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とある魔王のつぶやき 後編



 あー……魔王ってなんだろう。


 色々と考える。


 はい、私はガルガルド魔王国の魔王です。


 うん、一国の王様。


 責任重大。


 仕事サボって娘の旅行に付いていったら、そこは常識の外でした。


 娘よ。


 そんな場所に行っちゃ駄目でしょ。


 ははは。


「お父様。

 大丈夫ですか?」


「え?

 あ、いや、大丈夫だ。

 すまない。

 日頃の疲れかな」


 娘が心配してくれる。


 こんなに嬉しいことはない。


「魔王様。

 食べ物とお酒を貰ってきました。

 これなんか食べやすいですよ」


 ビーゼルは気の利く男だ。


 胃に優しそうな食べ物を勧めてくれる。


 あ、美味しい。


「うむ。

 酒も良いが……知らない味だな」


「そうですね。

 新作かもしれません。

 購入希望を出しておきます」


「うむ。

 飲みやすいから、二樽は欲しいな」


「頑張ってみます」



 私の近くに陣取るドースや宗主殿も、食事やお酒を楽しみ、そのまま購入計画を立てているようだ。


 死の森で、ここまでの食事が用意できるとは……


 さらに、南の港町から運んだであろう海産物。


 うむ。


 見たことも味わったことも無い料理が色々ある。


 どれも美味そうだ。


「ここの料理人、雇えないか?」


「さすがにそれは厳しいかと」


「借りるのは?」


「難しいかと」


「お父様。

 その辺りは私が一通り願って、叶いませんでした」


「いや、魔王が望めば……」


 無理だな。


 うん。


「調味料とかを売ってもらえるように考えよう。

 特にこの料理に使っているものが気になる」


「ああ、味噌ですね。

 それならすでに私の家にいくつか」


「家に?

 ……なぜ献上しなかった?」


「まずは身を切って毒見をと思いまして。

 いえ、匂いが独特ですから。

 ははははは。

 新たに購入できるか確認しておきましょう。

 お、そろそろ始まりますよ」


 舞台の上に審判が登場したようだ。


 うん、あの審判もドラゴン。


 考えないようにしよう。



 近くの席に居た宗主殿と、ドラゴンの一人がなぜか料理の手伝いに向かったので、席のプレッシャーが少し軽くなっているのもありがたい。


 これから始まる一般の部には、ビーゼルの娘フラウレムも出るらしいのでしっかり応援するとしよう。


「お父様。

 出るのはフラウレムだけではありませんよ。

 他にも何人か居ます。

 応援してくださいね」


 ……


 魔王、深いことは考えない。


 全力で応援した。


 フラウレムは惜しくも引き分け負けになってしまったが、その戦いが悪かったわけではない。


 相手が悪かったというべきだろう。


 死の森の近くに住む者は、当然ながら強いと言われているが……


 若い獣人族の娘が、あれほど動けるとは思わなかった。



 そして武闘会は進む。


 戦士の部、騎士の部。


 そして紹介されていやでも覚えた。



 吸血姫、殲滅天使、皆殺し天使、狂宴のブルガ、黒槍のスティファノ、狂竜ラスティスムーンに、門番竜の姉か。


 鬼人族のアンも、実力から名付きでもおかしくない。


 さらに、ハイエルフにリザードマン、エルダードワーフに山エルフ、ラミア。


 インフェルノウルフが山のように居て、デーモンスパイダーの子供がこれでもかと居ると……


 ここって、魔王城……いや魔王軍より戦力あるんじゃないかな。


 一応、一対一ならなんとかなる……なるかな?


