#7 破釜沈船のレース日和
惑星ムリンの空は常に移ろっている。
それだって思い出したかのように豪雨になったりする現実よりかは断然大人しい。その辺は仮想世界なのだから融通を利かせているのかもしれない。
どうあれ『レトナーク・エクソシェル・グランプリ』開催当日は抜けるような晴れ模様となった。
ちなみに今日は現実時間における日曜昼間にあたりであり、カニっちが胸をなでおろしていた。
さすがにここまでやって開催日は平日なので参加できませんでした~なんてのは台無しもいいところだしね。
社会人お疲れ様です。
あたし? 学生だっていうほど暇じゃないけれど、わりと大丈夫なほうではある。
いつだって賑やかなレトナーク市街、今日はいちだんと盛り上がっている。
そりゃあ各工房から出場予定のエクソシェルを載せたトラックが通りを回って宣伝していればね。
プレイヤー、ノンプレイヤーキャラ問わず応援の声を張り上げてるけど、その手に賭札が握り締められているのと無関係ではないだろう。
そっちのイベントはあたしには関係ないけどね。
「カニっち、準備はいい?」
「大丈夫。特等席から見てる」
個人通話の向こうでは仕込みも終わって準備万端。
「それじゃ行きますけど。やっぱりリンジャーさんは隠れておいた方がいいんじゃない?」
「そうはいきません。ここは私どもの大舞台、こそこそとしては負けを認めたようなものです」
前から思っていたけど、実はリンジャー氏って結構強情だよね。
だてに工房構えていないってことだろう。
「依頼人のご希望とあらば。でも本当にヤバくなったら……」
「わかっています、自分の身は何とかいたしますから。ワズさんはレースに集中してください」
「はぁ。こっから先は冗談抜きで手を貸せないからね?」
完全に覚悟の決まった表情で頷かれては、もうあたしにできることはない。
ご希望通りレースの勝利をもぎ取ってくるだけだ。
リンジャー外殻工房の銘を掲げた車両がパレードに加わった時、少なからず周囲にどよめきが巻き起こった。
そりゃそうだ。
建物ごと吹っ飛んだはずの人間がピンピンしてレースに顔を出せば悲鳴のひとつも上げたくなる。
ざまぁみろ。
後は正直、パレード中にも攻撃を食らうんじゃないかと冷や冷やしていたんだけど、そこまで無謀でもないらしい。
さすがに街中でやらかしたら都市運営府が黙っちゃいない。
でもレース会場は市街地の外にある。ばっちり都市運営府のご威光の外。
皆仲良く走りましょうなんて、今更そんなことはありえないし望んでもいないけどね。
◆
レース場は手付かずの瓦礫に囲まれた素敵なロケーションだった。
半壊した高速道路が良いスロープになっています――ってな具合である。
最終チェックを終えた各エクソシェルが続々とコースに上がってくる。
ひとくちにエクソシェルといって構成はチームごとに様々。なんかもう人型すら捨てたやつまでいるんだけど……?
そんな中、我らがリンジャー外殻工房謹製ヴェントは今日もイケメンである。
オーソドックスな人型で、余裕をもたせつつ無駄のない刃物のような機体。
こいつで並み居るゲテモノどもをブチ抜いて――。
「やぁやぁそこのおねーさん。ちょいちょいおねぇさぁん、聞いてるぅ?」
――まさか向こうから話しかけてくるとは。
コースの上でははっきり言ってすべてが敵。しかもこちとらリスポーンまでかましたリンジャー工房組である。
まったくいい度胸だ、気に入った。名乗りな!
