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偽イスキー侯爵

 イスキー侯爵からもらった〝新兵のすね当て〟の効果は絶大だった。

 そりゃあ、残像の発生するアニメ的なレベルではないものの、こいつは俺にスポーツ選手ばりの瞬発力と走力をもたらしてくれた。


 俺とミストは地下牢から屋敷に侵入した。

 俺が隠れた位置からミストに指示を出し、メイド達から寄生虫を除去。

 気絶した彼女たちを別室に隠し、人の目が無いのを確認して素早く移動。

 時には多少力づくでメイドの動きを封じる事もあった。

 まるでスニーキングミッションのゲームみたいな作業だ。





「さすがに、十人超えると運ぶのも一苦労だな……」

 俺は食堂にメイドを寝かせながらぼやいた。

 絨毯の上にずらりとごろ寝しているメイド達は、なんだか駆け込み寺を彷彿として気分が悪かった。

 吐き出すときにずいぶん苦労しているのを見てるからな……。

「……ミスト、これで全員か?」

 俺が尋ねると霧状のままのミストは、

「全員、じゃないかな。

 私もみんな知り合いってわけじゃないし。

 ……それにハイボとトワイスがいない」

「……確かに」

 あの二人とは客室で別れて以来、どうなったのかわからない。

 もう一度寄生虫が植え付けられているかもしれないし……。

「でもな、ミスト……」

「わかってるよ。このままじゃ埒が明かないから。

 早く姫を助けたいんだよね?」

 これだけの監視の目を取り除いたなら、もう少し派手な動きもできるだろう。

 ならばあとは諸悪の根源を叩くまでだ。

「グレンの部屋に案内するよ」

 ミストがそう言って部屋を飛び出す。気体は扉を開閉する必要が無くて楽だよな。

 俺もそのあとに続いてを扉を開いたその時。




「あ、まってユウ君!」

「ん?」

「あ」

 階段から降りてきたグレン、そしてローゼ姫とばったり出くわしてしまった。

 突然の事でお互いちょっと動揺し、しばし硬直して、

「お、おいおい。まさか牢獄から抜け出せるなんてな」

 グレンがそんなことを言った。

 一瞬、目の前が真っ赤になるのを感じた。

『ready……equip!』

「ローゼから離れろこのクズヤロォォォォォォォォッ!!」

 カッとなるとはこういう事をいうのかもしれない。

 気付いた時には俺は剣を振りかざし、グレンの身体めがけて跳躍した。

「勢いだけかよ素人がっ!」

 グレンはやはり手練れていた。

 突撃してくる俺にはまっすぐに刃を向ける。それだけでいい事を知っていたのだ。

 マズイ、このままいけば一突き喰らう、と思ったとき。


『emergency!!』


 間一髪、俺の身体をバブルのバリアが包み、グレンの刃を阻んだ。

 E:IDフォンが自動で俺を護ってくれたらしい。

「チッ! 妙な魔法を使うなっ!!」

「グレン様から離れなさい、この下郎ッ!!」

 ローゼ姫が俺の前に躍り出る。

 二本の刃物を恐れた表情もせず、俺をキッと睨むと、

「これ以上グレン様の邪魔をするなら、私が……きゃあっ!?」

 問答無用。俺はローゼ姫の腕を掴み、強引にグレンから引き剥がした。

 まさかそんな強硬手段に出るとは思っていなかったらしく、グレンとローゼ姫は表情を変える。

 今の俺にはミストが居る。

 姫から寄生虫を取り除いてしまえばこっちの勝ちだ。

「ミストっ!」「うんっ!!」

 ミストの霧がローゼ姫を包んだ。

 一秒もすれば寄生虫は排出され――、


「〝キロウィンドウ〟!!」


 ゴゥッと突風が吹き、ミストがローゼ姫から引き剥がされる。

 唱えたのは体勢が崩れているグレンじゃない。

 振り返ると、巨漢が大剣を振り下ろす恐ろしい光景が広がっていた。

 バリアが負けるその寸前、俺は反復横跳びの要領でその一撃を避けた。

 刃は床に直撃し、大理石がバリバリと音を立てて割れる。

 新兵のすね当てじゃなかったら間違いなくやられてたぞ……ッ!

「むぅ。避けたか」

 その巨漢は俺を見てニヤリと笑った。

 イスキー侯爵だ。

 いや、地下牢で俺達が見つけたのが本物ならこいつは偽侯爵ってことになる。

 俺を見下ろすぐらいの体躯に、刃渡りが一メートルは越える両刃の剣を握っている。

 分厚い刃は、もう剣っていうより斧に近い。俺の頭なんて簡単にかち割れそうだ。

「おのれ下男が、我が屋敷で好き勝手をっ!!」

 虎の威を借りる狐とばかりにだいぶ後ろからトリスが唾をとばして叫んでいるが、まあこの際どうでもいい。

「行け、グレン。こいつの始末はワシがつける」

「恩に着るよ」

 グレンがローゼ姫の手を掴み、離脱を図る。

「まてっ!」と止めようとしたが、偽侯爵に行く手を阻まれてしまった。

「侯爵っ! こやつの蛮行を許しては、イスキー家の繁栄は成就いたしませんぞ!」

 トリスが外野から吠えた。

「……だ、そうだ。少し付き合え小僧」

 偽侯爵が人差し指をクイクイと動かして挑発した。

 完全にこっちより上のつもりでいやがるな。

「お誘いはご遠慮するよ――ミストッ!」

「オーケーっ!」

 こちらには時間が無い。先手必勝、ミストが偽侯爵の身体を包む。

「〝スパーク〟ッ!!」

 バチバチバチッと、ミストが放電する。

 数百発の静電気の乱射だ。

 戦意を削ぐには十分だろう、と、そう思っていたが甘かった。


「むぅんっ!!」


 偽侯爵が刃を振り回し、家財や装飾品を叩き壊しながら一回転する。

 風圧でミストは簡単に散ってしまった。

 なんて奴だ!

