郊外のオープンカフェ
俺とドゥミ嬢が向かったお店は、数席程度のオープンテラスに、店内はカウンター席のみと昼食を食べた酒場に比べてかなり小規模だった。
住居を喫茶店として開放している、そんな具合の小さな店舗だ。
カフェというより茶店って感じがしっくりくる。
他にお客さんの姿はない。
時間帯的に客足が少ないのか、そもそもこのお店に入るお客が稀なのか。
というか、パッと見た感じお店の人も居ない。
「……やってるのかな?」
「さ、さあ……」
異世界人と庶民生活に疎い権力者じゃ、この規模のお店に入る作法がわからない。
勝手に座っちゃっていいのかなぁ。
店先で顔を見合わせたあと、そうしててもどうしようもないので、
「すみませーん!」
俺が勇気を出して声を上げた。
すると、
「はいはーい!」
と、奥から返事があった。
少しして小さな女の子がパタパタと飛び出してくる。
短めに切られた髪に、メイド用のカチューシャと、一般的な麻布のエプロン。
「いらっしゃいませ!」
と、まぶしい営業スマイルを浮かべた。
俺の世界じゃまだ小学生ぐらいだろうに、しっかりした感じの子だ。
「お店、やってる?」
「はい! すみません、中で下ごしらえをしていまして。
お好きな席にどうぞ!」
よかった。俺達はホッと息をついて、テラス席に座る。
「……」
「……」
で。
……なに頼めばいいんだ?
メニュー表なんかないぞ。あっても読めんけど。
ウェイトレスの女の子はニコニコして俺の後ろで待機してる。
たぶん、喫茶店ならホットコーヒー、居酒屋なら生ビールみたいな〝定番〟メニューが存在するのだろうが、俺じゃそこがわからない。
――姫、なんか頼んでよ。
俺がアイコンタクトでそう言うと、ドゥミ嬢は暫く悩んだあと、意を決したようにゆっくり頷いた。
「お任せください……!」
注文一つにどんだけの覚悟がいるんだって話。
そして姫は女の子に向かって、こう注文した。
「キュール高原のお茶はありますか?」
「え?」
限りなく濁音に近い発音で、女の子の慄く声が聞こえる。
「……ご、ご、ごめんなさい……。
そんな高価なお茶は扱ってません……」
「えぇ? あれはそこまで高級な茶葉ではないかと」
「そ、そのぉ……、B級品でも、一杯1万Gは下らないですよ?」
茶葉に見るこの貧富の格差よ。
確か、コージ達の月収が10万Gだったかな?
エンゲル係数がお腹を抱えて爆笑するレベルだ。
泣きそうな目でギブアップを告げる姫に変わって、俺が注文した。
「適当にオススメを二つ」
「はいっ! 少々お待ちください!」
最初っからこうすりゃ良かったんだよ……。
席に落ち着いたところで、地図を広げ、あれやこれや言い争いをする。
何せどこどんな店があるかわからない。
姫の土地勘の有効範囲は北側の〝貴族地区〟のみだ。
商店街はさっぱりわからない。
もちろん俺だってどこに何があるか、地図を見ただけじゃわからない。
さらに悪い事に、この世界のお店は窓やショーウィンドウが無いため、外から何屋さんなのか分かり辛い。看板もあるにはあるが、イラストで取り扱いを表示しているため、これが異世界人にはちんぷんかんぷんだ。
同様に普段は高い所にいるお姫様にも理解不能ときた。
よもや総当たりというわけにもいくまい。とはいえケトルを買って来れなければ、置いてきたミストに顔向けできないため俺も必死だ。
「もうさ、誰かに頼んで買ってきてもらえないの?」
とうとうそんな事を提案してしまった。
「カース達あたりにお願いしてさぁ」
「護衛騎士は使いっぱしりじゃありません!」
「いやあの二人じゃなくてもいいけどさ。
茶店でパニックになってる俺達じゃ、お手上げだよ」
「…………」
ドゥミ嬢はぷぅっと頬を膨らませ、ティーカップに口をつけると、
「……嫌です。絶対嫌です」
となにやら意地を張りはじめた。
「なんとしても二人でケトルを購入します」
そう言って地図とにらめっこをする。
たぶんミストに対抗意識燃やしてんだろうなぁ……。
こうしてみると、ちょっととぼけた普通の女の子だ。
これが数時間前王座に座っていた姫殿下様なんだから驚きだ。
別人じゃないかとすら思える。
こんな彼女の姿、イワン国のほとんどの人が知らないんだろうなぁ……。
そんなことをぼーっと考えながら、姫を観察していると、
「――オイ、いい加減にしろっつってんだろうがッ!!」
と、閑静な住居区にダミ声が轟き、びくりとなった。
そしてがしゃーんと、物が壊れる音。
見ると店内に人相の悪い男が二人、あの女の子に食って掛かっている。
いつの間に現れたんだ……?
