#14 優しく起こして激しく攻めて
タイタニックフィギュア搭載用の無人輸送車両。
巨大な車輪を備えた車両が荒れた地形をものともせずに力強く走る。
あたしとダイカンズイドは客室でだらだらと揺られていた。
なんせ自動運転様がいらっしゃるのであたしたちにはやることがない。
プレイヤーが買えば結構値の張る車をポンと貸してもらえるなんて、ほんと企業ってつおい。
「至れり尽くせりってねー~。ウチもう企業の狗でいいかも……ガウガウ」
「落ち着けイドっち、自分を見失うな」
そんで人の足を枕にしない、ほんとに犬かあんたは。
「わうーん」
ふふふ、可愛いからって何をしても許すなんて思ってろよ! 可愛いな!
わしわしとイドっちの髪をかき回していると、どこからかピッパッピッパッと煩い音が聞こえてくる。
うーんもうちょっとこのままで……。
ピピパッピッピッピピーッ!
はいはいわかーりーまーした。
面倒げに顔をあげる前にイドっちがするりと抜け出した。
「レーダーがなんか拾ってっし。お客様かにゃー?」
犬か猫かはっきりしろ。どちらでも可愛いけど。
「おっ、機械生命。このままだとカチあっちゃうね」
「斥候かね。そいじゃま、一働きといこうかね」
客室を出て貨物室へ。そこでは二体の巨人が向かい合うようにして鎮座していた。
基幹企業がひとつセドニアム重工から貸与されたTF『アーガスニワ』と『ディプレッサワーレン』だ。
「よっとっと」
足場を駆け上がり、大きく開いた胴体部に入り込む。
四本の足を持つ多脚型TFアーガスニワが、あたしを呑み込むように胴部装甲を閉じていった。
背後から伸びてきたコネクタブルチャネルがあたしの手足をつかむようにしてつながる。
機体とあたしの情報が交換され、それぞれの認証をクリアした。
その間に機体のリブフレームがかみ合い、がっちりと固定される。
一瞬暗くなった操縦席に、徐々に光がともりだした。
機体の全身に配置されたストライプ状の認識光学素子が光を放つごとに、外界の景色が投影されてゆく。
向かいに見える重量級二脚機ディプレッサワーレンもすでに操縦席を閉じていた。
イドっちも同じように起動手続きを進めていることだろう。
あたしは視界に拡張現実表示された戦術マクロを確認する。
TFは基本的に人型兵器として定義されているが、厳密にいえば人型近似兵器となる。
人体にない部品だって追加し放題。でもそれらを操作するためにはあらかじめ構築された戦術マクロが必要不可欠だ。
その場の入力でも動くっちゃあ動くけど、遅いし限界もあるからね。
多脚機体は人型からは外れるので、戦術マクロの準備によって使い勝手が大きく変わる部分がある。
これがやや玄人向けと言われる所以かもしれない。
「機体コンディション自動チェック……全て正常。兵装位置は初期設定で待機」
頭部タレットに装備されたデュアルホーン対空砲――二連装機関砲がきゅいきゅいと動く。
頭部CIWSは半自動で迎撃してくれるので、後は放っておいても大丈夫だ。
準備は完了、あとは車両を出るだけ――というところでイドっちの乗るディプレッサワーレンから通信が入った。
「姐さん! チョー! 待ちきれないし! 行こ! はやく行こ!」
「はいはいどうどう。車両AI、出撃するから貨物室を開放して。以降、車は戦闘領域外ギリギリで待機ね」
――ピッ、了解しました。
いかにもな合成音声とともに貨物室の扉が開いてゆく。
あたしのアーガスニワが四つ足を揺らして歩き出す間に、ディプレッサワーレンが派手にスラスターを吹かし始めた。
「ヒャッハァァーッ!!」
大推力のスラスターが重量級の機体をピンボールみたいに蹴りだす。
あっという間に飛び出していっちまった。
「お行儀悪い子ねぇ。ま、あたしもいきましょか。モードは巡航でっと」
四脚で踏み出すと同時にスラスター点火。
アーガスニワの巨体が荒れた大地へと飛び出した。
高速で景色が後ろに流れてゆく。心地よい加速性能だ。
ピピッ。レーダーが拾った情報がAR表示に重ねられる。
ディプレッサワーレンからの砲撃信号。敵機の位置情報を共有して、照準をオートで合わせる。
「ようっしアーガスニワ、あんたの首輪を外してあげる……食らいつきな!」
モードを巡行から交戦へ。
瞬間、スラスターと電磁流体装甲へのエネルギー投入量がぐっと増える。
操作の手ごたえもがらりと変わる――ここからが巨人操者の腕の見せ所。
調子に乗って暴れるとすぐに機体の電池が空になる。
そうなればオーバーラジエーションで病院送りなのはご存知の通り。
「ひさしぶりのミリスラスト、腕が鈍ってないといいけど」
まずはスラスター制御をマニュアルへと移行、すぐにスラスターをカット。
しかし機体はほとんど速度を落とさず、慣性のまま動き続ける『滑り』と呼ばれる現象を起こす。
そこでさらにスラスターを一瞬だけ噴射。短い噴射でも推進力を受け取ることはできる。
するとどうなるか。
『滑り』を連続して起こすことによって、スラスターによるエネルギー消費を極力抑えながらも速度は落とさず動き続けることができるのだ。
プレイヤー間で『ミリスラスト』と名付けられた、このテクを使いこなせるようになってようやく中級者というところかな。
「もう捉えてるっての!」
岩陰から飛び出すと同時、両手のアサルトライフルが猛然と火を噴いた。
火線が機械生命を捉える。だが鳥のような脚をもつ敵はアサルトライフルによる攻撃などものともせず走りだした。
思ったより俊敏だし、動き回ることによって着弾地点がぶれる。
EMFAも強力らしく貫くには骨が折れそうだ。
「そうくる。じゃあ四脚の真の恐ろしさを教えてあげよう。この砲撃強化形態をね!」
呼び出した戦術マクロを追加で実行。
TFは搭載された演算装置の性能に応じた処理能力が設定されている。
この範疇なら複数の戦術マクロを実行することも可能なのだ。
マクロの指示により四脚への処理能力の割り当てが増大する。
こうすることで地形への追従性が上昇し、機体の安定性が飛躍的に高まる。
さらに背面にマウントした一二〇mm滑腔砲を展開する。
本来なら主力戦車の主砲として載っかるようなものを流用したせいで、反動はひどいしバランスも悪い。
とっておきに扱いづらい代物だが今のアーガスニワなら十分にいける。
まずはアサルトライフルで捉え続けて、EMFAを消耗させたところに一撃!