「〝ストライク・バブル〟ッ!!」

「無駄無駄ァ!!」

 魔法か何かで防壁を張り、バブル攻撃もものともしない。

 ある程度の抵抗はしているものの、じりじりと押し込んでこちらに向かってくる。

「ユウ君、逃げてっ! こいつ強すぎる!!」

 ミストが叫んだ。

「だけど、ローゼ姫が!」

「狭い屋敷じゃ不利だよッ!! 外に出て!!」

 くそ、もう少しで姫を取り戻せたのに……ッ!!

 俺は歯ぎしりしながら後退した。

「逃がすものかッ!!」

 偽侯爵が背中を追ってくるのがわかる。

 こちらも新兵のすね当てのおかげで走力に自信があるが、自前の体力差は埋められないだろう。

 いたちごっこではいつかは負けるぞ。

「ユウ君……、聞いて」

 逃走中に耳元でミストがささやいた。

「そのマジックアイテムで、大掛かりな一発はある?」

「……あるにはある」

 高出力の〝サラマンダーカノン〟が俺の最大火力だ。

 だがあれを準備して、なおかつ命中させてくれる隙なんてあいつは見せてくれないだろう。

「大丈夫、隙は私がつくる。

 お屋敷の正面玄関から外に出て」

 何を考えているのか説明してもらう余裕は無さそうだ。

 ここはミストを信じて、正面玄関を目指す。

 扉を蹴破り飛び出すと、E:IDフォンのボタンに触れた。

「『スキル』……〝サラマンダー・カノン〟ッ!」

『Make it to equip!』


 SFカノン砲を掴むと、階段を跳躍して振り返る。

 偽侯爵が俺に追いつこうと悪鬼の如く屋敷を飛び出す。

 その瞬間、


「ハイボ、トワイス!」

「「せーのッ!!」」



 予め扉の外で待ち構えていたらしいハイボとトワイスが丈夫な紐を張り、偽侯爵の脚に引っかける。

「ぬおぉっ!?」

 この原始的なトラップに、さしもの奴も不意打ちを食らって転倒、ゴロゴロと階段を転がり落ちた。

 このチャンスを逃す手は無い!

「三人とも離れろッ! こいつはなんでもふっとばすぞ!!」

 警告を出すとメイド達は悲鳴を上げて屋敷に戻った。

 偽侯爵が転倒から立ち上がろうとするその隙をついて、叫ぶ。

「――E:IDフォン、ぶちかませッ!!」

『action!!』


 ドォンッ!!


 轟音を唸らせて砲弾が叩き込まれる。

 着弾、爆発。つんざく爆音。

 そして目がくらむ閃光が屋敷を照らす。




 闇夜が戻るころには、黒煙の向こうにクレーターが見えた。

 砲撃は階段を抉り、大穴を開けたのだ。

 ところどころ赤く燃え、鉱物すら焼き切った様子が伺える。

 ダメージは目標どころか、屋敷にもおよび、パッと見ただけで正面の窓ガラスが全部割れてしまっていた。

 これでやっつけたのは確実だろうけど……やり過ぎだろ。

 下手したら屋敷自体をぶっ飛ばすところだったぞ。

 落ち着いて周りを見ると、俺はいつの間にかバブルで護られたみたいだ。

 またスマホの判断なんだろう……なんて便利な奴なんだ。

 今度はバリアとセットで唱えないとな。

 俺はそれでいいのかもしれないが、みんなは大丈夫なのか?

「すごい……、階段吹き飛ばしちゃった」

 霧状のミストが難なく浮遊してこちらにやってきた。

「ハイボとトワイスは無事か?」

「大丈夫。ほら」

 ミストが指で示した方から、ハイボとトワイスが走って来る。

 別の出口から出てきたのだろう。特に怪我はないようだ。

「私、防御もできるみたい」

 ミストが二人を包んで護ったそうだ。

「よく二人とコンタクトとれたな」

「最初の一撃に失敗して偽侯爵に吹き飛ばされた時、隠れてる二人を見つけたの」

 あの短時間でおおよその事情を把握し行動に出れるとか、三人娘のなせる業だよ。

 そういうと、

「ってもねぇ。

 こんな体になっちゃったのを二人になんて説明すればいいかわかんないよ」

 と困った声を出した。

「それは俺のせいだし……ごめんな」

「あ、べ、別に、後悔はしてないよ!

 だけど……、あれ?」

 ミストの声が止まった。

「……………………、ゆ、ユウ君」

「どうした?」

「どうしよ、あいつ、まだ死んでないよ」


 ドンッ!


 クレーターの底から、黒炭と化した腕が伸びる。

 それは大地を鷲掴むと、メキリメキリと本体を露呈する。

 全身が炭化したように真っ黒なそれは、イスキー侯爵の姿を纏っていた時とは似ても似つかない巨人と化していた。

 凡庸とした姿でそいつは俺を見下ろす。

 頭の位置はバスケのゴールほどだ。

 3メートルはあるんじゃないか、こいつ……。

「ね、ユウ君。

 さっきのって、もう一発撃てる……よね?」

 ミストが恐る恐る問いかけてきた。



 馬鹿野郎。

 撃てたらとっくに撃ってるよ……。




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