城下町マーケット
イワン城下町は、北に聳える白く巨大なイワン城をシンボルとし、その城から延びる煉瓦造りの中央道を起点に、大きく左右に広がっていた。真ん中には露天や行商人のマーケットでにぎわう、魔術仕掛けの巨大噴水が置いてあり、そこから放射線状に支道が広がっている。
真上から見ると切込みを入れたピザのような形状の街だ。
街は大きな壁に囲まれる形で護られ、魔物や不法侵入者を寄せ付けない。
ここに入るためには関所を通過する必要がある。
南は商業施設に重きを置き、北側へ向かうにつれて住宅地といった様相を表す。
張り巡らされた支道の周りを、石造りの三階建て長屋が軒を連ね、商人、兵士、職人など、この町で営む人々の身体を休めていた。
さらにイワン城に近づくと、図書館や美術館、劇場、大聖堂、そして役人や上級騎士たちが暮らす屋敷などが並ぶ一等地が現れて来るが、平民が普通の生活をしていれば、まずはそこまで近づくことはない。
「……だいたい、こんな感じでわかってもらえたかなぁ?」
ミストが地図を示しながら説明してくれた。
「ああ、かなりわかりやすかった。サンキュー」
俺がそう言うと、ミストはニコリと笑い、
「城下町なら、大抵なんでも揃うと思うよ」
「まずは何が居るんだろ?」
「そうだなぁ……。
食器とかは置いてあったから、とりあえず魔源の買い置きと、それから着替え」
俺はE:IDフォンからペンとノートを取り出してメモる。
「あと、果物と硬パンを用意しとかないと、お店が閉ってた時に困るかな」
「そっか。コンビニなんてないもんな」
「コンビニ?」
「俺の世界のよろず屋さんだよ。
一日中開いていて、真夜中でも閉らない」
今さらながら、俺はミストには素性を話していた。
自分たちが異世界からやってきたことや、亜利奈が勇者だということなど、そのほか諸々だ。
ミストは最初冗談だと思って聞いていたみたいだが、E:IDフォンの力も見ているし、割合すぐに納得してくれた。
……まあもっとも俺のスマホは元の世界でもオーバーテクノロジーな何かなんだが。
「へぇぇ……、お店の人、死んじゃうんじゃない?」
「交代で働く人を雇うんだ。……過労で倒れる人も居るけど」
雑談を交えながら、俺とミストは中央マーケットに到達する。
二本のついたてに布を張っただけの、ひさしのような簡素な屋根が連なり、その下で、商人の人たちが一生懸命声を上げて客引きをしている。
その周りをわらわらと人が溢れ、もうなんというか、イベント会場みたいなごった返し方だ。
「すごい人の数だな……」
来る途中でミストが、
『荷物が軽いうちにマーケットから攻めないと』
などと言っていたわけがわかった。
他の買い物をしてからじゃここは通過できないよな。
まあ俺の場合はE:IDフォンに仕舞っちゃえばいいんだけど。
「さー、行くよ!」
張り切ったミストが俺を誘い、戦場に突撃していく。
人ごみをかき分け、ほぼ体当たり状態で目的の店へと向かった。
だが満員電車の如しこの雑踏の中で、中々たどり着けない。
「もーっ!
霧化すればこんなのすぐに抜けられるのにっ!!」
ミストが苛立ち交じりに怒鳴った。
「いやそれは止してくれよ。そのあと服どうすんだよ。
まさか裸で買い物するの?」
「は、はだ、裸で買い物――ッ!?」
ちょっとツッコミのつもりで言ってみたのだが、ミストは予想以上に反応した。
顔を真っ赤にして、
「なな、なんでそうなるのよっ!
なんでそんなシチュエーションになるのよっ!!」
「いやだって、霧化したら服脱げるじゃん?
霧のまま買い物はできないじゃん?
ってことは店先で実体化するって事でしょ?
……つまり真っ裸で買い物するって事でしょ?」
「ままま、まっぱ……っ」
ミストは一瞬、頬に手を当てて、「はう」っと深い呼吸をする。
どうしたんだこいつと思っていると、
「ばかーーーーっ!!
すすす、するわけないでしょっ!!」
と、突然爆発した。
「しないしない、ぜったいしないっ!
裸でっ! なんて!
するわけないでしょっ!?」
などと不明瞭な事を喚き散らす。
あまりの大騒ぎに、道行く人々が何事かとこちらを見た。
「お、おいおい!
軽い冗談なんだから、そんな怒らなくても……」
「ユウ君が馬鹿な事思いつくからでしょっ!
あーもー! あーもぉ!!
恥ずかしいんだからッ!!」
「わかったから落ち着けって。
早く買い物行こう。な?」
「そうよ、早く買い物っ!
