〝幼馴染み〟の告白
今から数十年前、ある都市が財政破たんした。地域活性化を旗印に、加速的で強引な大型の都市化を推し進めた末の、無残な結果だった。その街は『人を呼ぶにはまずは形から』をスローガンに掲げ、東京、大阪、名古屋の次に名前が上がる主要都市になろうとしたのだ。
だがほかの都市から遠く離れ、尚且つ元々田舎と言える交通の便の悪さから、人々にとってその都市を利用する利点はあまりなかった。採算の見込めない都市化はすぐに歪が発生し、そのしわ寄せは地方税として住民に圧し掛かり、住む人々は新天地を求めて一人二人とその場を去った。最後に残されたのは巨大で閑散としたとした箱庭だけとなった。
そのゴーストタウンを買い上げ、元々あった都市機能を基盤にして造られた、大型の学園都市がある。
それが青海学園。――俺とミストが暮らす街だ。
俺とミストは幹線道路沿いの通学路を進む。
青海学園は学園とは言うものの、パッと見た感じはごく普通の市街地だ。
郊外にはマンションやアパート、一軒家が立ち、中心部に行けば少しづつビル街としての様相を見せる。
まあ、なにせ市街地を改造して建てたのだから当然だが。
「ユウ君ほら、ゆっくりし過ぎ!
バス行っちゃうよー!」
いつの間にか先に進んでいたミストが、大声を上げていた。
歩道橋を登る階段の真ん中あたりで手を振り、俺を呼びよせる。
そんなに急がなくても十分間に合うのに、せっかちなあいつは時々こうやって先に先にと急ぐ。朝っぱらから結構な声量だ。隣の道路で車が結構なスピードを出しているので、その騒音でかき消されまいとしているのかもしれない。というか、こっちが返事するのもあの音量が必要なのか、あー。しんどい。
「一本乗り遅れても大丈夫だって!」
見上げながらそう怒鳴ると、
「バスが遅れてたらどうするのー?」
と、正論が降り注いだ。
あーあ。……朝からあんな階段を駆け上がるのは精神的にきついなぁ。
もう少し歩けば横断歩道があるが、そこに至るまでに三車線仕様の大きな交差点があり、こいつの赤信号に捕まってしまうと結構なロスタイムが発生する。堅実なミストがそんなルートをチョイスするはずはなく、かくして俺は毎朝気が滅入る階段上りを強要されているわけだ。
ミストに引っ張られるようにして、俺はやっとこさ学校に到着する。
青海学園にはたくさんの学校があり、俺の通う高校は北高校だ。
まあ特殊な環境にある中では比較的普通な学校と言ったところか。
この青海学園には他にもたくさんの学校があって、内容もピンキリだ。
友人は中央校っていうかなり頭のいいところに通っているのだが、相当無理して潜り込んだらしくて大変な思いをしているらしい。
そんな事を話題にミストと会話をしながら、校庭の脇を歩き、校舎に入る。
同じように校舎に吸い込まれていく生徒の中から、何人か知り合いを見つけては挨拶し、引き戸式の下駄箱を開けて、そんで上履きに履き替えて……、
ん?
上履きを引き出した拍子に、ぺらりと何かが翻り、床を滑った。
横長の封筒、角の丸い三角形の封にはハートのシール。
これは……まさか。
「ら、ラブレター……だと……!?」
「ユウ君どうしたの?」
「ふひぃッ!?」
俺は咄嗟にその封筒を隠した。
「あ。……今何か隠した?」
「い、いや、別に?」
「んー?」
ミストはジッと俺の目を覗き込み、
「嘘ついても私にはわかっちゃうよ?」
「うっ」
こういうとき幼馴染みって厄介だよなぁ。
お互い一緒に居る時間が長いから隠し事もすぐにばれちまう。
「まあいいや。
ユウ君が言いたくない事根掘り葉掘り聞く気ないし」
ミストはそういって笑うと、「さ、教室行こう」と駆けだしていった。
ふぅっと一息。ミストから隠してしまった理由は自分でもよくわからん。
とにかくひと気のない所に移動し、手紙を確認する。
まだだ、落ち着け俺。相手を間違って下駄箱に入れた可能性も残ってるだろ?
裏返した宛先は――、
『下山祐樹さんへ』
女子が書きましたって感じの、丸く可愛らしい文字で俺の名前が綴られていた。
これは……俺宛てで間違いないみたいだな。
中身をそっと開く。
『お伝えしたいことがあります。
お昼休み、屋上に来て下さい』
う、うわ、うわぁー! ここでお伝えしたい事って、やっぱりあれだよな!
告白的な――、ど、どうしよう……!