 ラスティスムーンはなんとかなっても、門番竜の姉は嫌な予感しかしない。


 あ、ドース、戦わないから誘わないで。


 嫌だから。


 絶対に嫌だから。




「ビーゼル」


「なんですか?」


「村長に爵位を与えて抱え込むのって、どう思う?」


「愚策かと」


「やっぱり」


「はい」


 爵位で抱え込めるなら、ビーゼルから提案されるだろう。


 それがされていないということは、上手くいかないということだ。


 確かに、竜王ドースや宗主殿が来るこの村を抱え込むのは、魔王国では荷が重い。


 敵対せず、余計なことをせず、今の関係を維持するのが正解か。


 この村のトップである人間は……そう、トップは普通の人間だ。


 初めて会った時、冗談かと思ったけど、周囲の様子から冗談じゃなさそうだった。


 ビーゼルの報告では、鉄の森のワイバーンを倒した実力者らしいが……


 普通の青年にしかみえない。


 だが、普通の青年が死の森のど真ん中に村を作ったりしないし、あんな戦力集めないだろうし、竜王ドースや宗主殿と知り合いになったりしないだろう。


 うん。


 幸いにして、魔王国に悪印象を持っていないのが救いだな。


 さらに、彼とは普通に話ができるし、とても温和な感じがする。


 彼がここのトップである間は、何も問題は起きないだろう。


 長生きのための秘薬を贈ろう。


 長生きしてもらえるように。


 できれば、私が魔王である間は存命で居てほしい。


 頑張れば、人間だって後四百~五百年ぐらい生きられるだろう。


 まさか、五十年ぐらいで死んだりしないよな。


 頼むぞ。


 本当に頼むぞ。



 最悪の最悪の最悪で、娘を嫁がせることを考えたが……


 魔王の地位は血縁継承ではないから、婚姻政策が取れないんだよなぁ。


 俺が引退したら、ユーリは普通の貴族の娘になってしまうし……


 国のことは放置して、娘の安全だけを考えるなら、嫁がせるべきなのか?


 大事にしてもらえるなら、悪い手ではないと思うが……


 すでに吸血姫と殲滅天使を娶っているのが問題だな。


 押し退けるのは悪手だろうし、三番手、四番手に……


 いや、駄目だ。


 ユーリはまだ子供。


 結婚は早い。


 ……


 候補の一つとして、頭の片隅に残しておこう。


「魔王様、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。

 大丈夫だ。

 それよりビーゼル」


「はい」


「お前、娘のフラウレムをここに送り込んだのって……」


「魔王国への忠誠に揺るぎはありませんが、娘のことは大切に思っています」


「娘を思う気持ちはわかる。

 だから責めん。

 責めんから……最悪の時、ユーリのためにそのツテを頼らせてもらいたい」


「はっ。

 婚姻はお約束できませんが、この村に住むぐらいなら大丈夫です」


「本当か?」


「お忘れですか?

 私はこれでも、魔王国四天王の一人ですよ」


「さすがはビーゼル、頼りになる」


「私も引退したら、ここに住もうと考えています」


「……え?

 ちょ、え?

 引退?

 待て待て、お前が居なくなったら魔王国がヤバイんだが?」


「さあ、魔王様。

 祭りの夜です。

 美味い料理と美味い酒を楽しみましょう」


「未来の話だよな。

 千年とか二千年後の話だよな」


「ははははは。

 かんぱーい!」


 ちょ、おまっ。


 あと、竜王ドース。


 戦わないから。


 絶対に戦わないから、こっち見ないで。



 祭りの夜は賑やかに過ぎていった。







 余談。


 後日の魔王の城。


「引退は?」


「引退は一百~二百年ぐらい後のことですから、ご安心を。

 ……これは何ですか?」


「誓約書」


「……忠誠をお疑いで?」


「私の心の平穏のために書け」


「はぁ。

 魔王様ったら……

 わかりました、書きましょう。

 ……あれ?

 書き間違いがありますよ。

 ほらここ、期間が最低千年ってあるんですが?」


「間違ってない」


「…………そうですか。

 えーっと、この誓約書によると、もしくは魔王様が死ぬまでですよね」


「ちょ、お前っ!

 衛兵、謀反だ!

 謀反人が出たぞ!」


「人聞きの悪い。

 確認しただけですよー。

 あ、衛兵。

 いつもの病気だから戻っていいぞ。

 あと、しばらく部屋に近付かないように」


 熱い殴り合いが行われた後、三百年の現役宣言で話が纏まった。


「くっ、誓約書が取れなかった」


「そんな物が無くても、そうそう辞められませんよ。

 領地だってあるわけですし」




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