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祐樹からの警告


 ……。

 ……、……。

 頭が……重い。

 いや頭だけじゃなくて、全身……重い。

 目は覚めたけど……。

 ……起きたくない……。

 ……気持ち悪い……。


 ああ、でも膀胱が悲鳴をあげてる。


 だいぶこうしてたんだな……。

 トイレ……行かなくちゃ……。


 俺は崩れ落ちるようにしてベッドから抜け出した。頭がフラフラする。


「あわわ、大丈夫?」

 慌てたミストが駆け寄り、身体を支えて立ち上がらせてくれた。

「ユウ君顔色悪いよ」

「ちょっと、気分悪くて。

 風邪……引いたかな……」

 窓から外を見るが、天気が悪いのか陽の光が伺えない。

「今何時?」

「もう夕方だよ、お寝坊さん。

 せっかく朝ごはん用意したのに……」

「ああ……ごめん……。

 あとで食べる。冷蔵庫に入れといて……」

「レイゾウコ?」

 そうか、しまった。ファンタジー世界に冷蔵庫なんて無いよな。

 ぼーっとしてて変な事言っちまった。

「レイゾウコってどんなもの?」

「冷気で食品が腐るのを防ぐ、俺の世界の機械だよ

 食器棚ぐらいの大きさで……うっぷ」

 そんな説明をしてたら、急に吐き気がしてきた。

 ミストに背中を摩られ、俺は千鳥足でトイレに向かう。




 ありがたい事に、この世界のトイレは俺達の世界のそれにそっくりだ。

 違和感なく使用できる。俺は便座に腰かけ、座ったまま用を足す。

 男なのに立ってアーチを描く体力すらない。

 ……なんでこんなに気持ち悪いんだろ……。

 昨日身体使いすぎたのかな……。

 話でしか聞いたことないけれど、まるで二日酔いみたいな気持ち悪さだ。

 あれ? 俺昨日何してたっけ?


 ……ダメだ。考えると頭が痛くなる。

 ああ、そうだ。

 E:IDフォンの中に亜利奈のために用意しておいた頭痛薬があったはず。

 あれでも飲んで今日はゆっくりしよう……。


 ……ん?

『スケジュールが1件あります』

 なんだろうこれ。スケジューラーの通知?

 身に覚えのない俺は、首を傾げながらとりあえずそれを開いた。




『――このメッセージを見ているって事は、俺は脱出に失敗したって事だ』




「……?」

 書き出しでますます首をひねる。

 俺、寝ぼけて厨二小説でも執筆してたのか?

『このメッセージは〝過去の祐樹〟の警告だ。

 イタズラでもなんでもないからな、消さずに必ず最後まで読むんだ』

 妙に切迫した文体だ。でも、こんなの書いた覚え、真剣に無いぞ……。

『まずお前のその気だるさ、頭痛、軽度の記憶喪失は疲労や病気じゃない。俺達は人為的に無理やり記憶を消されているんだ。だから昨日の記憶が無いし、これを書いた覚えだってない。そうだろう?』


 ……。

 …………。

 妙に真実味が増してきたぞ。確かに記憶が欠けている。ここはファンタジー世界。何があってもおかしくない。俺は〝過去の自分〟の警告を真剣に受け止める事にした。もちろん、これ自体が罠だって可能性も含めてだ。


『いいか、よく聞け。俺達は監禁されている。それも、もう何日にもなる。正確な日付はわからないが、俺達がこの世界に来て少なくとも1ヶ月は経っている』

 そんな馬鹿な。

 こっちに来てイスキー邸の事件を解決したのはつい数日前だぜ?

『俺達の記憶を奪って監禁している犯人は……』




『ミストだ』

「……はあぁッ!?」

 俺は思わず声を上げてしまった。

『ユウ君、どうしたの?』

 ドアの向こうでミストの声がする。

 心配して傍に居てくれたのだろう。

「い……いや、ちょっとお腹痛くて……」

 とっさにそう誤魔化したが……ミストが俺を監禁?

 おいおい、過去の俺。それは無いだろ。


『俺の話を信じてくれ。でないとまた繰り返しになっちまう』


「……」

 俺はドアの向こうにいるミストに、

「ゴメン、ちょっと向こう行っててくれるかな?

 ……音聞かれるの、いやだからさ」

『あ、う、うんっ! 

 ごめんね、そうだよね……お水ここ置いとくから』


 追っ払うような真似をしたけど、ミストの様子は至って普通だ。

 あの子を犯人扱いするなんて、いよいよ眉唾物なメッセージになってきたな。

 とにかく先を読もう。


『ミストは俺への〝気持ち〟を肥大化してしまって心が病んでいる。

 なんでそんな事になったのか原因まではわからない。

 ミストはローゼ姫や亜利奈から俺を独り占めしようとしたんだ』

 自分で書いているとすればちょっと自意識過剰だな。

 ……まあ、みんなの本音は知ってるけどさ……。

 ……ちょっとまて。

 亜利奈はどうしたんだ!?

『亜利奈の行方はわからない。少なくともここには居ない』

 おいおい。そこが大事なんだろうが、ふざけんなよ!

