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タイ・イン:らいど・おん・みー!?『英雄王グレンと魔王妃ローゼ』

 祐樹達が窮地に陥っているその約千年後の未来。

 祐樹がローゼに予言したとおり、この世界は数々の戦争や魔物駆逐戦が行われ、そしてその破壊の中で新たな文明を創造していった。

 魔法は魔術として製錬され、免許制の指導過程を受ければ、才能や個人差があるものの、ほぼ誰もが使う事の出来る技術に発展していた。

 それは同時に犯罪に使う者とそれを抑止する者の攻防を意味し、この世界の警察機構は違法魔術師の犯罪に日々頭を悩ませていた。




 そして時を果て廃墟となったイスキー邸は史跡として今なお現存し、国の指定文化財として貴重に保存されていた。


 黒々と鈍く輝く石碑には、こう書かれている。

『英雄たるグレン=イーリッシュ・イスキーの生家』

 その下には彼の活躍が長々と刻み込まれている。

 国名がイワンからイスキーと改められたのも、彼の存命時期だと捕捉されていた。




 祐樹とローゼが歩んだあの庭園に、二人の若い女性が入っていく。

 そこは当時とは違いさらに花々が美しく咲き誇り、防御用の林が取り除かれ、代って敷かれた芝生と遊具による国民の憩いの公園へと変化していた。

 庭園を歩む女性のうち、一人は齢二十を過ぎたくらいで、光誕教のシスター服に身を包み、物静かな動きは厚い信仰心による道徳観念の深さを感じさせた。

 不思議な事に彼女の頭にはウサギの耳が生えているが、それを気に留める通行人はいないようだ。

 もう一人はずいぶん幼く、やっと十になるかぐらいの可愛らしい少女だった。

 軍服のような武骨な恰好は非常に不釣り合いだが、セミロングをゴムで縛ったヘアスタイルに、ところどころ散りばめられたパステルカラーのアクセサリーだけは年齢相応の無邪気さを感じさせる。

 だがしかし、体から滲みでる自信に溢れた態度がそれにさらに反して、少女らしからぬ大人びた雰囲気を持っている。まるで幼女の姿をしたキャリアウーマンのようだった。


「我がニッカ聖歌隊の起源はご存知ですね?」

 歩みを進める中、シスターが少女に尋ねる。

「はい、シスター・リリパ。

 英雄王グレンと共に魔王を打倒したシスター・ニッカに由来します」

 少女の回答に、リリパはゆっくり頷く。

「千年前の戦いは壮絶なものでした。

 国王になられたグレン様は、乱心した奥方、魔王妃ローゼとの戦いに身を投じ、そしてその手で討つというつらい決断をなさったのです」


 この国の、いやこの世界で一般教育を受けている市民ならば、誰もが知っている歴史的な事件だ。

 その史実によると、グレンはローゼと結婚し、数年は幸せな日々を過ごしていた。

 が、ローゼの父であるイワン王が倒れると彼女の精神は狂い始め、やがて禁断の魔法に手を付けて恐ろしい怪物に代ってしまった。

 魔王妃ローゼと呼ばれた彼女の魔力は凄まじく、瞬く間に全世界を力によって支配し、そして暗黒の時代を創りだす。

 それに立ち向かったのが天上よりの啓示を受けたシスター・ニッカとローゼのかつての夫グレンだった。

 〝魔王妃大戦〟と呼ばれたその戦いは数年に及び、そしてグレンはローゼを涙ながらに討ち、この地に安息をもたらせた――と、されている。


「我々ニッカ聖歌隊は、そのような悲劇を二度と起こさぬよう、世界中に天上の意思と教えを広め平和をもたらすのが使命なのです」

「それは素晴らしいお仕事ですね」

 少女の相槌に気を良くしたのかリリパはニコリと笑う。

 そして、

「――恋慕さん。

 私達と共に、この使命を担ってはいただけませんか?」

 と、少女に手を差し伸べた。

「貴女のような優秀な魔術師こそ、私達に必要な力なのです。

 どうですか? 共にこの世界の平和を守ってはいただけませんか?」


 恋慕と呼ばれた少女は笑みを返して言った。



「残念ですが、お断りします」




 †



「おい、恋慕っ!」

 公園のベンチで一人寛いでいた恋慕に、一人の少年が駆け寄って来る。

 恋慕よりは少し年上と言ったところか。

 金髪の美少年で、中性的な顔立ちは性別を間違えても誰も責めはしないだろう。

 彼の頭にもウサギの耳が揺れていた。

「今、姉さんとあっていたそうじゃないか!