「ははぁ? その顔、私のことなんて記憶にございませんって感じねぇ? オッケオッケ。見てのとぉり~の傭兵。“ダイカンズイド”っての~。こっちはデルバート工房のシュテルマヴォイちゃん!」
わざわざエクソシェル展開してもらって恐縮だけど、下にフルフェイスのメット付き個人用防弾装甲服なんてかぶってたらわからんでしょ。
でも機体には確かにほんのりとした見覚えがあった。アレは確か。
「ああ、出オチスッ転びかましたやつね」
「ご挨拶ぅ~! まぁでも思い出せたからオッケ?」
ケラケラ笑ってる。なにこいつ、前はだんまりだったけど話すとこんなに五月蠅いのか。
「あっなに殺意の波動! やだぁ~まだレースは始まってないよぉ?」
よし、最初に潰そう。どのみちデルバート工房なんて容疑者の最有力候補ノミネート済みだ。
「あといちおう言っとくけど~。ヤったのウチじゃないから」
「……それ、信じると思う?」
「ぜ~んぜん! でもそのうちわかると思うけどね~。なんせうちのボス、セコいだけでてんで小心者だもの。嫌がらせがせいぜいって」
「どっちだろうとライバルには変わりないし」
「たしカニ、ヤドカリ、オマールエビ。くっくっくっ……」
うざ。やっぱり速攻潰そう。
決意を新たにしている間にも外では司会が何やら仰々しい挨拶をまくしたて、そのたび観客たちが盛り上がっている。
「レディースアンドジェントルメン! レトナーク・エクソシェル・グランプリはスタートの時間と相成りました!」
裏では運営から無線通信が入る。
全機、グリッドにてスタンディングスタートの準備をするように。
「今年はスポンサーになんとあの基幹企業! その一つであるセドニアム重工を迎え、否が応にも盛り上がっております! 出走各工房は仕上がり万全、やる気も最高潮! 出走するエクソシェルはクラス3まで、射撃武器は禁止ながらその他あらゆる攻撃が認められた、危険なレースになります!!」
廃ビルにつめかけた観客たちが奇声じみた歓声を上げる。
手加減抜きのデス・レース、タイタニックフィギュアを持ち出してでも勝ちがほしいなんてヤツがいるくらいにはね。
「各走者の準備が整ったようです! それでは運命のスタートシグナルが点灯します!!」
やがてスタートシグナルが開始を告げる。
瞬間、この日のために鍛え上げられた最高のエクソシェルたちが一斉に走り出した。
モーターとスラスターの唸り。抉られた地面の悲鳴。装甲が太陽を反射し鈍く輝く。
エクソシェルの集団が勝利に向かってがむしゃらに走る――楽しい。ほんの一瞬だけ、あたしは妨害のことも何もかも忘れて走ることに夢中になっていた。
おっといけない。油断は大敵だしね。
「んんんんんんんっふぅ~~~~ゥ! 出力こそ正義! 出力こそ速力! 出力万歳! ナイトロブースタァーパァァァンプアァァァップ!!」
しかも斜め後ろあたりからものっすごい暑苦しい叫びが聞こえるし。
ちらりと振り返ると、いかにも出力全振りな感じの重量級がいた。
そいつは盛り上がった背中の装甲を開き、馬鹿でっかいスラスターを露わとする。
いやそんな大出力の積んでもゴールまでもたんぞ?
「ゲットレディ! ゴォォォォォォ!!」
爆発的な噴射に押し出されて集団を一気に振り切ろうとする。
んー。よし、こいつも傭兵だ。ならば一安心。
あたしは腕をひと振り、内臓式のブレードを突き出す。
奴が追い抜いてゆく瞬間、背中のブースターの片側をざっくり切り裂いた。
「えっ」
片側のスラスターだけ噴射の方向を捻じ曲げられ、奴はくるくると独楽のように回転を始める。
ナイトロブースター搭載の爆裂独楽だ、周囲を巻き込みあっというまに地獄絵図の出来上がりである。
「ああっ……」
一瞬、とても悲しそうな顔と目が合った。恨むなこれも勝負だ。
あたしの一撃は燃料の導管も切り裂いていたらしい。ついに噴き出した燃料へと引火して。
哀れ奴は木っ端みじんに吹っ飛んだ。
「おっとここは任せた!」
「ちょまっ……」
とっさに爆発との間に一人挟む。
盾から悲鳴が聞こえてくるが無視。破片は全て盾で受け止め、爆風の勢いだけを借りる。
「ありがとね!」
もんどりうって転ぶ盾をその場に残し、あたしは勢いに乗って先頭集団から頭一つ抜け出したのだった。
さて食らいついてくる奴はいるか――ちらと後ろを窺う。まさか。
すぐ後ろにいる機体には見覚えがあった。
これまた暑苦しい形のシュテルマヴォイ。操者はダイカンズイドっていったっけか。
ふざけた奴だったけど結構いい腕してるらしい。
「そうこなくっちゃあね。アガってきたじゃんよ!!」
もっと楽しくなってきた。
先頭集団を引き連れたまま最初の曲がり角へと突入してゆく。
「おいてめぇ、派手にやったものだ! 調子に乗りすぎたな!」
「逃げ場はねぇぜ! 第一コーナーの脱落者はお前だァ!!」
いきなり左右から上がってきた奴らがわめき倒している。
全員がライバルだというのに、ご丁寧にもあたしだけ挟み撃ちにするつもりらしい。
それぞれに武器を抜いてぶつかってきて。
「上等!」
左右から攻めれば逃げ場がない? 違うね、逃げる必要なんてない!
このヴェントを舐めちゃいけない。
完全に思い通りに動く機体があれば、それなりの芸当ってものが可能になる。
わざと片足だけ加速させてその場で回転を始める。そこに身体のひねりを合わせて一気に蹴りあげる!