私達は買い物しにきたのっ!!
ほら、いくよ、ほらっ!!」
一体ミストの中で何が起きてるのかさっぱりわからん。
とにかく俺は、見失わないようにその後を追った。
†
ミストと祐樹が人ごみに四苦八苦している最中。
すぐ側の長屋の屋根から、それを観察する男が二人いた。
ここいらの建物は四角の形状で建造されているため、屋根は広く、かつ下からは見えない位置付けになっていた。
フードで顔を隠した男達は、商人の身なりをしながらも、その雰囲気から堅気では無い事が容易にうかがえた。
彼らはそれぞれ小型の望遠鏡で祐樹の姿を捉えると、
「あれがシモヤマユウキか……」
「聞いていた通りの見慣れない風貌だ。間違いない」
と声を掛け合った。
「イスキーの子息を打ち破ったと言うからにはどんな奴かと思えば」
「たいしたことは無さそうだな」
男たちは笑んだ。
「女はどうする?」
「騒がれても困る。一緒に始末しろ」
彼らの目に、マーケットを抜ける祐樹達が移る。
「動くぞ」
そう言って、男たちは祐樹を追うために立ち上がる。
一人が6mはあろう建物を路地裏に向けて飛び降りた。
そして携えた魔源に、
「〝ミリフライ〟」
と唱えると、地面に追突寸前にふわりと彼は浮遊し、安全に着地した。
彼は周囲の様子を見て、人気が無いことを確かめると、
「おい、いいぞ!」
っと屋根に向かって合図を送る。
……。
「……ん?」
しかし返事が無い。
「おい、どうした。早くしろッ!!」
男が苛立ち交じりにそう言うと、何かが降ってきた。
小さいそれは、かつん、と路地に音を立てて転がる。
男はそちらに視線をやるが、小石か何かだと思ってすぐに屋根を見直す。
「なにやってる! あいつを見失うぞ!」
するとまた、かつん、と、真っ白な小石のようなものが降ってきた。
「……?」
さっきからなんなんだ、と、男は首を傾げる。
小石がまた降って来る。
もう一回り大きい。
次の石だ。
これは木の枝のように細長かったが、地面に叩きつけられてぽきりと折れた。
異常に勘付いた男が、その枝の様な小石を手に取る。
石は、どんどん増えて、その大きさも形も様々なものになる。
男がそれらが〝人骨〟であることに気付いたあたりで、ごんっと頭蓋骨が地面に衝突して破損した。
「ひっ!?」
人道を外れた生活をしているであろうこの男も、突然頭上から骸骨が降り注げば怯えた表情も見せる。
「あらあらあら。ごめんなさい」
そこにメイド服姿の少女が、ほうきとちりとりを持ってやってきた。
亜利奈である。
「下に人が居るなんて知らなくって。
ゴミを掃くときは、ちゃんと確認しないといけないわ」
そう言って散らばった人骨を次々とちりとりに収めていく。
「ご、ゴミ……っ!?」
骨を廃棄物扱いする亜利奈の様子に、男は怯えて仰け反った。
「ええ、そうなの。
ゴミは分別しないと、後々いろいろ困っちゃうんですよ。
この世界の人はその辺がまだわかってないから……。
これは不燃ゴミで……」
そういって亜利奈は真っ黒い大きなビニール袋を取り出した。
中身は液状の何かで満たされていて、叩くとぼよんぼよんと揺れる。
「こっちが生ごみ♪」
男は薄らと理解した。
果たして、綺麗に肉のそぎ落とされた人骨の、周りの肉や内臓はどこにいったのか。
そしてあのぶよぶよの袋の中身がなんなのか。
そもそもこの骨や袋の中身は〝誰なのか〟。
「ああ、そうだ!
こっちはまだ使えそうなんで、よかったら貰って行ってください。
リユースですよ。わかります?」
亜利奈は綺麗に折りたたまれた麻布を男に突き出す。
ついさっきまで、この男と話していた相棒の服だ。
「ひいいいっ!? ま、まま、まさか、その骨……」
怖気震える男に亜利奈は、
「だって亜利奈の質問にちゃんと答えられないような人は、ユウ君の世界には不必要じゃないですか。不必要ってことはゴミって事ですよね。
亜利奈はユウ君の世界のエコもちゃーんと考えているから、ゴミはしっかり分別しておきたい派なんです。……ああ、でも困ったな」
そして頬に手を当てて困った表情をし、
「もうゴミ袋もってないわ。亜利奈ったら段取りの悪い子」
さらにニコリと笑うと、
「これ以上ゴミを増やさないように、受け答えには注意してくださいね。
あなた方は誰の差し金ですか?
なんでユウ君をつけ回しているんですか?」