 まさか君……、」

「ちゃーんと、断ったわよ」

 恋慕はため息交じりに言った。

 ああ、よかったと少年が一息つく。

 それを見た少女もため息をついた。

「私もバカよね。

 アパルの陰謀論真に受けて、エリート職を一つ蹴っちゃうんだから」

「君なら他にも行きたい放題だろう?

 聖歌隊なんてやめておくんだ。

 あいつらがやってるのは歌のレッスンじゃない。

 自分の思想を押し付けるための魔術武装訓練だ。

 だいたい……」

「ね、アパル」

「……なんだ?

 ハッ! よせ、やめろ――ここは人前」

 アパルは何かを察知し青ざめて喚いたが、


「〝フットツール〟」


「いやだあああああああああああああっ!」

 恋慕の一言で泣きながら手足を地に着け、四つん這いという情けない格好になる。

 その背中に恋慕は「よいしょっ」……っと足を乗せ、寛ぎなおす。

 彼女は何らかの強制力によって、友人を見事に人間家具にしてしまったのだ。

 それも公衆の面前で。

「君はこの性癖さえ直せば、本当にいい友人なんだよ」

「そ? ま、直す気ないけど」

 周囲のどよめきを無視し、恋慕はアパルの背中に話しかける。

「で、アパルは訓練校卒業したらどこに行くつもりなの?」

「人に生き恥を晒させながら、将来的なヴィジョンを尋ねるのか」

「ノーマルとアブノーマルは境界線が曖昧な方が興奮するのよ。

 そんくらいわかるでしょ?」

「そしてそれに同意を求めるのか君は」

 アパルははぁーっとため息をつき、言った。



「〝次元捜査官〟にしたよ」

「え。下層界に行くの!?」



 下層界とは、この時代で認知された別の世界である。

 そう、ローゼの時代に〝光あふれる世界〟と呼ばれた我々の世界は長い年月を経た現代になって、ようやく恋慕達の世界から観測され、常識となった。

 それは目の前に見えている光景と表裏一体であり、なんらかの条件が整えば、まるで本のページを下層にめくるようにすり替わる、非常に近似的な世界だ。

 ただし恋慕の社会は下層界との交流を一切遮断し、禁じた。


 なぜならばお互いに交流すれば、人種、宗教、経済など、都度行われた政治的な争いがまたも再発することが明白だったからである。


 だが世の中にはそのルールを破り、かの世界へ不法に渡航する犯罪者がいる。

 それを取り締まるのが、アパルの目指す〝次元捜査官〟だ。

 彼らは我々の世界に溶け込み、同朋がやってくるとその存在を隠ぺいしてすみやかに強制送還するのが仕事だ。


「どんなとこかもわからないのに、よく行く気になるわね」

「勉強すればいいさ。

 何よりも見てみたいんだ。

 魔源を持たない人々、〝光あふれる世界〟……ってところを」

「ふぅん……」


 恋慕はその可愛らしい顔で少し悩むと、

「――決めたわ。私も行く」

 と、人間家具に宣言した。

「あのな、遊びに行くわけじゃないんだぞ」

「わかってる、真面目に言ってるの。

 丁度いいわ。この世界に飽きてきたところだしー」

 恋慕は、んーっと伸びをして、立ち上がった。


「〝五分経ったら起きていいわよ〟」

「そりゃどうも」

 友人に新たな暗示をかけ、恋慕は歩き出す。


「下層界かぁ。

 なんか、素敵な出会いがありそうっ」


 そんな予感めいた気持ちに胸を弾ませながら、未だ四つん這いのアパルを置き去りにして恋慕は新たな道を歩き出した。

タイ・イン形式の外伝です。

次元捜査官となった恋慕とアパルのその後の活躍は別投稿のらいど・おん・みー!?をご覧ください。

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