#9 戦いが終わりを告げるまでの三〇秒
視界の端で廃ビルが派手な噴煙をあげて揺れている。
カニっちがおっぱじめたんだけど……ビルごと倒しそうな勢いだ。
あたしたちはレースでの戦い方として、タイタニックフィギュアを使うであろう敵に対してカウンターを仕掛けることにした。
そこで、じゃあ敵もカウンターにカウンターを仕掛けてくるだろうと言い出したのはカニっちだ。
だからあらかじめ狙撃ポイントをトラップタワーにして迎え撃つ。
準備はカニっちが一人でやった。
あまりに手際がいいものだから何か経験が? って聞いたら。
「昼休み中にタワーディフェンスゲームを、少しね」
って死んだ目なのに笑いながら言ってた。
ストレートに怖かったからそれ以上追及しなかったけど。
「ってめぇぇぇらぁぁぁ!! もう許さねぇ、ぶっ潰してやる!!」
おっと、TFが何か喚いている。
ついさっきまで調子に乗って暴れまわっていたのに、ちょっと追い込まれるとこのありさまだ。
そんなだからエネルギー管理ミスるんだっての。
しかしまぁ、カニっちのえげつなさも相当である。
確かにエイジオブタイタンというゲームにおいて狙撃技能は必修科目、と言ったよ。
だからってこの距離で、暴れまわるTFを相手に当て続けてる時点でまともじゃない。
しかも敵の動きをエグいくらい的確に潰し続けてた。
あたしがコレをやられたらログアウトしてヘッドセット投げるわ、ってくらい徹底的。
何もさせないとはまさにアレを指して言う言葉だろう。
いやーあたしも病院送りくらってかなり頭に来てたけど。
カニっちって見た目冷静そうな割に根に持つタイプなんだぁ。こわいわー。
「雑魚ごときがよぉ! ちょこまかといい加減! 潰っれろや!!」
あ、踏みつけてきた。格好悪い。
オーバーラジエーションに陥るとバッテリーの回復が優先され、エネルギーを消費する装備が使えなくなる。
猛威を振るったサンダリングディスカスも単なる重しになったし。
最強兵器のはずのTFもこれじゃあただのデカい的と変わらない。
ここまで仕上げてもらって、つまらない結果に終わっちゃあ経験者の名が泣くね。
「千里の道より九十九里浜ってね。逃げられないのはあんたのほうだ!!」
レースで勝つのは当然として、あれだけカマしてくれたTFを逃すのは心残りでしょう?
全部倒してこそ最高の勝利!
おあつらえ向きに、目前に踏み出された巨大な脚がある。
これは登ってくださいってことだろう。では遠慮なく。
ヴェントの脚部ホイールが唸りを上げる。
そうして駆けだそうとした瞬間、視界の端を横切る影があった。
ヤバい。後続に追い付かれたんじゃ、コイツの相手をしている暇が――。
「姐さんだけにいい思いはさせませんよ!」
がっしりとしたシルエットの機体が飛び出してきて、あたしの隣に並ぶ。
見覚えのあるそいつは、デルバート工房のシュテルマヴォイだ。
「ちょっと、どういうつもり」
「いっやー? こいつさんざ邪魔してきたしぃ。イラつくよねって感じ?」
――カニっちの見立てでは、こいつは犯人とは関係ない。
ならば腹が立っているというのも嘘ではなさそう。
「……邪魔はしないでよ」
「がってんばってんショーウタァ~イム!」
もう既にちょっと邪魔なんだけど?
とにかく。
足元から駆けあがってくるエクソシェルに気付いて、TFの巨兵操者は実に分かりやすく反応した。
「こいつらッ! ちくしょう、狙いは動力炉かよォ!!」
まとわりつくエクソシェルを振り払おうと、巨人が身をよじって暴れまわる。
いくらオーバーラジエーション中で出力がガタ落ちしているとはいえ、腐ってもTF。
振り回す腕が当たるだけで、エクソシェルくらいなら簡単に潰せてしまえる。
「やー、あんた。ちょっち調子乗りすぎ? みたいな」
しかしシュテルマヴォイを操るダイカンズイドは、慌てもせず腕をかいくぐるとTFを登り切る。
「バカが! まだコイツが残ってんだよォ!!」
ぐるりとTFが振り向く。その顔面から突き出す砲身。
TFの頭部位置にあるトップタレットには、迎撃用装備であるCIWSが搭載されている。
近接特化マンビルドのこいつもさすがにこの定石までは外さなかった。
たかが迎撃手段と侮るなかれ。
搭載された三〇mm多砲身ガトリングシステムは、エクソシェル程度なら容易く食いちぎる威力がある。
砲身がスピンアップを始めた瞬間、シュテルマヴォイがその出力をいかんなく発揮する。
飛び上がり気味のアッパーカットをCIWSの砲身へと叩き込んだ。
いくらTFが硬いと言って、それは装甲のある部分の話。
剥き出しの砲身は拳の一つでひしゃげてしまう。
直後、ガリガリという異音と共にTFの頭部が爆ぜた。
砲身がねじ曲がっているのに無理やり撃って暴発したらしい。ざまあない。
「ほいさ! 姐さん、後は任せましたい!」
そっちに注意を引いてくれたおかげで、肝心の背中はがら空き。
開いた装甲の間から突き出る、莫大な熱と陽炎を噴き上げる動力部がここぞと主張している。
『オーバーラジエーションに陥ったTFは必ず、強制冷却のために炉心を露出しなければならない』
これはシステム上不可避のルールだ。
わざとできないようにビルドすると、今度はオーバーラジエーション時に動力炉が緊急停止してしまう。
こうなると外部から動力を供給しないと再起動できなくなり、敗北が確定するのだ。
ま、今回に限ってはそのほうがマシだったかもね!
