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お嬢様飛翔 その5 12/25 投稿

 この冒頭は『修羅の国』でも使ったので再度使ってみる。

 金の話をしよう。

 金(価値)の話をしよう。

 金(信用)の話をしよう。

 金(幻想)の話をしよう。



 経済(金)の話をしよう。



 あの悪夢の金融機関連鎖破綻。

 その不良債権の額は以下の通り。


 三海証券       八百億円

 一山証券       二千六百億円

 北海道開拓銀行    二兆三千億円


 見ての通り、北海道開拓銀行の不良債権の桁が一つ違う。

 日本経済へのダメージを回避するなら、本当に助けないといけなかったのは北海道開拓銀行なのである。

しかし、二兆三千億円なんて巨額の金を私は用意できない。

 いや、この国でそんな額を用意できるのは一つだけ。

 日銀こと日本銀行の特別融資。

 日銀特融である。

 これは金融システムが危機に陥った場合、信用維持のために政府の要請によって発動される、所謂、最後の貸し手だ。

 資金不足に陥った金融機関に対して、無担保・無制限で実施される、この特別融資をどうやって引き出すかで、北海道開拓銀行の運命が決まると言っていい。


「まずは、今もらっている日銀特融を活用する所から始めましょう」


 極東銀行による三海証券の買収に際して、今、三海証券には日銀特融が注がれている。

 無担保・無制限の特別融資だからこそ、極東銀行による買収発表後も信用不安が続き、三海証券からの資金流出に歯止めがかからず、現在進行形で莫大な日銀特融が逐次投入されていた。

 風呂の栓を閉め忘れて、下から水が漏れているのに、お湯を注ぎ続けているとイメージすれば、分かりやすいだろうか。

 資金流出という栓が閉められ、お金というお湯が満ちるまで、日銀特融は止まらない。


「だからこそ、今はかなりの無茶が出来るわ」


 私が断言すると、一条は顔を引きつらせて、恐る恐る尋ねた。

 このお嬢様がこういうことを言い出す時は、何かろくでもない事をやらかそうとしていると学んだらしい。

 実際に、そのろくでもない事を聞くと、橘共々再度絶句した。


「……聞きたくないですけど、何をするおつもりで?」



「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ってね。

 北海道開拓銀行を買収するために、先に一山証券を買収します」



『三海証券、一山証券との合併を発表!

 東京都に本社を置く準大手証券の三海証券は、同じく東京都に本社を置く大手証券会社、一山証券との合併を発表した。

 存続会社の母体は三海証券となり、合併後の名称も三海証券に統一される見込みである。

 大手証券会社の一山証券は多額の不良債権を抱えていて経営が苦しいだけでなく、総会屋への利益供与が発覚したことから、社長以下経営陣が総退陣しており、社内に混乱が広がっていた。

 一部週刊誌によると、一山証券には損失補填だけでなく簿外債務の疑惑すら囁かれており、今回の三海証券との合併も、大蔵省証券局の主導による事実上の一山証券の救済であるとして、野党などは反発している』


『一山証券は、明日の三海証券との合併に先立ち、簿外債務の公表と現経営陣の退任、前任者への刑事訴追に踏み切った。

 発表によれば、簿外債務の総額は二千六百億円にものぼるという。

 これらを含めた不良債権の全ては整理回収機構に売却される予定で、特別損失として計上されるとのことである。

 三海証券は一連の発表に関して記者会見を行い、「合併を中止するつもりはない」と強調。

 大蔵省も「金融安定化のため、現在も三海証券へ行っている日銀特融を打ち切るつもりはない」と発表し……』


 一山証券の社員から内部告発者を探すのは難しくなく、桂華院家の不逮捕特権を取引材料に情報を得た橘と一条は、それを元に桂華ルールという前例を武器に、極東銀行への根回しをした上で一山証券へ三海証券との合併を申し込む。

 総会屋への利益供与事件で、経営陣総入れ替えにより機能不全に陥っていた一山証券と、それを監督できなかった大蔵省証券局は、こちらの出した条件を丸呑みせざるを得なかった。

 決定打になったのは、一山証券がひた隠しにしていた簿外債務と、その損失処理で債務超過に陥る事を指摘したことだ。

 損失処理過程で確実に債務超過に陥り破綻なんて事態は、大蔵省証券局としては絶対に避けねばならないシナリオなのである。

 こちらが提示した桂華ルールを守ってくれるなら一山証券を救済する、と言った橘の最後の一言に、彼らは力なく頷いたという。


「大蔵省銀行局より先に、証券局が大口破綻処理をするはめになるなんて不始末、晒したくないでしょう?」


 縦割り行政バンザイ。

 この小が大を飲み込む合併の美味しい所は、小である三海証券には今も日銀特融が注がれており、感情的にはともかく、合法的に一山証券への救済資金を日銀から調達できる点である。

 また、含み財産を全部可視化することで不良債権を漏れなく処理できる点も大きかった。

 どういう事かというと、金融機関が合併する場合、存続会社に資産を全部合流させる処理を行うのだが、そこで合併させられる側の全ての資産を、一旦『時価』で再計上できるのだ。

 つまり、処理を実施した時点の適正価格で財産を引き継げるので、必然的に不良債権ではなくなるという訳だ。

 それでも残ってしまう本当にやばいやつは整理回収機構に売っぱらい、口座解約等の信用不安は日銀特融でカバー。

 このロジックにはマスコミは目もくれず、再度の一山証券役員総退任に、前任者の刑事訴追、合併後の名前に一山を使わないという、目立つ部分にのみ食いついた。

 おかげで『一山証券お取り潰し』などと面白おかしく報道されることになったが、責任問題の決着を演出できたので、ある意味好都合である。

 とにかく一山証券は生き残った。


 季節は八月。

 三海証券に次いで一山証券が救済された事で、市場は最後に残った北海道開拓銀行に標的を定め、容赦なく売り浴びせを行いつつあった。

 地元地銀との合併が破綻した北海道開拓銀行には、この攻撃に耐える力は残っていなかった。

 株価が倒産警戒水準といわれる100円を割り、額面スレスレの59円まで下がるのを待って、私は最後の仕掛けを行った。

 北海道開拓銀行へのTOBの宣言である。



『米国カリフォルニア州に本拠を置くムーンライトファンドは本日正午、北海道開拓銀行に対してTOBを行う事を宣言した。

 買取価格は74円。

 総株式の三分の一から過半数の獲得を目指すという。

 期間は10月末日までとのことである』



 さあ。

 数百億円のあぶく銭を溝に捨てて、北海道開拓銀行を、日本経済を救いに行こう。

総会屋への利益供与事件

 こいつが結局山一證券のとどめを刺した。

 こんなことやって簿外債務の飛ばしが発覚して、日銀特融なんて受けたら国民激怒な訳で。

 そして、それを外部から指摘できたからこそ、この話では苛烈なお取り潰しを演出することができた。


大蔵省証券局と大蔵省銀行局

 『解明・拓銀を潰した「戦犯」』を読んで唖然としたが、証券局は山一證券にかかりきりで銀行局は拓銀にかかりきりで相互の連絡が殆どなかったらしい。

 で、連鎖して両方潰れたのだから両方の面子丸つぶれ。

 そしてこの後のノーパンしゃぶしゃぶ事件で大蔵省は解体されて金融庁にという流れとなる。

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