「止めてください、他のお客さんもいるんですッ!
帰ってくださいっ! 帰ってよぉっ!」
女の子が懇願するが、それで止まる相手じゃないだろう。
「ガキじゃ話にならねぇ!」
「ジジイを出せジジイをッ!!」
……ちょっと、マズイ状況みたいだ。
俺が立ち上がろうとしたその時、
「女の子に対して無礼ですね。
少し頭を冷やしなさい」
ドゥミ嬢だ。
俺が動くよりずっと早く立ち上がり、威厳を持った態度で暴挙を咎めた。
「あぁん?」「なんだテメーは」
ゴロツキ共の意識がこちらに向く。
「私はある貧乏貴族の三女、ドゥミと申します。
揉め事でしたら、まずはお話を聞かせて頂けませんか?」
「話すこたぁねぇよ」
「わかりやすい話だ、こいつらが金を返さねぇってだけさ!」
なるほど、こいつらは借金取りってわけか。
しかも貴族と聞いて怯む様子もない。
「お金はちゃんと返したでしょっ!」
女の子が怒鳴った。
「利子がまだだろうが!」
「今日まで合わせて500万!
とっとと返してもらおうかオラぁ!!」
……いや、テンプレートすぎてビックリするわ。
完全に詐欺だなこりゃ。
「……そんなお金、返せませんよ……」
女の子が涙を堪えて言う。
「お前が働いて返せばいいんだよ」
「ちょいとワメ=カメに奉公にでりゃ、一年ありゃ返せるだろ?」
ワメ=カメってどこだろ?
……まあロクな場所じゃないのは確かだろうけど。
「お待ちなさい。
それだけの利息を付けての借用なら、国か貴族の許可が必要なはずです」
ドゥミ嬢が法の力で対応する。
「どの家名の印が押されているか確認しましょう。
証書をあらためさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「チッ、……さっきからうるせーぞ!」
「部外者はすっこんでろっ!」
一人が椅子を振り上げた。
『ready』
「『スキル』――〝ストライク・バブル〟!!」
「おうわっっぷ!!」
俺の放ったバブル放水が相手の顔面を直撃する。
「話し合いはここまでみたいだな」
E:IDフォンにタッチしながら、俺はゴロツキ共の視線をこっちに集めた。
ここからは俺の出番だ。
「荒事なら相手になるぜ」
「やろうっ!!」
相方が拳を振り上げてとびかかってきた。
偽侯爵の攻撃に比べたら、ハエが止まりそうな遅さだ。
「〝新兵のすね当て〟!! 装備するぞ!!」
『ready……equip!』
脚力を得た俺が素早く横に反れ、バブルで応撃する。
「くっそ、妙な魔法を使いやがって!」
最初の一人が復帰して向かってくる。
素手じゃ勝てないっぽい。
何か武器が欲しいが、かといって〝騎士の剣〟じゃ大けがさせちまうな。
あ、そうだ。
「〝フライパン〟を装備だ!」
『equip!』
先ほど購入したばかりのフライパンを武器に胴を撃つ。
鈍い感触の後、相手はおなかを抱えてうずくまった。
「どっから武器を出してるんだこいつっ!!」
次々飛び出すアイテムにゴロツキ共の悲鳴が上がった。
「まだやんのか? 次はもっとデカイのお見舞いするぜ」
『〝サラマンダーカノン〟!
Make it to equip!』
俺はSFカノン砲を取り出して、砲身を相手に向けて脅かす。
相手はひぃ、っとたじろぎ、
「また来るからなッ!!」
となどと捨て台詞を吐いて逃走していった。