奪われたローゼ姫
「そこまでだ、狼藉ものッ!!」
そう怒鳴り込んできたトリスは、部屋を見渡してこう咎めた。
「下男ユウキ!
貴様、大公の娘ドゥミ嬢と我が屋敷のメイドに何を仕掛けている!」
「それはこっちのセリフだぜ。
よくもミストたちにこんなモノ植え付けてくれたな」
E:IDフォンのMPを確認する。
30%……バブル数発分ってとこか。
ちょっとは暴れられるか……?
俺が少しづつ臨戦態勢を整え始めたところで、
「おいおい、騒々しいなあ。
一体なんの騒ぎだい?」
ローゼ姫の婚約者、グレンの登場だ。
このタイミングでのご登場ってことは、やっぱりこいつがこの事件の首謀者で間違いないだろう。奴が何らかの方法で虫を創りだし、関係の上手くいかないローゼ姫に植え付けようとしていた。
「グレン様。
この者がドゥミ嬢を人質に取り、はかりごとを目論んでおりましたので」
こいつら、よりにもよって俺に濡れ衣着せようってのかよ。
「おいおい、トリス。
お客様にあまり失礼な事を言うもんじゃないぞ……うん?
なんだいこりゃあ」
グレンは金だらいに近づくと、
「トリス、こいつがなんに見える?」
「さあ、わたくしめにはただただ禍々しい何かにしか……」
「僕もだよ」
そんなことを白々しく口にした。
「……おい、そこで寝ているメイド達!
〝調子はどうだい〟っ!?」
「「ん……っ!?」」
グレンの一言で眠りに落ちていたはずのハイボとトワイスが飛び起きた。
「う、げぇ……」「ゴフッ」
そして喉を苦しそうに抑え、悶えはじめた。
「ハイボ、トワイスっ!!」
ミストが悲鳴を上げた。
「おい、二人に何したんだ!」
俺が問い詰める。
だがグレンは
「知らないよ、一体どうなっているんだい!?」
などと惚けるばかりだ。
彼女たちは呻き、排水溝の水が詰まる様を彷彿とさせる音を発すると、
「げぶっ……、うげ……っ!」
「うげええええっ!!」
異物をベットに吐いた。
魔源寄生虫だ。
……今の一言が吐き出すための条件付けだったらしい。
「こりゃあ驚いた!
なんだいありゃあ!」
「貴様、屋敷のメイドになんてものを!!」
グレンとトリスは俺が主犯とばかりに責めたてる。
「ふざけんなよてめーらっ!!」
これ以上、こいつらの好き勝手にさせてたまるか!
「『スキル』ッ! ストライク……、」
「グレン様ぁッ!!」
E:IDを構える俺の前を、誰かが横切る。
――ローゼ姫だ。
彼女はグレンに駆け寄ると、その体に縋り付き、
「グレン様、お助けくださいっ!
あの者たちが私に不気味な魔物を飲めと強要するのですッ!!」
と助けを乞い始めた。
「え」「ちょっと……」「うそ」
俺達三人は呆然とするしかない。
「ああ、麗しいドゥミ嬢よ。
さぞ怖かっただろうに」
「いいえ、グレン様。
ドゥミなどではありません。
私はローゼ。
貴方の妃となるローゼでございます」
そう言って姫はあんなに嫌っていたグレンの頬に、愛おしそうに口づけをする。
遅かった。
もうとっくの昔に、ローゼ姫の身体にはあの寄生虫が埋め込まれていたんだ。
「おのれどこまでも卑劣な奴らめ!
であえ、であえーいっ!!」
トリスが叫ぶと、数人のメイド達がわらわらと押し寄せてきた。
全員、手に短剣を携えている。
が……、警備兵としては軽装すぎないか?
「メイドだからって、甘くみちゃいけないよ。それなりの訓練を受けている」
グレンが姫の頭を撫でながら、そんな忠告してきた。
「嘘だよ」
ミストが言った。
「みんな、訓練なんて受けてない」
――こいつ、今度は何を企んでやがる。
「……まあ。
訓練っても、それなりだからね」
メイドの一人が動く。
来るかっ!
俺は身構えた、が、彼女は凶器を持ったままぐるんと一回転した。
ザク、ザク……っと、味方のメイド達の頬や衣服が裂けた。
「こんな事故が起こるのはしょうがない」
なんとメイド達は全員、その刃を他のメイドの肌すれすれに突き付けたのだ。
彼女たちはみんな人質ってことだ。
寄生虫に操られた彼女達は、グレンの指示で友達を簡単に刺し殺すだろう。
亜利奈の魔法。
俺のスキル。
どっちを使っても全員を護りきることはできない。
何よりもローゼ姫が相手の手中に落ちてしまった。
……くそ。
この状況では負けを認めるしかない……っ。
だから。
「亜利奈っ!!」
俺は叫んだ。
「逃げろッ!!」
「――――ッ!!」
亜利奈は迷わなかった。
魔法で加速した亜利奈はガラスを突き破って外に飛び出した。
あいつは俺を信じている。
俺が逃げろと言うなら、俺自身を見捨ててでも逃げる。
俺への依存心が一周回って作用することを、よく知っていた。
「ぬぅ、逃がすかっ!」
トリスが憤りを見せる。
「……構わんよ。どうせ何もできない」
グレンはローゼ姫の手の甲に口づけをして、言った。