『それに、ここはイワン城下町の家じゃない。

 内装はそっくりに創ってあるけど、全く別の場所だ。

 だからローゼ姫に助けを求める事も出来ない』


『これが一番大事だ。

 亜利奈やローゼの話は、絶対にミストにはするな!』


『もし少しでも二人の事を気にかけたら、また〝やり直し〟になる。

 さっきかなりヤバかったが、二人の悪口を言ってなんとか切り抜けた』


『今のミストは俺の知っている能力を上回る力を持っている。

 特に催眠ガスだ。あいつが記憶を消しとばしちまう』


『演技でいい、お前の気持ちはミストだけに向いているように見せるんだ。

 自然体で、恋人のように振る舞うんだ。そして少しづつ脱出の機会を伺え。

 でないとまた〝リセット〟されちまうぞ!』


『それから……――、』


 俺はそこでメッセージを読むのをやめた。

 ……なんか無茶苦茶な話になってきたしな。

 そもそも、ミストが俺を監禁してるって話もにわかには信じられない。

 何かの間違いじゃないのか。

 それとも本当にイタズラ……例えば、亜利奈のお母さんが仕掛けたとか。

 それにしては手が込んでる気がするが、Elixir-Replica Systemなんて開発するぐらいなんだから、なんか、俺の思いつかないような方法があるとか?


 とにかくミストを悪者扱いするのは腑に落ちなかった。あんな良い子なのに。

 忘れよう。うん。

 俺は立ち上がって水を流し、トイレを出ようと、








「ユウ君」


 びくりとした。

 俺の真後ろ――ミストの声がする。

 そうか。霧化すれば、トイレのカギなんて無いも同然だもんな。


 で。


 ……問題はそこで何をしているか、だ。


「ミスト、そこに居るの?」

 するとふふっという笑い声が聞こえた。

「心配になって入ってきちゃった♪

 ごめんね? 嫌だって言ったのに。

 だけど……」

 

「私とユウ君の仲だもん。

 恥ずかしい所も平気だよね?」


 ミストの言い回しが、妙に親しげだ。

 そりゃ、一緒に住んでいる以上お互いそれなりに意識をしているのが本当のところだ。でも俺とミスト、トイレに入って平気な〝仲〟にはなってない。


『ミストは俺への〝気持ち〟を肥大化してしまって心が病んでいる』


 俺の脳裏にさっきの一文が浮かぶ。

 背中に妙な重圧感を感じて、俺は動けなくなった。

「あ、ご、ごめんね? そういう趣味があるわけじゃないよ?

 ただその……二人の間に隠し事したくないだけなの」

「そ、そうか。でもトイレはちょっと見られたくないな」

「そっか。うぅん、そうだよね。

 私、ちょっとはしゃぎ過ぎてた。

 反省しちゃうな」

 するとミストのしょげた声が響く。


 そして。


「……で、ユウ君。

 さっき一生懸命読んでたもの……なに?」

 柔らかく、微笑むように、しかし咎めるような声でミストが聞いてきた。

 ミストは俺の世界の文字が読めない。

 だからさっき俺が真剣に読んでいたメッセージの内容はわからない。


 じゃあ……メッセージの内容がわかってたら、どうなったんだ?


『俺の話を信じてくれ。でないとまた繰り返しになっちまう』

『〝リセット〟されちまうぞ!』


 俺の背中にぞくりと悪寒が走った。


「百科事典。頭痛の解消法が書いてあるんだ」

 俺は咄嗟にそう嘘をついた。

「そうなんだ! 便利だね、そのアイテム!」

 ミストは割と素直に信じてくれたみたいで、ホッとする。

「ああ。いろいろ調べられるんだぜ」

「そっかー」



「……じゃあちょっと、音読して欲しいなぁ」

「…………」

「私、ユウ君の世界の文字、読めないから。

 だから教えてくれると嬉しいなぁ」


「何が書いてあるか」


「はっきり分かるように……ね?」

 いや、安心するのはまだ早いみたいだ。

 女の勘というのか。ミストは嗅覚にも似た鋭い感覚で追い詰めて来る。

 俺は背中に冷や汗が滲むのを感じながら、

「ごめん、頭が痛くて、読む気になれないんだ」

 などと言って切り抜けた。




 ……ミストが信じてくれたかどうかはわからない。

 とりあえず、〝リセット〟とやらは免れたようだ。

 だが、過去の俺のメッセージは本当だと骨の髄まで思い知らされた。



 トイレから出た俺は目を疑った。


「レイゾウコ。創ってみたよ!」


 ミストはそう言って新しい家具を披露してくれた。

 形は食器棚のようで、観音開きの扉を開くと、確かに冷気が流れている。

 形状は違えど、確かに〝冷蔵庫〟だ。

 創った!? 一体いつの間に? この短い時間で?

「……凄いな。

 どうやって創ったんだ?」

 俺がそう言うと、ミストはウインクしながら舌を出し、


「ナ・イ・ショ♪」


 とおどけて見せた。


 この未知の力で俺を監禁しているっていうのか。なあ、過去の俺。教えてくれ。




 ……一体どうしたらいいんだ?

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