」

「そりゃ、他人事ですから。

 結局、私の自己満足でしかないから。

 今回の仕掛けは」


 興味がなさそうな声で私が返事をし、それを見た一条が苦笑する。

 合併の度に資本注入による出資と、株主責任を取る形での減資を繰り返しているので、これらの金融機関再編に投じた資金のほとんどが消えていた。

 一条の異例とも言える執行役員就任はそのお詫びと言っていい。

 もっとも、ITバブルのおかげで私の資金はそれを補っても余りあるほどに膨れていたのだが。


「桂は私の下につけて、本社のプライベートバンク部門に送ります。

 執行役員になって、これまでのようにお嬢様のファンド全体に目を配るのが難しくなりましたから、実務は彼に任せるつもりです」


 一条の説明に桂が頭を下げる。

 一条の隣に控える桂の顔色も良くなっており、それを見た直美さんがこそっと涙を隠したのを、私は見逃さなかった。


「いいわ。

 今後共よろしくね。

 あと、親不孝しちゃ駄目よ」


「肝に銘じておきます」


 私の言葉に桂が苦笑する。

 私はリモコンをとってTVをつけた。

 経済ニュースは今日上場されたIT企業の話題で盛り上がっていた。


『……本日上場したブラウザ企業の株価は、初値に200万円をつけてなお上昇の気配を見せています。

 他にもIT企業の上場が控えており、株式市場が落ち着いてきた現在、資金の多くがIT企業に向かうと見られております。

 また、米国ではOS企業の最新版OSが98年に発売される事が予定されており、IT業界はさらなる活況を呈すると思われ……』


 これで借金が返済できる。

 日米IT企業の多くにムーンライトファンドは出資しており、それらの企業の株式上場や株価高騰時の売却益で、原資を確保するために重ねていた借金を一掃する。

 日銀特融も返済していいだろう。

 元々見せ金としての側面があり、信用が補填できるのならば必要がなくなるものである。


「とりあえず、お茶にしましょうか。

 一条と桂も付き合ってくれるんでしょう?

 直美さんも一緒に……ね♪」


 そんな事を言って私はTVを消した。

 準備ができる間、庭に出て青く澄み渡る空を見上げた。


「乗り切れたじゃない」


 ぽつりと呟く。

 あの悲劇を、不幸を、乗り切れた。

 少しだけこの世界は優しくなるといいなと、私は思った。


「お嬢様。

 お茶の準備ができましたよ。

 今日はお嬢様の大好きなさくらんぼのケーキを用意していますからね」


「はーい♪」


 直美さんの声に私は部屋に駆けていった。 

某ブラウザ企業の上場が97年11月。

 この株が2000年2月には1億6790万円にまで跳ね上がるとは……


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