い、いやいや待て待て落ち着け。
まだタチの悪いイタズラって可能性が残っている。
俺がこれを読んでにやにやしながら現場に現れたところを、ドッキリバレ、指さして笑ってくるっていうそういうオチなんだろう。そうに違いない!
そう、だいたい俺に告白してくる酔狂な――、
〝――ちゃんと告白するね〟
「――――?」
あれ。
なんか、ちょっと前にも誰かから気持ちを伝えられたような気がするんだが。
えっと、なんというか、妹みたいな感じでほっとけないような――……、
いやいや。俺に妹なんかいねーし。
気が動転していたのか、変なデジャブに遭っちまった。
でも、そのおかげでちょっと腹が括れた。
このラブレターは確かにイタズラの可能性もある。
でももし、本物だったら、無視したら相手の子を悲しませることになる。
きっとそれなりの決意をもって俺の下駄箱に収めてくれたんだろうし、だったらせめて、ちゃんと会って返事はしないと。
†
その日の午前中はラブレターの件で頭がいっぱいで、授業なんてまったく耳に入らなかった。相手はどんな子なんだろうとか、やっぱり知っている子なんだろうかとか、なんで俺なんだろうとか、そんなことがぐるぐる回って、妙にそわそわしてしまう。
ま。じゃあ普段からちゃんと授業に打ち込んでいたのかよとツッコミ入れられたら何とも言えんが。
ともかく、気が付いたら昼休みのチャイムが学校に鳴り響いていた。
俺は緊張で食事も喉を通る気がせず、すぐに席を立ち、まっすぐ屋上へ向かう。
この階段を登り切れば屋上へのスチールドア、ってところで、そういえば早すぎて相手の子はまだ辿り付いてないんじゃないかとか遅くも気付いてしまったが、まあこちらから待てばいいだけの話だ。
ドアのノブを捻って開き、外に出る。
――いい天気だ。
陽の光がさんさんと輝き、青い空にぽつりぽつりと白い雲。
見ているだけで気持ちが楽しくなる空だ。
屋上は高いフェンスで仕切られ、簡単なベンチが置かれているだけで殺風景だ。
俺の他には誰も居ない。立ち入り禁止というわけではないが、安全上、遊戯全般が罰則対象になるため、ここを利用しようとする生徒は少ない。
でもここから見下ろす学園の景色も悪くないな。
そう思いながらフェンスに近づき、外を眺めていると、
「あれ。もう来ちゃったんだ」
――やってきた女子の声を聞いて、ハッとなった。
……正直、その可能性は考えなかったわけじゃない。でもそうではないと信じようとしていたのかもしれない。聞き覚えのあるその声に向かって振り返る。
そこにいたのはミストだった。
「わざわざ呼び出して、何の用だよ」
俺はいつも通りの自分を努めてそう言った。
「なんかあるなら、朝話せばよかっただろ」
ミストはふふっと笑うと、
「わかってるくせに。
ラブレターに真っ赤になってるユウ君、可愛かったよ」
と俺の傍まで歩み寄って来る。
「あ。わかった、ドッキリだな。俺を弄って笑い者にする気なんだろ」
「イタズラかもしれないのにちゃんと来てくれたんだよね。
ユウ君のそういうところ、大好きだよ」
そう言ってミストはにこっと笑顔を見せた。
なんだよこれ。いつも見てるはずのミストの表情が、妙に、なんというか、
――ドキドキさせられる。
軽く出た〝大好き〟って単語に、心臓が妙に反応しちまう。
「でも、ユウ君のそういうところ、他の子に取られるのが怖くなってきたの」
ミストは自分のペースで進めていく。
「私の気持ちを伝えないまま、もしもユウ君が居なくなっちゃったらって考えたら、すごく寂しくて。――今さらになっちゃってちょっと恥ずかしけど」
その一言を出すのは流石に躊躇ったのか、ミストは顔を少し伏せると、間を置いてもう一度俺をまっすぐな瞳で捕えて、告げた。
「好きだよ、ユウ君。
私と――、付き合ってください」
なんとなく、いつかはこうなるかもしれないと思っていた。
ミストは可愛いし、性格もいいし、それに……俺だって男子高校生だ。いつも目の前で女の子が笑っているのに、その子で誰にも言えない想像を、その……ちょっとだけしちゃってもしょうがないだろ。
ミストだって、嫌いな男子の世話を進んでやってくれたりはしないだろうし、そういう気持ちが少なくないのもわかる。
だから……俺の答えは――、
「ごめん、ミスト。
俺は、お前とは付き合えない」
「……。
…………。
…………え?」
断られることは想像してなかったのだろう。
ミストの笑顔が凍り付いた。