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お嬢様飛翔 その6 12/26 投稿

『ムーンライトファンドによる北海道開拓銀行へのTOBをめぐって、市場関係者の間で疑念が広がっている。

 何のためにTOBをしかけるのか分からないからだ。

 TOBが成立しても、当の北海道開拓銀行が破綻してしまえば、費やした費用は無駄になる。

 また、仮に経営権を握った上で破綻を回避できたとしても、株主責任を問う形での減資は避けられない。

 そのため、通常、こういったTOBにより経営を握る場合は、まず減資をした上で第三者割当増資等で経営権を握るのが一般的だ。

 そういった疑念を抱えつつも、このTOBは最後の逃げ場として、多くの投資家に歓迎されている。

 その一方で、地元関係者には「いまさら手放しても損失の額はたいして変わらん」と株を持ち続ける人もおり……』



「現時点で発行済み株式の36%近くを集めることに成功しました。

 かかった費用は二百億ちょっとでしょうか。

 このまま行けば、過半数は問題なく取れるでしょう。

 しかし、あぶく銭とはいえもったいないですな」


 一条が私にジト目で報告する。

 過半数確保までにかかる費用は四百億円程度。

 これがそのまま綺麗に泡と消える予定のお金だ。

 ただし、ここからがこの芝居の面白いところだ。


「そろそろ記者会見でしょ?

 TVをつけて頂戴」


 私の言葉に、側に控えていた桂直美さんがリモコンを持ってTVをつける。

 国営放送の臨時番組には、ムーンライトファンドの関係者という外国人が、マスコミ相手に流暢な英語で受け答えをしているが、同時通訳で即座に日本語に翻訳されてゆく。


『ムーンライトファンドによる今回のTOBの意図を教えてください』

『我々はターンアラウンドマネジメントファンドとして、企業再生を目的としています。

 金融機関の救済において、その地域の経済と銀行は密接な関係を持っています。

 地域企業は銀行の株を持つだけでなく、それを担保として使用しているケースも多くあります。

 銀行の再生には地域経済の再生も不可欠なのに、担保を失い融資を受けられなくなる企業が続出したらどうなります?

 今回のTOBは必要な経費と我々は考えています』

『多額の不良債権を抱える北海道開拓銀行の再建は可能なのでしょうか?』

『率直に言って、現状単独での再建は不可能だろうと我々も判断しています。

 いずれ何処かとの合併を検討している、とだけ言っておきます』

『失礼ですが、貴方方の事を外資系のハゲタカファンドと噂する向きもありますが?』

『そう言われるのはある意味当然で、それは我々のことを知らないからだと理解しております。

 今回の記者会見を含めて、今後も情報を発信してゆく事をお約束します』


「しかし、米国は広いわね。

 弁護士資格を持つ役者まで居るのだから」


「おかげでこうしてハッタリが効かせられます。

 日本人が出ると、どうしても舐められますからね」


 私のつぶやきに一条が乗っかる。

 ムーンライトファンド顧問弁護士という役で、記者会見をするように雇ったのだ。

 弁護士兼俳優だけに、受け答えはしっかりしているし、探られても資格は本物なので、そこで疑いは途切れる。

 大蔵省はムーンライトファンドの正体を知っているが、それをマスコミの方に流していないらしい。

 こちらの意図を計りかねているのだろうし、下手に探って私が手を引いたら北海道開拓銀行は今度こそ破綻する。


「で、大蔵省を黙らせる事はできそう?」


「ええ。

 大蔵省銀行局は、三海証券と一山証券の時と同じルールを飲む事に同意しています」


 万策尽きつつあった北海道開拓銀行という火中の栗を拾っただけでなく、TOBで余計な金を払ってまで地元経済へのダメージを軽減させたというお土産が、銀行局の心証を良くしたのだ。

 もちろん、先にうまく護送船団を維持した証券局の成功を知っているだけに、失敗が許されない空気だった銀行局が、こちらの条件を飲むのは時間の問題だったと言えよう。


「しかし良かったんですか?

 経営権を主張しなくて」


「今の私に巨大銀行を経営できると思う?」


 銀行局がこの買収を認めたもう一つの理由は、買った私達が経営権を主張しなかった事である。

 つまり、極東銀行だけでなく、北海道開拓銀行や合併した三海証券も大蔵省の植民地として差し出すという事。

 ここまでしなければ、兆単位の日銀特融は引き出せない。

 同時に、この銀行をグッドバンクとして一気にやばい銀行を片付けるというアイデアを囁き、次に狙われるだろう長信銀行と債権銀行との合併にも応じる姿勢を見せた事で、ようやく危機的状況にある北海道開拓銀行の不良債権処理を進める準備が整った。


「向こうは私達に金を出させて、焼け太った金融機関を自由にできるとほくそ笑んでいるのでしょうが」


 何しろ下位とはいえ、都市銀行三行と第二地銀が合併した銀行だけでなく、国内大手証券と準大手証券が合併した金融機関を、大蔵省の出城とすることができるのだ。

 現在進めている金融ビッグバンの格好のモデルケースの出来上がりである。


「いいじゃない。

 実質的な国有銀行になる以上、いずれ金融ビッグバンの前に、かならず民営化と称して競売にかけられる。

 それに参加する念書をもらえただけでも良しとしましょう」


 この念書の条件は2つあって、まるごと買収する場合の競売の参加資格を大蔵省は認めるというのと、自力で立て直した極東銀行及び極東生命と旧三海証券分の持ち分は保証するというもので、自力で立て直したものまで国有化で没収するほど国も鬼ではないという訳だ。

 もちろん、その背景には一山証券を綺麗に片付けた大蔵省証券局の支援があったのは言うまでもない。

 TVでは地元新聞社が最後の質問をしている所だった。


『地域経済への配慮はとてもありがたく、その地方の会社の人間としてまずは感謝を。

 ですが、噂に聞くハゲタカファンドではないかという疑念が拭えないのも事実です。

 我々に差し伸べられた手を本当に握って良いのか、困惑しているであろう道民に、何かコメントをお願いします』


『その疑念は尤もです。

 北海道は北日本政府と統一した際に経済的・地域的に連結された結果、この国では首都東京に次ぐコスモポリタンになっている場所です。

 そういう場所だからこそ、我々のファンドのオーナーが手を差し伸べたのでしょう』


『オーナー?』


『ええ。

 これは明かしていいでしょう。

 我々のファンドのオーナーはスラブの血を引いています。この国の同胞に手を差し伸べたいという思いがあったのかもしれませんね』


「私、そんな事言ってないんだけど」

「良いじゃないですか。

 ある程度のアドリブはお嬢様が許可したのですから、今のはアドリブの範疇ですよ」

「まぁ、たしかに見た目スラブ系よね。私。

 何かあったらチャリティーで寄付でもしておきましょうか」


 私は知らない。

 このアドリブに長く私が振り回されることに。

 このアドリブが世界に多大な影響を与えることに。

弁護士資格を持つ俳優

 探したら居るのだから世の中は面白い


この時の北海道

 日本人8:ロシア人1:中国人1ぐらい。

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