「やめ、てめぇ! TFが負けるわけが……」
残念、時間切れ。
両腕のブレードを伸ばすと、脚部ホイールを互い違いに高速回転する。
姿勢制御スラスターも全開で使って――高速超信地旋回!!
ヴェントが小さな竜巻と化し、一瞬で動力炉をズタボロに切り裂く。
ガボッ、と動力炉がまるで血のように激しく炎を噴き出した。
制御を失ったエネルギーが紫電となって迸り、巻き込まれるように機体の崩壊が始まる。
「まっ……ヒィ! 止めて……」
助けでも求めるかのように伸ばした腕を蹴り飛ばして、炎に包まれつつあるTFから離脱。
それじゃあ工房襲撃犯さん――ご苦労様、死ね。
ビクッと一度大きく痙攣した機体が、直後に大爆発を起こした。
動力炉破壊で撃破判定、巨兵操者もまとめて吹っ飛んだのだ。
あ、ちょうど足元を抜けようとした後続のエクソシェルが巻き込まれた。まぁいいや、どのみち敵だし。
それじゃあ残る相手は――。
「決着つけようじゃない!」
ちゃっかりと一人ゴールへ向かおうとしているシュテルマヴォイに躍りかかる。
「あっちょっ、姐さんひでぇや。さっきあんなに美しく助け合った仲じゃーん!?」
「それはそれ。これはこれ。あたしの前にいる奴は全員潰す」
「こっわ! 姐さんこっわぁ!!」
ふざけて逃げ回っているように見えて的確に攻撃をかわしてくる。
こいつ動きがいい。やるじゃない。残り少ないレース、まだまだ楽しめそうで――。
その瞬間のことだ。
後方からすっ飛んできたサンマ――ええと違う、流線形に尖った何かがシュテルマヴォイへと背後から襲い掛かった。
「えちょっ」
不意を打たれてすっころんだシュテルマヴォイが、あっというまに後方へと置いていかれる。
勝負とは無情なのだ。大人しく成仏してほしい。
「なんで潰れてねぇんだよ、てめえらぁ!」
「ああ~、そういえばあんたがまだ残っていたね。犯人チーム」
魚みたいな流線型のボディから足が生えたような、奇抜なデザインをした機体。
カニっちがみつけた、TFと組んでいた一味である。
「どうせならTFと一緒に吹っ飛べばよかったのにさ~」
「んだとぁ! てめぇTFの修理費用、どうしてくれんだよ!」
「しらんがな」
「こうなったら優勝賞金は絶対渡せねぇんだよ! いくぜ、チィエェェンンンンジ! グラップリングモードォ!!」
滑らかに前方へと伸びていたボディがかぱっと開く。
パキパキと途中から折れ曲がって。ああ、あれ腕だったのか。
ということはこいつ、さっきまでスーパーマンの出来損ないみたいなポーズで走ってたの?
「エクソシェルのレースにTF持ち込むような臆病者が、いまさら殴り合って勝つつもり?」
「関係ねぇ、てめぇを潰してフィニッシュだ! 死ねオラァ!!」
えらく大ぶりな動きで殴り掛かってくる。
なんだこのブンブン丸、簡単に避けられる。
どうやらさっきまでのサンマモードがメインでこっちはオマケらしい。
「逃がすかよォ!」
破れかぶれになったのか、腕を広げて体当たりをかましてくる。
掴みかかるつもりか? それにしては鋭さのない動き。カウンターを狙えそうだけど。
奴は嫌な笑みを浮かべている。
ブレードを出す様子はない、ルール上銃火器はない、それでいて近づけば勝てるとなれば――十中八九そうだろう。
「殺った!」
迎撃に出たあたしに、組み付くかと思われた瞬間。
奴の腕から炸裂音と共に杭が撃ちだされる。一撃必殺たる仕込み武器のド定番、パイルバンカー機構!