斬りかかってきた腕を蹴り飛ばし、勢いをそのまま逆側に飛び込んできた奴へとギロチンキック。
蹴りを食らって倒れる前に、脚部にある姿勢制御用のスラスターを全開。
思いっきり踏みだし、奴を足場に再加速。
奴らの末路なんて一顧だにせずレースへと復帰する。
でも今のは少し時間のロスになった。遅れて集団の後方につける。
後ろから見れば先頭集団の様子がよくわかる。
明らかに重量級のシルエットをした奴は途中で殴り合いを仕掛けるつもりだろう。
機体が軽そうなのはちょこまかと動いて有利な位置取りに余念がない。
というか、なんか魚に足が生えたような見た目の奴がいるんだけど。
いや確かに空気抵抗少ないかもだけど、それでいいのか。
後はあいつ――いた。シュテルマヴォイは真ん中ほどで堅実な走りをしている。
バランサーを調整したのかかつての不安定さはない。
こうしてみると当たり負けしない重量と出力のある、なかなか手ごわそうな機体である。
それぞれに独特な走りを見せる、先頭集団は突出した奴のいない団子状態だった。
順位だってカーブの一つ、障害物の一個があればすぐに変わる程度のものだし。
まだ、走者同士の小競り合いはあっても本格的な妨害はない。
それでもきっといつか尻尾を出すはずなのだ。あたしたちを襲った犯人が。
それとももしかしたらこの中には既にいないとか、ないよね――?
◆
疑念と警戒を含みながらレースは進み、全行程の半ばほどに差し掛かっていた。
コースは相変わらず瓦礫でいっぱい。倒れたビルを飛び越え壁面を下ってゆく。
そろそろ最終局面に向けて皆が動き始める――そんなタイミングで異変がやってきた。
「……きた」
推進器の絶叫が響き渡り、巨大な影が空を横切る。
全員がぎょっとして周囲を見回す中、瓦礫を踏み砕いてソイツは現れた。
立ち上がる。頭と腕を備え二足で立つ人型の姿。
それだけならエクソシェルのようにも見えるが、大きさが数倍ほどもある。
全身いたるところにあるストライプ状の認識光学素子が光を放つ。
細身の躯体を覆うのは電磁流体装甲、特有の揺らめくような色合いから明らかだ。
それは機械生命と戦うために生み出された人類最強の兵器。
破壊の力を秘めた機械の巨人――タイタニックフィギュア!!
頭部タレットのCIWS砲身がぐるりとこちらを向く。
「なっ……こいつ、まさかレースの妨害に!?」
「馬鹿か! もしくはアホか!? こんなもんどうしろってんだよ!!」
そこかしこで罵声が湧きおこる。
そりゃあそうだ。エクソシェルではタイタニックフィギュアには敵わない。絶対的な戦闘能力に差がありすぎる。
しかも敵TFの腕で雷光と共にぎゅるんぎゅるん唸っているのは対物破砕電磁回転体じゃあありませんか。
いやそれEMFAごと叩き斬るやつ。エクソシェルなんぞに喰らわしたら原形なくなるぞ。
まったく犯人はどこまであたしらに勝たせたくないんだか。
たかがエクソシェル相手にバリッバリの近接特化マン送り込むとか、どう考えても殺りすぎである。
「おっひゃー! こっち向いたしぃ~!」
CIWSが猛然と弾丸を吐き出す。
もともとは迎撃用の武装だけど、エクソシェル相手にはそれでも十分な火力になる。
走者たちは蜘蛛の子を散らすように散開する。
先頭集団を進むだけあって皆なかなか反応が素早い。
するとCIWSでは埒が明かないと見たのだろう、TFが走り出した。
速い! 一息の間に距離が詰まる。
タイタニックフィギュアの装甲であるEMFAは常識外れの防御力を持つ他に、表面に電磁誘導効果を用いた推進力をも生み出している。
つまり何が言いたいかというとTFとは硬い速い痛いという小学生が考えたようなさいきょー兵器なのだ。
あたしも欲しーい!
言ってる場合じゃなかった。
サンダリングディスカスを叩き込まれたビルの残骸が一瞬で粉微塵になる。
わお。障害物に逃げ込むことも許さないってか。
耳障りな絶叫を上げながら、高速回転するディスカスが迫る。
当然、全てのエクソシェルが一斉に回避行動に出て――。
「いよう犯人! 前は不意打ちでやってくれたけど、今日は真正面だからね!!」
あたしだけがまったく無視して突き進んだ。
超高速で回転するディスカスが目前に迫る。気でも狂ったか!? 周りの心の声が聞こえてくるよう。
でもあたしたちには準備がある。
「カニっち、今」
個人通話に囁いた直後、飛来した砲弾がTFの腕を弾き飛ばした。
ディスカスの軌道が逸れる――オッケーいい仕事!!
ヴェントがあたしの意図に最高に応えてくれる。
インホイールモーターの高鳴りもそのままに、TFの股下を抜けて後方へと抜けた。
TFの慌てっぷりよ。捉え損ねたのがよっぽど意外だったらしい。
その隙に他のエクソシェルも駆け抜けてきたようだ。
さぁてこれで役者はそろった。ようやくレースの本番開始ってところ。
リスポーンの恨みは忘れてねぇからな。覚悟しろ!