雷みたいな轟音とともに明らかにサイズの違う砲弾が突き刺さる。
一発でEMFAの防御能力が飽和。そのままアサルトライフルの弾丸が食らいつき、敵機を蹂躙した。
「あはは! 既製機ってもけっこう戦れるもんじゃん!」
あたしが一機を血祭りにあげている間に、イドっちがもう一機を喰らっていた。
重量級の二脚機であるディプレッサワーレン。
一般的に二脚は重心が高く、独特の不安定さがつきまとう。
しかし裏を返せば機敏な動きが可能ということで、二脚はよく高機動戦や格闘戦に向いていると言われる。
重量級とあってもその特性は健在。いわば動けるデブなのだ。
「おらおらー! くらえワンッ! ニャー!」
両手に持つのはアサルトライフルのくくりではあるが、大口径高威力のモデルだ。
連射による反動は二脚機には厳しいものがあったはずだけど、うまく重量で受け止めて機動性への影響を抑えている。
これはイドっち、重量級が本業だな。
そうして危なげなく機械生命を倒したところで、使えそうな部品だけ拾って戻る。
輸送車両は指示通りに離れたところで待っていた。うーん賢い。
「このまましばらくは機械生命の目潰しかなー。マザーファクトリーだもの、余るほどいるだろうね」
「いっくらでもこいっすよー! ヒャッハァー! やっぱTF戦たのしっすわー!!」
◆
「おんやぁ? なんかいるっしぃー」
あたしたちがその、どこかで見たことのある顔ぶれを見つけたのは、調査という名のTF戦をたっぷり楽しんで帰った時のことだった。
セドニアム重工ジェイベル支店の前に並ぶ多数の輸送車両。
コンテナには揃いのエンブレム。はてどこのマシーナリーコープスかなと眺めていると。
ふと集団のリーダーっぽい男性がこちらを見つけて片眉を上げた。
「ほう。お前たちか」
声にも聞き覚えがある。確か……。
「思い出した、なんか長ったらしい名前のMCの人らだ。す……酢味噌出汁豆腐だっけ? 先日は世話になったわね」
「くるしゅうなきなき」
にこやかに挨拶したのに、返ってきたのは絶妙に渋い表情だった。
「……『スプレンディドトライアンフ』のフランムリナだ。確かにジェイベルまで送ったが、まさかセドニアムのビルで顔を合わせるとはな。その様子では仕事に加わるのか」
「それな」
うちの輸送車両にはデカデカとセドニアム重工のマークが入ってるもんね、見たらわかるか。
そうしているとフランムリナの後ろから他の奴らが現れる。彼らはあたしたちと輸送車両を見比べて、ニィっと笑った。
「おいおい、あの時の運転手じゃねぇか。なんだよ、今どきの輸送車両は無人だぜ? おめーらの仕事はねーよ」
言ってくれんじゃん。
ってもあん時は車ごと吹っ飛んでるの見られてるし、そりゃ不安もあるか。
「安心してよ、レンタルあるから。これでもいちおうはルーラーってわけ」
「はぁ? 初心者じゃあ既製機がせいぜいだろ? ないよりましってか、やっぱり足手まといにしかならねー……」
うーん面倒いなと思ってると、フランムリナがすっとそいつらの言葉を遮った。
「我々は基本MC単位で行動する。お前たち個人参加を邪魔するつもりはないが、わざわざ助けるつもりもない」
「オッケ、お互い好きにやりましょう。そのほうが気楽でしょうね」
「お前もその類か、ならば都合がいいだろう。作戦上必要な連絡のみにとどめる」
ぶっきらぼうな感触はあれ、線引きをはっきりとするあたりフランムリナはわりと話が通じる手合いだね。
後ろの奴らはなんか不服そうだ。まぁ、集団になると色んな奴がいる。
「お互い良い戦果があるといいね。そんじゃ」
イドっちに目配せして踵を返す。
こりゃあ依頼主にお願いして、別方面から進めようかな。
今回の依頼任務はどうしても集団参加コンテンツになる。変なもめ事を増やしてもね。