「なにぃ!?」
だけどそんなもの既に予想済み。
突き出された腕を掴んでそらし、撃ちだした杭はむなしく無を貫いていた。
確かにパイルバンカーは一撃必殺の最強武器。ただしもちろん欠点はある。
「パイルは根元をそらせばあたりゃしない。基本じゃないか、パイル使いを名乗るんなら覚えときな!」
掌にある電磁石を起動し、相手の腕をつかんだまま固定。
腕を引き、奴の飛び込む勢いをそのまま、足払いを仕掛けて体を浮かす。
あたしの機体を支点にして、てこの要領で相手の機体を持ち上げて――。
「パイル返し!!」
いわゆる背負い投げのモーションである。
必殺を確信していたサンマ男は間抜けな表情のままぐるりと回転して、そのまま受け身も取らず顔面から地面へとダイブした。
「だぎょめっ」
いくらエクソシェルが搭乗者保護のため頑丈に作られているとはいえ限度がある。
何せ機体重量の全てが勢いをつけて、頭にのしかかったのだ。
あれは装甲がつぶれた音か、中身の音かどちらだろう。
地面に刺さったままピクリとも動かなくなったサンマ男をその場に残し、あたしは走り出す。
もはや遮るものは何もない。
まったくひどいレースだったけど、ようやくゴールフラッグが見えてきた。
最終地点までやってくれば、地を揺るがすような観客たちの声に包まれた。
周囲に舞い散る紙吹雪の大半は外れた賭札だろう。
死にかけだったリンジャー工房はそりゃあひどいオッズだったろうしね。
歓声と悲鳴、罵声がないまぜになった喧騒の中。
あたしとヴェントは、一番にゴールフラッグの下をくぐったのであった。
◆
「なぁんと! なんという大番狂わせ! 優勝は、不慮の事故により出場すら危ぶまれていた、リンジャー外殻工房のヴェントだぁぁぁ!!」
後ろで司会が喚いているけどどうでもいい。賭けを外した人はご愁傷様。
あたしはまっすぐに自分たちのピットへと向かう。
「おかえりなさい。優勝、おめでとうございます」
「……ありがと。リンジャーさんも無事で何より」
そこで当たり前のように微笑んで待ってくれていたリンジャー氏を見て、あたしは胸をなでおろした。
TFに襲われるレース場もたいがいだけど、氏も相当危険だったはずだ。
わりと底の見えない人である。
その隣には廃棄品と見紛うばかりのエクソシェルが。
「お疲れ。お見事」
「あんたもお疲れ、カニっち。ナイスサポート」
カニっちだ。
彼女の姿はもう満身創痍のズッタボロである。これはそうとう派手にやったのだろうなぁ。
対機械生命ライフルは真っ二つに折れてるし、エクソシェルもまちまちにしか装甲が残っていない。
きれいな顔だって煤けたままで、しかし平然といるのだから追手は全滅したのだろう。
こっわ。
「ああ、皆も戻ってきたようですね」
外から再び歓声――内容のほとんど罵声だ――が響いてくる。
二位にはデルバート工房のシュテルマヴォイが滑り込んだらしい。
あいつ、ちゃっかり立ち直ってたのか。
ちなみに三位以下はTFの爆発に巻き込まれてグッダグダだったので割愛する。
あっちこちで悲喜こもごも。
ほうほうと耳を傾けていると、リンジャー氏が姿勢を正した。
「ワズさん、カウナカニさん。この度は本当にお世話になりました。これにてお二人への依頼は完了となります」
そういって、深々と頭を下げる。
「礼には及ばないって。なんせこれが依頼だし」
「そう。途中から私たちの意地でもあった」
「それでも。私だけでは到底ここまでこれませんでしたから」
度重なる妨害をうけ、工房を破壊されて。
立ち上がるために手を貸したとして、諦めなかったのはリンジャー氏の力だ。
「これであなたは基幹企業のお墨付き。すぐに忙しくなる」
「はは。それはそうなのですけど。実は、受け取るかどうか迷っています」
これだけ苦労して手にした権利を放棄する。
しかしあたしもカニっちも、それほど意外な感じは受けなかった。
「あー、やっぱし?」
「工房はボロボロ、人もいない。たとえ立て直し集めなおしても以前と同じようにはいきません」
無事に残っているのはヴェントの機体くらい。
「……それでも意地を貫き通したのです。これで心おきなくこの街を去ることができそうです」
反射的に制止の言葉をかけようとして、口を閉じた。
彼は同じ街の住人から殺されかけたのだ。
たとえ大きな権利を手にしたとて、それは新たなトラブルのもとにしかならないだろう。
「じゃあ約束してよ。次の場所についたら絶対に連絡するって。そうしないと、あたしたちのTFの発注先に困るからね」
「必ず。お約束しましょう」
気弱で頑固で有能なリンジャー氏ならば、どこの街に行こうとやっていけるに違いない。
「それでもしも困ったことがあったなら……依頼を出して。惑星の反対に居ても駆けつける」
カニっちが頷く。
そうね。このゲームの遊び方はひとそれぞれ。
特定ノンプレイヤーキャラを優遇するようなプレイも、それはそれで面白そうだ。
「はは。それはあったほうがいいのか悪いのか、迷いますね」
「そりゃそうだ」
そうして三人集まって、最後に手を打ち合わせたのだった。
◆
――かくしてあたしたちの最初の依頼は幕を閉じた。
エイジオブタイタン2となり、アバターを新しくしての第一歩。
まだ最初の街も出ていないし、何よりタイタニックフィギュアすら手に入れていない。
それでも、これから先に待っているものは楽しいものだろうって思える。
やっぱりゲームはそうでなくちゃあね。